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25-69 アキヒコ

 (とおる)は俺と結婚(けっこん)しかたもしれへんけど、俺の家と結婚(けっこん)したわけやない。  結婚(けっこん)言うても真似事(まねごと)だけやん。別に(せき)入れた(わけ)やない。法的には赤の他人や。日本は野郎(やろう)同志(どうし)結婚(けっこん)できるほど、理解(りかい)のある国やないからな。  あいつ戸籍(こせき)があるねんで。信じられへん。どこのアホが(へび)戸籍(こせき)を作ってやったんや。下僕(げぼく)にもほどがある。  都市部の川に出てきた海のほ乳類(にゅうるい)に、住民票(じゅうみんひょう)作ってやるのとは(わけ)(ちが)うねんで。水地(みずち)(とおる)選挙権(せんきょけん)を持っているんや!  なんて(こわ)い話や。まさしくオカルト・ホラーやで。  あいつの(きよ)一票(いっぴょう)で、市会議員(しかいぎいん)とか府知事(ふちじ)とかが当選(とうせん)してまうかもしれへんなんて。  人間の人はもっと投票(とうひょう)に行ったほうがいい。だって(とおる)はちゃんと選挙(せんきょ)に行っている。  物珍(ものめずら)しいかららしいで。人間ぽいやろフフンみたいな、外道(げどう)ならではのステイタスを(おぼ)えるかららしいで。  (だれ)投票(とうひょう)するかは、もちろん顔で選んでるんや。政策(せいさく)やら公約(こうやく)やら関係ない。選挙(せんきょ)演説(えんぜつ)なんか聞いてへんのやから。  あのオッサン、イケてそう。いっぱい金持ってそう。けっこう好み(けい)とか、選挙(せんきょ)ポスターの赤色が好きとか、そういう理由で投票(とうひょう)してんのや。  何も考えてへん。(とおる)人間界(にんげんかい)とは無関係(むかんけい)なんやから!  そんな適当(てきとう)(やつ)が、なんで人界(じんかい)()くして死ぬ目に()わなあかん理由があるんや。  こいつも神や。()くしたってかまへんのやけど、今まで悪魔(サタン)でも無事(ぶじ)やったんやろ。これからもそれでええやん。  お前が悪魔(サタン)でも、俺はかまへん。それでも愛してる。  無事(ぶじ)なほうがええやんか。君子(くんし)(あや)うきに近寄(ちかよ)らずやで。 「(とおる)……お前、ひとりで帰れるやろ。先、帰っとけ」  俺は水煙(すいえん)(すわ)車椅子(くるまいす)の、ハンドルに手を()せたまま、ぼんやりとそう言うてた。  何かに(すが)ってないと、くらくらバタンて行きそうな気分やった。ものすご()えてた。かなりフラフラやった。  (とおる)の目を見る気合(きあ)いもなかった。そやから、どんな顔をされてたのか、その瞬間(しゅんかん)(とおる)のリアクションを、俺は知らへん。 「アキちゃん……」  (あわ)れっぽい、(かす)れた小声(こごえ)が、俺を()んでた。ベッドの上から。  いつもやったら、(あま)(ささや)くような声で、そこから俺を()んでいる。  アキちゃん()いて。アキちゃん、ふたりで、気持ちええことしようよと、うっとり幻惑(げんわく)するような声して、俺を(さそ)う。そんな(こわ)くて可愛(かわい)(へび)さんやのに、今はなんでか、ただの人みたい。  それは俺のよく知る声やった。俺にふられた女の子たちが、俺を()ぶ時の声。  本間(ほんま)君。それ、どういう意味なん? ウチのこと、もう、好きやないの? 別れるの?  なんで? なんでウチのこと、もう愛してへんの? 「アキちゃん……水煙(すいえん)に、何されたんや。どんな()えことされたんや。そんなん俺が……してやるやん」  なんか泣きべそかいてるような、湿(しめ)っぽい声で、(とおる)がひっそり()いてきた。 「何を言うてんのや、お前は。破廉恥(はれんち)な。一(ばん)()ないで見張(みは)っていたんやろ。何もしてへん」  けろりと平静(へいせい)に、水煙(すいえん)(うそ)をついていた。  いや、(うそ)ではないかもしれへん。(たし)かに何もしてない。現世(げんせ)では。  ただ同じ(ゆめ)を見ていただけや。それは普通(ふつう)ではない出来事(できごと)ではあるけども、たとえ(だれ)かと同じ(ゆめ)を見たからといって、それもやっぱり現実(げんじつ)ではない。  (ゆめ)(ゆめ)。そういうことになるんやろか。  目覚(めざ)めた後に、お(たが)(おぼ)えてなければ、そうかもしれへん。  (おぼ)えてないだけで、実は(みな)(ゆめ)ん中で、友達(ともだち)とか彼氏(かれし)とか、死んだお(ばあ)ちゃんとかに、()うてんのかもしれへんで。  その可能性(かのうせい)は無いではない。通力(つうりき)しだいや。  水煙(すいえん)と、昨夜(ゆうべ)なんもなかったとは、俺は(とおる)断言(だんげん)できひん。何かはあった。それは、(とおる)には言うに言えへんような何かや。 「ほな、たった今したんか。バスルームでしたのか。アキちゃん……なんとか言うてよ!」  強く()ばれて、俺はやむなく(とおる)を見つめた。  顔()(さお)やった。もともと白い(はだ)した顔が、紙でできてるみたいに、真っ白に血の()を失っていた。  今()れたら、きっと(とおる)は氷みたいに冷たいんやろう。  (さび)しい時、(とおる)はいつも冷たくて、アキちゃん寒いと(あま)えてくる。それを(あま)えられるまま()いてると、だんだん熱く()える。  その()えるような手で、(とおる)も俺を()く。  そんな(あま)いような回想(かいそう)も、今は青ざめて思い返すような、過去(かこ)出来事(できごと)に思えた。  (とおる)爛々(らんらん)と光るような目で、俺を見つめ返してきた。(おこ)ってはいない、(かな)しそうな、強い目やった。 「約束したよな、お前は。(のろ)いを()くだけやって。ほんで(あやま)るだけなんやろ? そういう事で(ゆる)したんやったよな? そやのに、なにこれ? どないなってんねん、アキちゃん。(とおる)()らんし帰れやと? お前は俺をなんやと思うてんのや……」  そうやない。()らんから帰れなんて言うてへん。それは誤解(ごかい)やで。  お前に何かあったら(いや)やし、家で待っとけいうだけの話やで。  それとも俺は(とおる)邪魔(じゃま)なのか。気まずいからか。あっちいっとけいう話なんか。

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