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25-70 アキヒコ
「いつも俺を選ぶって、約束 したやん。もうチャラか! てめえ、この外道 に本気出してんのやろ。そんな面(つら)しとるわ! 俺とこいつと、二股 かけようっていうんか。それとも……アキちゃん……」
わなわな震 えたような声が、か細 く縋 り付 くようになって、俺の名を呼 んでいた。
気付くとまともに見てられへんようになっていて、俺はまた、どこかに目を逸 らしてた。
ベッドカバーの模様 に、ヴィラ北野 のロゴマークが入っている。
特注 なんや。わざわざ織 らせたんや。
徹底 してんのやな、中西 さんの作品作りって。隙 がない。
亨 はあの人と居 ったほうが、幸せになれたんやないやろか。俺みたいな鬼 畜生 と連 れ合 うよりは、このホテルで暮 らしていくほうが、幸せなんやないか。
俺こそ身を引くべきやないのか。
もっと幸せ掴 めそうな相手と、亨 がやっていけるように。俺は居 らんほうが、ええんやないか。そのほうが亨 のためやないのか。
それで別れて水煙 様と、くっつこうかという話やないねん。そうではないと思う。俺はとにかく、自分が嫌 やった。自己嫌悪 やねん。
なんでかな。俺なんか居 らんほうが、皆 が幸せになれそうな気がして、自分が邪魔 に思えた。
「アキちゃん……黙 ってへんと、なんとか言うて。俺より水煙 が好きになったんか。亨 、出ていけ言うてんのか……嘘 やろ、そんなん。たったの一晩 寝 ただけで、なんでそんなふうになってまうの?」
「水地 亨 、痴話 ゲンカしてる暇 はないんや」
やばいぐらい平静 な水煙 の声がして、それはバッサリ斬 りつけるような口振 りやった。
「うるさい、てめえは黙 っとれ!」
怒鳴 る亨 の声があまりに悲痛 で、俺も痛 いような気がした。
思わず目を閉 じかける自分を咎 めて、俺は無理矢理 亨 のほうに目を戻 した。
「あのな、亨 ……誤解 やで。お前が心配やから、家に戻 っといてほしいんや。部外者 ってことになるんやったら、こんな得体 の知れんヤバいこと、お前にやらせたくないんや」
「それで帰ってどないなるねん。もしお前がそのまま死んで、戻 って来 えへんかったら、俺はどうなんのや。出町 でずっと待っとけいうんか。帰って来 えへんお前を、ずっと永遠 に待てっていうんか!!」
亨 はなんでか一瞬 で、発狂 寸前 みたいな叫 び方やった。
今まで堪 えてたんやろう。そんなふうな悲痛 な声やった。
俺が死ぬんやないかと、こいつはずっと心配してくれてたらしい。
お前そんなん、全然言うてへんかったやん。また一人 で悶々 としてたんか。言うてくれな分からへんて、いつも言うてるやんか。
それも堂々巡 りや。
愛してるんやったら、俺の気持ちに察 しをつけろと、亨 は言うんやけどな。それが察 しつかへんから、言うてくれ言うてんのやんか。
アキちゃん鈍 いんやから。
そんなん誰 よりお前が一番よう知ってんのやから。そのへんにも察 しをつけてくれよ。
「ずっと永遠 になんて、待たんでええよ。もし俺が帰って来 いひんかったら、お前の好きなようにしたらええよ。そのまま家に居 ってもいいし、よそへ行きたいようなら、行ってもええし……それにお前、出町 の家に帰りたいんやなかったんか?」
「アホか、アキちゃん……今は出町 に家なんかないよ」
つらい、情 けないという顔で、亨 は俺から目を逸 らした。
亨 の真っ白い指が、わなわなしながらヴィラ北野 印 のベッドカバーを握 りしめていた。
「家、あれへんのか?」
そんなわけない。ちゃんとあるやろ。出町 のマンション、俺が知らんうちに消えたんか。
そんな事を俺がぽかんと思ううち、亨 はブチブチ切れていたらしい。
突然 、キッと睨 むような怒 った顔をして、亨 はまた俺を睨 み付 けた。
「あれへんわ! お前の居 るところが、俺の家なんや! お前が居 らんのやったら京都なんかどうでもええわ! 何が三都 の巫覡 の王や……そんなもん、どうでもええわ!! 俺はお前とのんびりしたいだけやねん。京都でも神戸 でもどこでもええんや。家なんかなくてもいい。日本やのうても、どこでもええねん。お前と居 れれば、俺はどこでもええのに……」
言いながら亨 は、泣くほど情 けないらしかった。実際 ぽろぽろ泣いていた。
俺は静かに内心慌 てた。また泣いてる。また泣いてるで、亨 。
なんで泣いてんのや。俺、どうしよう。また亨 を泣かせてもうてる。
「ほんまにお前は朧 とそっくりやなあ」
しみじみ感心したような、ちっとも心を動かされてないふうな声で、水煙 が亨 に言うた。
亨 はもう、そんな気力ないのか、水煙 にうるさいとは怒鳴 らへんかった。
「お前はこの戦いに向かんのやないか、亨 。幸 い、式(しき)は余 ってる。霊振会 の連中が連れているのが、いくらでも居 るんやしな。気が向かんお前を、無理に動員 する必要はないんや。心配せんでもアキちゃんは、死んだりせえへん。俺が守ってやる」
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