586 / 928
26-12 トオル
それを眺 めて、水煙 は、はしたないという咎 める目をした。
確 かにちょっと、お行儀 悪い。吸血 が下手 。毎度これでは困 ってまうわ。
それも仕込 まなあかん。まったくワンワンは、躾 ることだらけ。
「先にシャワー浴 びさせるわ」
まだ寝 ぼけてヨタヨタしている犬を引 っ張 っていって、怜司 兄さんはバスルームに消えた。
瑞希 ちゃんは素直 にそれに引かれていったけど、あんな寝 ぼけ具合では、ついでに一発やられても、気がつかんのやないか。
平気かなあ、というかですね。ちょっとした興味 で、俺も見たくて追いかけちゃった。水煙 も、ほら、風呂 入りたいんやし。ねっ。
でも怜司 兄さん、むっちゃ真面目 やった。
普通 に犬洗 ってた。
裸 に剥 いて、シャワーブースに叩 き込 んだ犬に、じゃぶじゃぶシャワーかけてた。しかもそれが水やったみたい。
「……っ、冷たい!!」
びっくりしたんか、瑞希 ちゃんは水かけられながら目を覚 ましていた。
「起きたか、ワンワン。おはようさん。これから俺と働 いてねー」
煙草 吸 いながら、にこやかに犬洗 ってる怜司 兄さんを横目 に、俺は水煙 をからっぽのバスタブに座 らせた。
貝殻 みたいな、白い浴槽 やで。
「服、適当 にとってきたるし、体ふいとけ」
びしょびしょなってる瑞希 ちゃんに、白いバスタオルを渡 してやって、怜司 兄さんはバスルームからまた出て行った。
瑞希 ちゃんは、今さらガン見の俺らに気付いたようで、慌 ててタオルで体拭 いてたけど、後の祭りやった。
全部見ちゃった。裸 見ちゃった。
まだちょっと少年なんですみたいな体つきやった。
こういうの、好きな奴 は好きやなあ。
「お……おはようございます」
言うこと他 になかったんやろう。瑞希 ちゃんはドギマギしたふうに、俺と水煙 に挨拶 した。
たぶん、主に水煙 に。
水煙 はそれに、鷹揚 に頷 いていた。
偉 い人みたいやった。
偉 いんか。秋津 の守護神 なんやもんな。ぽっと出の犬とは違 うよな。
「腹 満 ちて和 んだようやな。今日 は朧 の下について、手伝 いをしろ。あいつにいろいろ教えてもらえ。お前も秋津 の式 になったんや。いつまでもアホでは困 る。持てる力を発揮 して、アキちゃんの役 にたってやってくれ」
「はい……」
まだ寝起 きの、喉 が渇 いている声で、瑞希 ちゃんは返事 していた。
「素直 で結構 。お前は亨 とは、一悶着 あった間柄 やけど、それはこの際 、綺麗 さっぱり水に流して、これにも目上への礼儀 を尽 くせ。今はこいつが秋津 の主神 や。朧 よりも、俺よりも序列 は上や。亨 にも、俺にするように、分 を弁 えた口の利 き方をしろ。命令されたら素直 に従 え。わかったな?」
分かったと、それに返事 はしたくなかったんやろか。瑞希 ちゃんは緊張 した顔で、じっと俺を見て、こくりと頷 いただけやった。
それでも水煙 は、良しとしたらしい。
俺も別に、それでいい。
序列 なんて、うるさく言う気はなかったし、犬がいちいち喧嘩 売ってけえへんのやったら、それでええねん。
銜 え煙草 で鼻歌 歌いつつ、朧 様は上機嫌 で戻 ってきた。
手にはクローゼットから引 っ張 り出 してきたらしい、瑞希 ちゃんの服を持っていた。
遥 ちゃんルックではない、犬がアキちゃんと神戸 デートして買ってきた、普通 の服の方。
普通 というか、若干 悪い子寄 りのほう。
鋲 打ってある悪い子ジーンズに、でっかい髑髏 の絵が入ってる、悪い子Tシャツ。アキちゃん、ようこれ買うの許 したな。
「髑髏 大好き」
にこにこ言いつつ、怜司 兄さんは犬に無理矢理 Tシャツ被 せてた。
着せてやる必要ないやん。それに、やっぱり髑髏 大好きなんや。
あの、信太 とおソロの髑髏 の指輪 してたの、実はほんまに髑髏 が好きやっただけなん?
あんまりやで兄 さん。ただの自己愛 か?
しかし、そんな俺のジト目に気付く気配 もなく、怜司 兄さんは、自分で着ますってオタオタ言うてるワンワンに、遠慮無 く次々服着せて、悪い子ぶってますけども、可愛 い弟キャラですみたいなのを、あっというまに仕上 げた。
寝癖 でぐちゃぐちゃやった髪 の毛 も、洗面 台にあったヘアワックスで、適当 でありつつ、実は計算しましたみたいな無造作 ヘアに仕上 げてやってた。
まるで瑞希 ちゃん、これから売り出すアイドルみたいやったで。
それかペットショップでトリマーさんに服着せられてる、きゃんきゃん哀 れっぽいマルチーズみたい。
そらまあ、哀 れっぽくもなるわ。いくら犬とはいえ、ええトシした男がやで、他人にパンツはかされてみ? 格好悪 うて、なんか凹 むよ。
三万十八歳 にもなって、まだ自分でパンツはかれへんのか、犬。はけるやろ。
とにかくそれで、朧 様について歩いても、格好 のつく見た目になったってことやろ。怜司 兄さんは、どことなくションボリしている瑞希 ちゃんを眺 め、にこにこ満足そうに微笑 んでいた。これでよし、みたいなな。
ともだちにシェアしよう!