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25-72 アキヒコ

 (いの)るんやったら、水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)に。(あきら)め悪い、えげつない(へび)(いの)らなあかん。  なんとかしてくれ(とおる)。なんとかして。  俺と一緒(いっしょ)に、奇跡(きせき)を起こしてくれ。  (だれ)も思ってもみんかったような、あっと(おどろ)起死回生(きしかいせい)(さく)を、思いついてくれ。  お前が()てへんかったら、俺も(あきら)めてしまいそう。(いさぎよ)く、格好良(かっこよ)く行きたいって、そんな見栄(みえ)から、武士道(ぶしどう)行ってしまいそう。  おとんがかつて、そうやったように。  ()()は死んでも、人を助ける。それでこそ英雄的(えいゆうてき)や。古来(こらい)よりの、日本人の死の美学(びがく)(かな)うものやで。  人を助ける。俺も助かる。(みな)でハッピーエンド。それはハリウッド的や。  こう言うたら何やけど、図々(ずうずう)しいんや。しかし現代的(げんだいてき)や。  (みな)で幸せにならな意味ない。()(まま)やけども、そんな()(まま)(かな)えてくれるからこそ、ヒーローはヒーローなんやないの。  大変やで、ほんま。秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)平成版(へいせいばん)も。  命がけでも何ともならんような危機(きき)直面(ちょくめん)しててやで、お前も生きて帰って来いって。(だれ)も死なすなってな……それは無理やで。  普通(ふつう)は無理なんや。うちのおかんでさえ、前の地震(じしん)の時には、秋津(あきつ)の家に残っていた、使いでのありそうな式神(しきがみ)を、(すべ)(なまず)に食わせたんやで。  俺のおとんでさえ、艦隊(かんたい)(すく)うべく、(おのれ)一命(いちめい)()して海神(わだつみ)に(いの)った。  そういうもんなんや、巫女(みこ)やら(げき)やらの仕事とは。  (おのれ)の命は二の次や。餓鬼(がき)みたいな乳臭(ちちくさ)()(まま)言うたらあかんねん。そういうのはな、格好悪(かっこうわる)いの!  しかし()えて言おう。俺も死にたないわ。  水煙(すいえん)(りゅう)にくれてやるのも、()(ぴら)(めん)や。  (とおる)も俺の(よめ)瑞希(みずき)も無理や、俺に()れてる。(おぼろ)様もあかん。可哀想(かわいそう)やろ。  ほな(だれ)()くの。(だれ)もおらんやないか。  どないすんのや(りゅう)は。(なまず)もどうする。  ほんまに信太(しんた)を食わせてやるんか。そんなん、アリか。  俺は別に、信太(しんた)のことは好きでもなんでもないよ。むしろ胸糞(むなくそ)悪かったよ。  そやけどな、鳥さんのことは別にしても、死んでもええわと思うような相手ではなかったんや。  そこまで思える相手なんて、そうそう()るもんやない。  たとえ喧嘩(けんか)して、ぶん(なぐ)ってくるような同級生(どうきゅうせい)でも、お前は死ねとは思うたことないよ。  可哀想(かわいそう)やんか。人でもなんでも、生きてるもんには、生き続けたいという(よく)があるんや。  それは当たり前の願いやで。それを寿命(じゅみょう)(なか)ばで死なすのは、(むご)いんや。無念(むねん)が残る。  どうにか助けられへんかと思うのが人情(にんじょう)や。  まして俺は、ハラキリなんて過去(かこ)過去(かこ)、そんなんフィクションの中にしかないような世代(せだい)の、(あま)っちょろいボンボンやねんから。  しょうがない、これも(さだ)めと水煙(すいえん)のようには、あっさり覚悟(かくご)決められへん。  (ねが)っていたよ。信太(しんた)も助かればええのにと。(だれ)も死ななきゃええのになあと、内心(ないしん)どこかで(いの)ってはいた。  自覚(じかく)はないんや。そやけど(みんな)も、そういうふうには心のどこかで、(いの)っていてくれてるんやろ。  それとももう、(あきら)めてもうたんか。信太(しんた)が死んでもしゃあないわと。  (だれ)()かねば(おさ)まりつかん。そんな危機(きき)直面(ちょくめん)して、まだ助かりたいと足掻(あが)くのは無様(ぶざま)か。  俺はそうは、思わへん。  まだ希望(きぼう)はあると信じることが、人間が持てる、最後の強さや。 「もう行こう、アキちゃん。お前は斎主(さいしゅ)なんや。それがいつまでもぐずぐず(おく)れて、(みな)面目(めんぼく)が立つものか。(とおる)のことは()っておけ」 「俺も行きたい! アキちゃんと一緒(いっしょ)()りたいんや! ツレなんかやら! 俺とアキちゃんは、いつも一緒(いっしょ)なの!」  ぎゃあぎゃあゴネてる(とおる)の顔から、水煙(すいえん)はいかにもうんざりというふうに、目を(そむ)けて、さらに、あかん(やつ)やというふうに、首まで小さく()っていた。 「ほんなら、うだうだ言うてへんと、さっさと身支度(みじたく)して、追ってこい。先に行って、会議室に()るわ」  車椅子(くるまいす)()してくれと(うなが)すように、水煙(すいえん)は俺を見上げた。  (とおる)はまるで脱兎(だっと)のように、ベッドから()()りて、バスルームのほうに走っていってた。  たぶん、急いで身支度(みじたく)して、一刻(いっこく)も早く追いつこうという計画なんやろう。  来る気なんや、やっぱり。京都に帰って待っとく気なんて、これっぽっちもないんや。  帰っときゃええのに、(とおる)。何も俺に付き()うて、(あぶ)ない目にあう必要ないのに。  でもまだ平気(へいき)や。一日あるから。  地震(じしん)が来るのは、明日(あした)なんやし。  もう式神(しきがみ)ではない水地(みずち)(とおる)に、京都へ帰れと命じることは、俺にはできひんのやけども、説得(せっとく)することはできる。  お(ねが)いしますとお(たの)(もう)すことはできる。  (たの)むし、帰っといて。  お前が無事やと思えば、俺は安心なんや。心おきなく戦える。  そやから、帰っといて。

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