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25-67 アキヒコ
ある。あるかもしれへん。
俺って昔から、口が悪いってよく言われんのやけど、それはどうも、餓鬼 の頃 に遊び相手にしていた、蔵 の古道具類 が化 けている、九十九神(つくもがみ)たちの口調 がうつったもんらしい。
そしてその連中 の話しっぷりは、どうも、なんとはなしに、水煙 様発祥 らしいんや。
退屈 やったんやろう、水煙 も。長年、蔵 に片付 けられていて。話し相手もおらんしな。退屈 でしょうがない。
下駄 でもええわ、喋 るんやったらと、話し相手 をさせていたのか。それでうちの蔵 に居 る奴 ら、みんな毒舌 なんや。
そやのに俺にだけは猫 なで声 で喋 る。たぶん、おとんにもそうやったやろう。
秋津 の子らには優 しいけども、それ以外には言いたい放題 。可愛 いのんはウチの子だけで、他は知らんて、そんなモンスター・ペアレントやで。おかんもそうやったけど、水煙 もそう。
俺には優 しいのに、亨 にはむちゃくちゃ言うんや。
「こら水地 亨 。何をほんまに二度寝 してんのや。もう冬眠 か。ほんまにもう、お前はしょうがない。未 だに寝間着 か。犬は早朝から働いとるのに、お前はええご身分なんやなあ。さすが違 うわ、ご正室 様は。もう陽 も高いのに、いまだに惰眠 を貪 ってあらしゃりますんやなあ」
それは京都の古い敬語 の言い回しやねん。今ではもう、ほとんど日常 会話では聞 かんようになってるけど、もとは御所 の言葉やで。
京都弁 て、宮廷 から漏 れてきた、慇懃 な言葉がいっぱいあるわ。
水煙 様を車椅子 にお乗せして、恐 る恐 るもう一匹の有 り難 い蛇 さんの様子 をうかがいに、ベッドのほうまで行ってみると、亨 はうとうと眠 っていた。
布団 も着いひんと、パジャマのまま、ごろんと丸く蜷局 を巻 いたように膝 を抱 えて横たわっていた。
よう寝 るわと、水煙 は呆 れたらしい。聞き耳でも立ててるもんやと恐 れてたのに、まさかほんまに寝 てるとは。のんきなもんやで。
でも俺はそれで、首の皮一枚 で命 助かったんやないか。聞かれていたらまずい話を、いっぱいしてたで。
一生の秘密 にしとかなあかん話を、いっぱいしてた。
亨 はそれをほんまに聞いてなかったんか。
水煙 は、自分の声にびくりとして、飛び起きた水地 亨 を、呆 れた笑 みで眺 めていた。
亨 にも、眠 ってもうてたのは不覚 やったらしい。びっくりした顔をしていた。
「寝 てたわ……」
「よっぽど眠 かったようやなあ」
嫌 み言うてんのか、労 ってんのか、よう分からんような声色 で、水煙 は亨 にそう言うた。
亨 は涎 でも出そうやったんか、ごそごそ口元 を袖 で拭 っていた。
涎 出るほど寝 てたんか、お前は。のんきや。のんきやで……。
「いや、もう……なんかな、ここんとこ、ろくろく寝 てないような感じやったしな、めっちゃ腹 いっぱいになったもんやから、眠 かったんや。それでも昨夜(ゆうべ)は我慢 して、無理矢理 起きてたもんやからさ……」
「なんで寝 えへんかったんや?」
ドギマギ言うてる亨 に、水煙 はいかにも不思議 そうに訊 ねた。
「なんでって、そら、お前とひとつ布団 に入って、ぐうすか寝 られるわけないやんか。緊張 すんねん、抜 き身 やねんから! いつ寝首 かかれるか、わからへんしな。それに、もしかして、俺が寝 こけてる間 に、お前がアキちゃんとよろしくやってるかもしれへんと思うと、気が気やのうて、寝 るに寝 られへんかったんや!」
ぎゃあぎゃあ言うてる水地 亨 に、水煙 は、あっはっはと面白 そうに笑っていた。
「それは済 まんことやったなあ。俺とアキちゃんの初夜 の、宿直(とのい)をしてくれてたんか。生憎 、ぐっすり眠 ったわ。ええ夢見 たわあ。しかしお前も二徹 とは、気の毒やなあ。無駄 に人に似 せて変容 してるから、眠 い時にはほんまに眠 いんやろう、お前は」
「ね……眠 いよ。ていうか、なんで二徹 やねん?」
ベッドに這 ったまま、亨 は車椅子 の水煙 とちょうど視線 が合うようで、ビビったように訊 いていた。
俺もそんなん知らんかった。今夜は俺ら、寝 られへんのか?
「今夜は全員、不寝番 や。明日 は予言 された日やで、八月二十五日や。日付が変わるのは午前0時やろう。いつグラッと来るとも知れへんのや。寝 てる場合やないよ」
言われてみればそうやった。おはようございます言うてから、グラッと来てくれればええけど、夜中の二時でも三時でも、二十五日は二十五日や。
「寝 だめするなら、昨夜(ゆうべ)のうちやったのになあ。お前だけ起きてたんか。ああ、朧 もか。アホばっかりやなあ、うちの連中 は。まともに寝 てたんは犬だけか。あれはなかなか賢 い犬やで。素直 に言うこと聞きよるしなあ」
いかにも瑞希 は好ましい式(しき)やというふうに、水煙 はしたり顔で頷 いていた。
どう見ても釣 られてんのに、亨 はもろに餌 に引っかかっていた。
「俺かて素直 に聞いてやってるやろ。犬ばっかり可愛 がるな!」
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