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25-68 アキヒコ

 水煙(すいえん)式神(しきがみ)チェックがなんで気になる。  お前はもう秋津(あきつ)(しき)でも、俺の(しもべ)でもない。ただのツレなんやろ。水煙(すいえん)瑞希(みずき)贔屓(ひいき)したかて、別にええやん。関係ないやろ。 「服着ろ、ジュニア。別に普段着(ふだんぎ)でええから。急いで行こか。(しげる)()れて、(くじ)取(くじと)り始めてまうわ。あいつは昔からイラチやからな」  瞬膜(しゅんまく)のある目で(またた)いて、水煙(すいえん)部屋(へや)を出て行く(とびら)のあるほうを見つめた。  はいはいと、俺は(あわ)てて自分の服を着に行った。(とおる)もなぜかオタオタしていた。 「えっ、ちょっと待てよ水煙(すいえん)。俺の朝シャワーは?」 「お前は()とったらええわ。関係ない子やから」  水煙(すいえん)に、きっぱり言われて、(とおる)は、ええっ、と大げさに(さけ)んでいた。 「関係ない子って、なんやねん、それは。俺はアキちゃんの配偶者(はいぐうしゃ)やで!?」 「関係あらへん、そんなことは。お前は部外者(ぶがいしゃ)や。秋津(あきつ)にとっても、霊振会(れいしんかい)なるものにとっても。今は(あるじ)のおらん、お野良(のら)の式(しき)やろ。それに妻帯(さいたい)してるモンでも、連れ合いを神事(しんじ)(ともな)ったりはせえへんのやで」  せやし、(とおる)には席はない。そういう話を、水煙(すいえん)は今さら、けろりと教えてやっていた。  なんで今まで(だま)ってたん。イケズやねんなあ……。 「(うそ)お! ほな俺、どないすんの!?」 「京都に先に帰っといたらどうや? 家の掃除(そうじ)でもしとけ」 「えっ……」  真面目(まじめ)に言われて、(とおる)愕然(がくぜん)としてた。また、あんぐりしてた。  最近この顔、よう見るなあ。前には想像(そうぞう)もつかんかったのに、最近よく、こいつにあんぐりされている。  なんでやろ。理解(りかい)したくない。  まさか非常識(ひじょうしき)さにおいて、俺が(とおる)()()したなんて。 「いわゆる銃後(じゅうご)の守りや。お前は家でおとなしゅうしとき。ジュニアもそのほうが安心やろう。(あぶ)ないんやで、この神事(しんじ)は。式(しき)にも巫覡(ふげき)にも、死ぬものは少なからず()るんや。お前が死んでもうたら、アキちゃん悲しむやろう」 「で、でも、でもでもな、でも、どうすんの、例の蔦子(つたこ)おばちゃまの予知(よち)は。俺かてあの水晶玉(すいしょうだま)映像(えいぞう)の中に、ちゃんと()ったやんか。チーム秋津(あきつ)一員(いちいん)やないか?」 「誤差(ごさ)範囲(はんい)や。お前が()らんでも、関係がない。もう(さく)は見つかったんや。(りゅう)には俺を(みつ)ぐことになったから、アキちゃんは無事に(もど)ってくるよ」  (とおる)はぽかんと聞いていた。またまた、あんぐりしていた。  (こま)ったような動揺(どうよう)した目で、水煙(すいえん)をまじまじ(なが)め、それから助けを求めるように、(とおる)はどんより暗い俺の目を見た。 「えっ……ちょっ、と待って。それやとお前はどないなんの?」 「どないなるのか俺も知らんな。なってみてのお楽しみやで」  にやにや苦笑(くしょう)して、水煙(すいえん)はもうとっくに(あきら)めてるような、(さと)りきった口振(くちぶ)りやった。  それを(なが)め、(とおる)はなんや(なさ)けないような、沈鬱(ちんうつ)な顔のしかめ方をした。 「みんなで解決(かいけつ)するんやないのか、水煙(すいえん)。チーム秋津(あきつ)戦隊(せんたい)モノやろ。五人で乗り切りましょうって、そういうオチやったんとちゃうの?」 「ちゃうようやなあ、生憎(あいにく)な。次回のおはなしで活躍(かつやく)してくれ、水地(みずち)(とおる)」  ふっふっふと気味(きみ)良さそうに笑い、水煙(すいえん)は細めた()で、かすかに(のど)()らせてた。 「そんなん、ないわ……ずるいで水煙(すいえん)。俺がヒロインやのに!」 「今回は俺やねん。すまんなあ、(とおる)」  しれっと言われて、(とおる)はぐふっ、と()せるような息をした。 「アキちゃん」  裏返(うらがえ)ったような声で、(とおる)はまた俺に助けを求めてきた。何か言えということなんやろう。  でも、何を言えんの。俺、なんも言えることない。  そうか、と、なんか(みょう)安堵感(あんどかん)もあった。  (とおる)関係者(かんけいしゃ)やないんや。無関係(むかんけい)。  俺とデキてるからって、俺の家業(かぎょう)に付き合わなあかん(わけ)やない。  前は俺の式(しき)やったから、否応(いやおう)もなく()きずり()まれてただけで、そうやないなら、手伝(てつだ)う必要なんもないんや。  そういえばそうかも。新開(しんかい)道場(どうじょう)小夜子(さよこ)さんも、剣道(けんどう)のことなんて、さっぱり知らんかった。道場(どうじょう)のことは何一つ手伝(てつど)うてへんかった。  時々の気まぐれで、子供(こども)可愛(かわい)いって、おやつ出してくれたりするだけで、たまに(あらわ)れるだけの、ゲストキャラやった。  師範(しはん)(おく)さんには道場(どうじょう)の仕事を手伝(てつだ)わせてなかったんや。  そんなツレかているんやし、(とおる)がそうでも、かまへんやんか。  こいつは俺と一緒(いっしょ)絵描(えか)きたいとは言うてるけど、一緒(いっしょ)鬼退治(おにたいじ)したいとは言うてへん。したないもんを、無理にせなあかん理由はない。  京都に帰っとけばええんや。出町(でまち)の家で、俺の帰りを待っといてもらえばいい。  それって、全然、普通(ふつう)やん?  旦那(だんな)の会社に毎日ついていく(おく)さんおらへんやん。  家にいてたり、自分の仕事に出てたりするのが当然やんか。  何も(みな)(みな)夫婦(ふうふ)でいっしょに自営業(じえいぎょう)というわけやない。

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