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26-9 トオル
なんで信太 が来るというのか。
それは、この後の籤 取りで決まる、鯰 様への生 け贄 が、名義上 、儀式 の斎主 であるアキちゃんの式 となる手はずやったからや。
斎主 は自分の式神 を鯰 に食わせる段取 りやから、生 け贄 になる式 は、アキちゃんの所有 でないとあかん。
形式 だけでも、生 け贄 の式 はアキちゃんのモンになる。チーム秋津 に、臨時 増員 や。
それが信太 やと、怜司 兄さんも確信 していた。
たとえ籤 に当たらんでも、信太 は持って行けと、蔦子 さんはそういうつもりやったんやしな。
それが虎 の運命 やと、蔦子 おばちゃまは予知 したらしい。
変な理由やで。予知者 ならではの、よう分からん理由やな。
「あいつは何ができるんや?」
「強い」
水煙 の問 いに、怜司 兄さんはむっちゃ単純 に答えてた。
さらりと言うてる、その話は、冷静 に見た場合の客観的 事実みたいやった。
「あいつはもともと、中国の、王宮の門を守っていた虎 や。外敵 が押 し入 らへんように、要所 の守り神として祀 られていたわけやしな、あっちの武道 に通じている」
「信用ならんなあ。あっちの王朝 は滅 びてしもたやないか?」
水煙 は信太 が好かんのか、渋 い顔して、否定的 やった。
そら確 かにな、信太 は水煙 の好み系 やないやろうけどな。
怜司 兄さんもそう思うのか、答える顔は、面白 そうな苦笑 顔やった。
「しょうがない。来たのはヤハウェの軍隊 や。極東 アジアの神やら鬼 やら、霊獣 なんぞは信じてへんわ。それに、信太 が下手 こいたわけやない。皇帝 が、もはやこれまでと諦 めて、城 を明 け渡 したんや。ご主人様が退 けというのに、逆 らうわけにはいかんやろ?」
「異朝 の帝 も難儀 な目に遭 うたわけやな」
「そういうことやで。こちらの帝 も京 から東 へ、お移 りになったくらいやからな、それも時流 や、しょうがないやろ」
しょうがないんや。知らんわ、亨 ちゃん。
俺はぜんぜん政治 には、興味 ないねん。
なんかな、もう、うんざりやねん。
政治 がどうとか、戦争やとか、そういうのはもう、古代の川辺 でやり尽 くしてきた。
もうイヤやねん、のんびりフラフラしてたいねん。なあんも考えんと、アキちゃんとラブラブラブラブしてたいねん。
せやから何か、ああそうか、それはしょうがない、ツーツーカーカーみたいな、水煙 様と朧 様に、ついていかれへん。
えーと。中国史ですか。誰 でしたっけ、最後の皇帝 って。
……ああ、そうか! ラスト・エンペラーや!
『ラスト・エンペラー』っていう古い映画 があるの知らん?
俺、見たことある。アキちゃんのオススメ作品やったから、出町 の家で、ひとりで暇 な時に観 たわ。
主演 のジョン・ローン、ええ男やわあって、ぐにゃぐにゃしながら観 た。
あれが信太 のご主人様や。
ジョン・ローン。……やのうて、なんやっけ。なんて名前やった?
えーと。愛新覚羅溥儀 。愛新覚羅 が名字 で、溥儀 がファーストネーム。それは日本語読み。中国語読みは発音できません。
怜司 兄さんか信太 に聞いて。俺は中国語はあかんから。
「飛び飛びの話から察 するに、信太 は逃 げろと命じられたらしいわ。それで、しゃあなしに逃 げたけど、あん時、玉砕 するまで戦っておけばよかったと、未 だにネチネチ思うらしい」
それがいかにもアホみたいという口調 になって、怜司 兄さんは、極 めて軽 うく話していた。
「ふうん……それはまあ、忠義 な虎 や。しかし、死んだところで犬死 にやろう。どうせ王朝 は滅 びた」
犬死 に言うたらあかんのやで、水煙 。犬差別 やで。
瑞希 ちゃん、怒 ってくんで。犬にケツ噛 まれたらどないすんねん。せっかく可愛 いケツやのに。大事にせんとあかん。
「俺もそう言うたんやけどな。アホやし意味わかってへんのとちがうか」
ふんって、ちょっと怒 ってるみたいに、怜司 兄さんは陰口 きいてた。なんや、結局 、フラれて怒 ってんのやな、この人も。
アホなんか、信太 。
ちょっと気の毒。こんなとこで元彼 にアホ呼 ばわりされて。
それって、あれやん。武士道 というかやな、大陸でいう、武侠 の心意気 なんや。
お城 を守って玉砕 や。
日本で言うなら白虎隊 やんか。
あっ、あれも虎 か。縁起 悪いな、虎 。負けて切腹 みたいなジンクスあるんとちがう?
大丈夫 かな、タイガース。そういや、どないなったんやろ、日本シリーズ。
まだ虎 、生きてんのかな? 俺の赤星 様はどないなったんや。
「まあいい。強いというなら、お手並 み拝見 や。犬と虎 とが露払 いにつけば、アキちゃんにも一応 、格好 がつくやろ。お前はどないすんのや」
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