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26-8 トオル

「そんなんなったら(こま)るし、やめとくわ。おとんと3Pはイヤやもん」  イヤかなあ。イヤ……かなあ? 断言(だんげん)できへん。  おとんかあ。あの人、どこいってもうたんや。  (もど)ってきて早くなんとかしてえ。暴走(ぼうそう)してる(おぼろ)様を止めてくれ。  にこにこ絶好調(ぜっこうちょう)みたいやった怜司(れいじ)兄さんは、俺の話に、ふと唐突(とうとつ)に暗い()みをした。 「そんなんしいひんよ。暁彦(あきひこ)様は、もう俺んとこには(もど)ってきいひん。そうやろ、水煙(すいえん)」  (にが)(ばし)った()みで、そう言うて、怜司(れいじ)兄さんは平気そうに見えた。  うーん、でも、ほんまにそうかな。  俺は何も、言うに言われへんような気持ちやった。  デリカシーあるんやで、水地(みずち)(とおる)は。 「そうや! アキちゃんはお前の事なんて、この七十年ほどの間、一言も言うてへんかった。(わす)れたんやろ、もう半世紀以上も前に()てたお(ふる)やからな、お前は!」  デリカシーがない、水煙(すいえん)様は。  気持ちを(さっ)してやれよ。(てつ)でできてるお前と(ちが)って、怜司(れいじ)兄さんは繊細(せんさい)なんや。しかも頭おかしいんやで。  そんなこと言うてイケズして、ショックでまた発狂(はっきょう)したらどないすんの!  (さいわ)いな、発狂(はっきょう)はせえへんかったけど、怜司(れいじ)兄さんは、ものすごイヤそうな顔をした。  むっと思わず(しか)めたような顔で、腹立(はらた)つというか、つらいというか、そういう顔やった。  あんたもや。言われたないんやったら、そんな話を()るな。  自虐(じぎゃく)ちゃんなんか、(おぼろ)様は。  (たし)かにちょっと、そういうとこある。怜司(れいじ)兄さんはな。  ふん、て()ねたように、小さく鼻で笑い、怜司(れいじ)兄さんはそっぽ向いてた。  アキちゃんが()てる、ベッドのあるほうの(かべ)を見やって。 「なんやねん、もう。可愛(かわい)くないなあ。心配して来てやったのに。(のろ)いは()けたんか。昨夜(ゆうべ)はさぞかし、お楽しみやったんやろなあ。本間(ほんま)先生、上手(じょうず)やったか?」 「なんの話や、このアホが。心配なんかしていらん。余計(よけい)なお世話(せわ)や。式(しき)がいるなら、(たた)()こして、犬を連れて行け。ついでや、何かと仕込(しこ)め。なんも知らんアホやから」  水煙(すいえん)にとっては(だれ)(かれ)もアホな子なんか。  そらあ、お前みたいに長生きしてる神から見たら、(だれ)でも(かれ)でも(おさな)くて、ものも知らんし、何も経験(けいけん)していない、そんなチビっ子なんやろうけど、お前ちょっと(えら)そうすぎへんか。  そんな言い方するから、ムカッと思われるんやんか。  口が悪いねんから、ほんまにもう。  アキちゃんのあれ、遺伝(いでん)かな?  あいつも口が悪いんや。デリカシーがない。言うたらあかん事を、まず最初に言いよるねん。  なんとかならへん、あれ? 無理? 血筋(ちすじ)(さだ)め?  (のろ)われた家やなあ、ほんまにな。 「仕込(しこ)む言うても、なにができんの、あいつ。顔とケツ可愛(かわい)いことしか(わか)ってへん」  ぶうぶう()ねつつも、怜司(れいじ)兄さんは仕事した。  鬼道(きどう)の話に関しては、ちゃんと真面目(まじめ)に取り合うらしい。  いつも話聞いてへん、俺とは(ちが)う。聞いてんのか(とおる)、って、水煙(すいえん)様に怒鳴(どな)られたりせえへんねん。 「地獄(じごく)眷属(けんぞく)やし、元は天使で、その前は犬神(いぬがみ)やった。たぶん火の属性(ぞくせい)を持っている。前に大阪(おおさか)で見た時には、ええ身のこなしやった。武闘派(ぶとうは)ではないか」  気を取り直したような、わざとらしいお(かた)さで、つんつん()まして、水煙(すいえん)はそう評論(ひょうろん)していた。  ええ、瑞希(みずき)ちゃんが武闘派(ぶとうは)かぁ?  そうかもしれへん。俺もさんざんボコられたしな。  霊力(れいりょく)的には俺が上やけど、マーシャルアーツではあいつが上かもな。  犬やしなあ、運動神経(うんどうしんけい)においては、あっちが優位(ゆうい)や。  (へび)キックより犬パンチのほうが強い。残念ながらそれは事実や。 「武闘派(ぶとうは)かあ。それはええなあ。どう見てもインドア()みたいなのばっかりやもんなあ……うちは」  うちって、チーム秋津(あきつ)のことですよ。  それを、そう()ぶのに、怜司(れいじ)兄さんはなんか、微妙(びみょう)らしかった。  気恥(きは)ずかしいらしかった。そしてちょっと、(なつ)かしい気もする。  古巣(ふるす)(もど)ったって、そんな感じやったんやろうなあ。  出戻(でもど)りやから、(おぼろ)様。 「ええことや。手勢(てぜい)が多いに()したことない。アキちゃん守らなあかんのやから。お前はほんまに役立たずなんやしな。もっと式(しき)が()ればよかったんやけど……」  むっとしたような、意地(いじ)悪い流し目で、水煙(すいえん)はその人手不足が俺のせいやみたいな、(うら)みがましい(にら)み方やった。  ええ、なんで!? 俺のせいやった!?  ちゃうやん、ちゃうやん。おとんのせいやんか。  家にいたイケてる式神(しきがみ)を、全部(いくさ)につれてって、死ぬまでこき使ったんやろ。それで式神(しきがみ)貧乏(びんぼう)なってもうたんやないか。  俺なんて、そんな気の毒な家に(あらわ)れた、()(がた)救世主(きゅうせいしゅ)みたいなもんやで。  むしろ親切なんやで?  それを、ほんまに。よう言うわ! 「信太(しんた)が来るやろ」  それが決まった事実みたいに、(おぼろ)様はけろっと言うてた。

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