575 / 928

26-1 トオル

 アキちゃん、ほんまにもう、ええかげんにせえ!  もう、やめてえ。ほんま(たの)むわ、俺もうマジでキレそうやしな、マジでキレるで。  俺が本気でキレたらどないなるか、てめえ分かってんのやろな。  神様なんやぞ。むしろ悪魔(サタン)か。ただで()むとは思うなよ!  なんかもう、聞いてえな。  俺って最近、ずうっと(おこ)ってへんか。内心ずうっと(おこ)ってんねん。  しゃあないなあアキちゃん、これが血筋(ちすじ)(さだ)めというやつか、しょうがないしょうがないって、理解(りかい)したろうとは思うんやけどな。  そんなん、理解(りかい)できるわけあるか!  俺は水煙(すいえん)様とは(ちが)うんや。海よりも広い心やないで。  精々(せいぜい)、川やから。  水地(みずち)(とおる)淡水(たんすい)(へび)なの。水蛇(みずへび)さんなんやで。  メソポタミアの、チグリス・ユーフラテス川流域(りゅういき)発祥(はっしょう)やって言うてるやろ。(みな)も高校の世界史で習ったやろ。  メソポタミア文明やで。(わす)れたか。  ()とったんか、世界史の時。ちゃんと聞いといてえな。俺の故郷(こきょう)の話やないか。  しょせん多神教(たしんきょう)か。日本人は。  俺の生まれた土地の(やつ)らも、そうやったわ。神様いっぱい()るねん。  大体(だいたい)初めは、ひとつの街に一柱(ひとはしら)やったりするんやけどな。  街ていうても、都市国家(としこっか)やで。村が町になって、都市国家(としこっか)になるんや。  近所に住んでる(やつ)らどうしでコミュニティ作って、必要とあれば武装(ぶそう)もするしやな、必要とあれば戦争かてする。  その時、都市を守護(しゅご)する神様が()るやんか。せやし最低でも一柱(ひとはしら)()るんや、その都市の、守護神(しゅごしん)が。  ほんで戦争するやんか。そしたら、どっちかが負けてもうて、勝った方の支配(しはい)下に入るやろ。そん時、負けたほうの神さんは、どないなるのや?  負けて消滅(しょうめつ)する神もいてるわ。きれいさっぱり消えてもうて、元から()らんかったことになる。  あるいは、勝った方に食われて、吸収合併(きゅうしゅうがっぺい)される神もいる。  そこまで荒事(あらごと)にならへん場合はな、勝った方の神に(つか)える神になるんや。  (たと)えば日本では、そういうのを、随神(ずいじん)とか、伴神(とものかみ)()んでいたりする。  わかったわかった、お前のほうが強いということで、序列(じょれつ)をつけて、仲良(なかよ)うあんじょうやっていくという事やな。  そのほうが人間にとっても都合(つごう)がええわ。  味方(みかた)につけて、守護(しゅご)してもらえる神さんなんて、多いに()したことないやろ。  俺かてずっとナンバー・ワンの最高神(さいこうしん)やったわけやないで。どっちか言うたら微妙(びみょう)かな。  (とおる)ちゃん、()めが(あま)いのよ。なんでかいつも、二番か三番なのよ。  メソポタミア時代にもいたよ。エア様より(えら)い、マルドゥーク様とかな。  南米時代にも微妙(びみょう)やったよ。  ケツァルコアトルは(たし)かに強い神やったけど、キレ()の点で、双子(ふたご)蛇神(へびがみ)やったテスカトリポカに一歩(およ)ばずの感はあった。  ええ線いってた時代もあったが、なんせ向こうは人間の()(にえ)をバリバリ食いよるねん。  生きたままの()(にえ)の、心臓(しんぞう)(えぐり)(えぐ)って、それを食うねんで?  (こわ)いよう……。テスカちゃん邪神(じゃしん)すぎなのよ。  そんな(こわ)強烈(きょうれつ)な神さんに、(とおる)ちゃん勝てる?  (きわ)めて微妙(びみょう)よ。  俺こそ万物(ばんぶつ)創造主(そうぞうしゅ)至高(しこう)の神やてドツキ合う、そんな(こわ)い兄弟ゲンカには勝たれへんねん。  どっちでもいい、(だれ)創造主(そうぞうしゅ)でも、みんなが平和に()らせれば、そのほうがええやん。  その弱腰(よわごし)が、俺の弱点(じゃくてん)なんやなあ。  せやけど、結果な、海の向こうから、ヤハウェが突然(とつぜん)(あらわ)れて、このケンカに水()した。  俺が万物(ばんぶつ)創造主(そうぞうしゅ)や、いいや俺が万物(ばんぶつ)創造主(そうぞうしゅ)や言うてる(へび)に、いきなり横から()り入れてきやがって、お(だま)り、俺が万物(ばんぶつ)創造主(そうぞうしゅ)やと怒鳴(どな)ったわけや。  そして勝手に他人の土地に教会とか建ててもうて、神聖(しんせい)なる太陽神殿(たいようしんでん)はぶっ(こわ)すしやな、ほんま滅茶苦茶(めちゃくちゃ)。  そして俺も双子(ふたご)の兄弟テスカトリポカも、悪魔(サタン)ということになったんや。  ほんま、かなわん話やで。もう昔々(むかしむかし)の事やけどな。  (へび)って大概(たいがい)、ヤハウェには(ひど)い目に()わされている。  それってどうも、ヤハウェ様のメソポタミア文明ごろの下積(したづ)み時代に、蛇神(へびがみ)主神(しゅしん)として(あが)める連中(れんちゅう)に、(ひど)い目に()わされたとか、そういう幼年期(ようねんき)トラウマっぽいねんで。  もともと、あそこらへんの出身やねん、ヤハウェ様は。  あちらさんの聖書(せいしょ)には、洪水(こうずい)伝説とか出てくるらしいねんけど、それも元を辿(たど)れば、おそらくチグリス・ユーフラテス川流域(りゅういき)民話(みんわ)や。  洪水(こうずい)、大変やったんや、あそこらへんの人らにとっては。  いつ起きるかわからへん、(こわ)ぁい大災害(さいがい)で、せっかく作った畑やら家やら、全部あかんようになってまうしな、人々は洪水(こうずい)(おそ)れ、それをなんとかして調伏(ちょうぶく)しようとしていた。  それで蛇神(へびがみ)なんやで。  (あら)ぶる大河(たいが)支配(しはい)したいという、切実(せつじつ)な願いの(あらわ)れや。  のたうつ大河(たいが)彷彿(ほうふつ)とさせる、水蛇(みずへび)の神を(あが)めて、それをお(まつ)りした(わけ)やな。

ともだちにシェアしよう!