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26-10 トオル

 一応(いちおう)、心配はしてる。  一応(いちおう)仲間(なかま)やという口調(くちょう)で、水煙(すいえん)横目(よこめ)にちらりと(おぼろ)を見ていた。  そこはそれ、男を(めぐ)ってドツキ合おうが、ケツに悪戯(いたずら)されようが、チーム秋津(あきつ)のメンバーやから。同じ(かま)(めし)を食う仲間(なかま)や。  この場合、(めし)ってアキちゃんやけどな。 「俺もついてくよ。本間(ほんま)先生にやないけど、霊振会(れいしんかい)(たの)まれてる仕事があるから」 「どんな仕事や。こっちにも段取(だんど)りがある。秋津(あきつ)(もど)ったというなら、ちゃんと手はずは連絡(れんらく)していけ」  つんけん言うてる水煙(すいえん)様にも、怜司(れいじ)兄さんは気を悪くしたふうもなく、そうやなあと、うんうん(うなず)いていた。 「(なまず)がどこへ出るやらわからへん。あたりはつけてるけども、結局(けっきょく)は、その時が来るまで分からんのやしな。祭壇(さいだん)(きず)くのは、実際(じっさい)(なまず)(あらわ)れてからという計画なのや。俺はここからその場所までの、移動(いどう)用の位相(いそう)(さが)して、最短コースを(つく)ってやる予定。いわばバイパス工事やな」 「工兵(こうへい)か、お前は」 「通信兵(つうしんへい)もするよ。霊振会(れいしんかい)(みな)さんどうしの連絡(れんらく)から、一般人(いっぱんじん)(みな)さんの避難(ひなん)誘導(ゆうどう)まで。八面六臂(はちめんろっぴ)のご活躍(かつやく)よ。(いそが)しいわあ。(しげる)ちゃんも式使(しきづか)(あら)い」  モク(ちゅう)やねんなあ。ちょっと話す間も我慢(がまん)でけへんのか、怜司(れいじ)兄さんは煙草(たばこ)を取りだし、(くわ)えたそれに、蜻蛉(とんぼ)(かざ)りのついてるライターで、火を入れた。  独特(どくとく)のお(こう)みたいな(にお)いが(かお)って、水煙(すいえん)はその(けむり)と、それ()しに見える(おぼろ)の手が、いかにも大事そうにライターを仕舞(しま)うのを、じっと(なが)めていた。 「気をつけろ。(しげる)は昔からお前が()しいんや。あいつはアキちゃんの持ってるもんは何でも()しがる。ごうつくな、商人(あきんど)の子やねんからな。お登与(とよ)寄越(よこ)せというたのも、あれがアキちゃんの妹で、(おも)()うとると(さっ)したからやないか」 「そうかもしれへんな。複雑(ふくざつ)なとこやで。(にく)いあん畜生(ちくしょう)やけど、(しげる)ちゃんは暁彦(あきひこ)様とはけっこう、(なか)は良かった。なんだかんだで(つる)んでいたし、(いくさ)がなければ、(しげる)ちゃんも案外(あんがい)あのままずっと秋津(あきつ)()ついて、ええコンビになっとったんやないか。チーム秋津(あきつ)鬼退治(おにたいじ)(ひま)な時には絵描(えか)いて、祇園(ぎおん)で遊んで。ええ時代もあったやんか」  それが(なつ)かしいみたいに言うて、(おぼろ)()()になって(ゆか)を見ていた。  きっと怜司(れいじ)兄さんは、そのまま時が止まってくれてたら、よかったのになあと思うてんのやろ。 「昔の話や。(しげる)もえらい(じじい)になってもうて。アキちゃん見てたらトシ(わす)れるけども、それももう、半世紀(はんせいき)以上前のことやで、(おぼろ)。もはや今さらや」 「あれ。暁彦(あきひこ)様って、(じじい)やないのか」  あっさり言うてる水煙(すいえん)の話に、(おぼろ)はびっくりしたふうに、目を(またた)いていた。  おとん大明神(だいみょうじん)人並(ひとな)みに()けてると思うてたらしい。 「なんも変わっていない。いっとき少々()けたけど、精々(せいぜい)四十路(よそじ)くらいかな。俺は、あれはあれで、ええ男ぶりやと思うてたけど、本人はくよくよしていたな。(わか)いままがよかったとかで」  なんでや、おとん。ええトシして、なんでそんな若作(わかづく)りなんや。  秋津(あきつ)のおかんといい、なんでこの血筋(ちすじ)のやつらは、トシとるのを(なま)けるやつらばっかかりなんや。 「でも、その後ジュニアが(わか)(ころ)のアキちゃんの絵を()いて、それを足がかりに若返(わかがえ)りを()たしたんで、にこにこしていた。えらい若作(わかづく)りやで。実の息子(むすこ)と同い年のようや」 「ほんなら(わか)いの?」 「出征(しゅっせい)した(ころ)のままやな」  水煙(すいえん)が、それを教えてやると、なんでか怜司(れいじ)兄さん、ちょっとトキメいちゃったみたいやった。目が泳いでた。(むね)がドキドキしちゃったみたいやった。  乙女(おとめ)か、(にい)さん。おとん(わか)いくらいでソワソワせんといて。水煙(すいえん)のケツ(さわ)ってたくせに。 「変わってないんや……」 「それが、お前になんの関係があるんや」  むっとしたみたいに、水煙(すいえん)は冷たい声で言い、(おぼろ)様のトキメキをぶち(こわ)していた。  ()(もち)か、水煙(すいえん)。  二股(ふたまた)かけるのやめへんか。今はジュニアやろ。  それとも、おとん争奪戦(そうだつせん)にカムバックする気になってくれたんか。  それでもいいよ、俺は。大歓迎(だいかんげい)よ。 「関係、ないけど……別にええやん。ちょっと思い出すくらい」  じとっと言うてる(おぼろ)様に、水煙(すいえん)はものすご、ふんっ、て言うてた。 「別にええよ。思い出すだけとは言わず、よりを(もど)したければ、(もど)せばいい。保証(ほしょう)はせんけどな、あの子がお前をまだ相手にするかどうか、そんな(みゃく)があるか、俺にはさっぱりそうは思えへんけどな。お前にも当たって(くだ)ける権利(けんり)くらいはあるやろな」 「(くだ)けんの!? ぎょ、玉砕(ぎょくさい)か、俺は……」  本気で受け取ってんのか、(おぼろ)様、顔面蒼白(がんめんそうはく)やったで。  マジにするだけアホやのに。水煙(すいえん)、イケズで言うてるだけやのに。  それも分からんくらい必死なんか。おとん関連では。  おもろいなあ、怜司(れいじ)兄さん。可愛(かわい)いとこあるやん。水煙(すいえん)のケツ(さわ)ってたくせに。

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