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26-12 トオル

 それを(なが)めて、水煙(すいえん)は、はしたないという(とが)める目をした。  (たし)かにちょっと、お行儀(ぎょうぎ)悪い。吸血(きゅうけつ)下手(へた)。毎度これでは(こま)ってまうわ。  それも仕込(しこ)まなあかん。まったくワンワンは、(しつけ)ることだらけ。 「先にシャワー()びさせるわ」  まだ()ぼけてヨタヨタしている犬を()()っていって、怜司(れいじ)兄さんはバスルームに消えた。  瑞希(みずき)ちゃんは素直(すなお)にそれに引かれていったけど、あんな()ぼけ具合では、ついでに一発やられても、気がつかんのやないか。  平気かなあ、というかですね。ちょっとした興味(きょうみ)で、俺も見たくて追いかけちゃった。水煙(すいえん)も、ほら、風呂(ふろ)入りたいんやし。ねっ。  でも怜司(れいじ)兄さん、むっちゃ真面目(まじめ)やった。  普通(ふつう)に犬(あら)ってた。  (はだか)()いて、シャワーブースに(たた)()んだ犬に、じゃぶじゃぶシャワーかけてた。しかもそれが水やったみたい。 「……っ、冷たい!!」  びっくりしたんか、瑞希(みずき)ちゃんは水かけられながら目を()ましていた。 「起きたか、ワンワン。おはようさん。これから俺と(はたら)いてねー」  煙草(たばこ)()いながら、にこやかに犬(あら)ってる怜司(れいじ)兄さんを横目(よこめ)に、俺は水煙(すいえん)をからっぽのバスタブに(すわ)らせた。  貝殻(かいがら)みたいな、白い浴槽(よくそう)やで。 「服、適当(てきとう)にとってきたるし、体ふいとけ」  びしょびしょなってる瑞希(みずき)ちゃんに、白いバスタオルを(わた)してやって、怜司(れいじ)兄さんはバスルームからまた出て行った。  瑞希(みずき)ちゃんは、今さらガン見の俺らに気付いたようで、(あわ)ててタオルで体()いてたけど、後の祭りやった。  全部見ちゃった。(はだか)見ちゃった。  まだちょっと少年なんですみたいな体つきやった。  こういうの、好きな(やつ)は好きやなあ。 「お……おはようございます」  言うこと(ほか)になかったんやろう。瑞希(みずき)ちゃんはドギマギしたふうに、俺と水煙(すいえん)挨拶(あいさつ)した。  たぶん、主に水煙(すいえん)に。  水煙(すいえん)はそれに、鷹揚(おうよう)(うなず)いていた。  (えら)い人みたいやった。  (えら)いんか。秋津(あきつ)守護神(しゅごしん)なんやもんな。ぽっと出の犬とは(ちが)うよな。 「(はら)()ちて(なご)んだようやな。今日(きょう)(おぼろ)の下について、手伝(てつだ)いをしろ。あいつにいろいろ教えてもらえ。お前も秋津(あきつ)(しき)になったんや。いつまでもアホでは(こま)る。持てる力を発揮(はっき)して、アキちゃんの(やく)にたってやってくれ」 「はい……」  まだ寝起(ねお)きの、(のど)(かわ)いている声で、瑞希(みずき)ちゃんは返事(へんじ)していた。 「素直(すなお)結構(けっこう)。お前は(とおる)とは、一悶着(ひともんちゃく)あった間柄(あいだがら)やけど、それはこの(さい)綺麗(きれい)さっぱり水に流して、これにも目上への礼儀(れいぎ)()くせ。今はこいつが秋津(あきつ)主神(しゅしん)や。(おぼろ)よりも、俺よりも序列(じょれつ)は上や。(とおる)にも、俺にするように、(ぶん)(わきま)えた口の()き方をしろ。命令されたら素直(すなお)(したが)え。わかったな?」  分かったと、それに返事(へんじ)はしたくなかったんやろか。瑞希(みずき)ちゃんは緊張(きんちょう)した顔で、じっと俺を見て、こくりと(うなず)いただけやった。  それでも水煙(すいえん)は、良しとしたらしい。  俺も別に、それでいい。  序列(じょれつ)なんて、うるさく言う気はなかったし、犬がいちいち喧嘩(けんか)売ってけえへんのやったら、それでええねん。  (くわ)煙草(たばこ)鼻歌(はなうた)歌いつつ、(おぼろ)様は上機嫌(じょうきげん)(もど)ってきた。  手にはクローゼットから()()()してきたらしい、瑞希(みずき)ちゃんの服を持っていた。  (よう)ちゃんルックではない、犬がアキちゃんと神戸(こうべ)デートして買ってきた、普通(ふつう)の服の方。  普通(ふつう)というか、若干(じゃっかん)悪い子()りのほう。  (びょう)打ってある悪い子ジーンズに、でっかい髑髏(どくろ)の絵が入ってる、悪い子Tシャツ。アキちゃん、ようこれ買うの(ゆる)したな。 「髑髏(スカル)大好き」  にこにこ言いつつ、怜司(れいじ)兄さんは犬に無理矢理(むりやり)Tシャツ(かぶ)せてた。  着せてやる必要ないやん。それに、やっぱり髑髏(どくろ)大好きなんや。  あの、信太(しんた)とおソロの髑髏(どくろ)指輪(ゆびわ)してたの、実はほんまに髑髏(どくろ)が好きやっただけなん?  あんまりやで(にい)さん。ただの自己愛(じこあい)か?  しかし、そんな俺のジト目に気付く気配(けはい)もなく、怜司(れいじ)兄さんは、自分で着ますってオタオタ言うてるワンワンに、遠慮無(えんりょな)く次々服着せて、悪い子ぶってますけども、可愛(かわい)い弟キャラですみたいなのを、あっというまに仕上(しが)げた。  寝癖(ねぐせ)でぐちゃぐちゃやった(かみ)()も、洗面(せんめん)台にあったヘアワックスで、適当(てきとう)でありつつ、実は計算しましたみたいな無造作(むぞうさ)ヘアに仕上(しあ)げてやってた。  まるで瑞希(みずき)ちゃん、これから売り出すアイドルみたいやったで。  それかペットショップでトリマーさんに服着せられてる、きゃんきゃん(あわ)れっぽいマルチーズみたい。  そらまあ、(あわ)れっぽくもなるわ。いくら犬とはいえ、ええトシした男がやで、他人にパンツはかされてみ? 格好悪(かっこうわる)うて、なんか(へこ)むよ。  三万十八(さい)にもなって、まだ自分でパンツはかれへんのか、犬。はけるやろ。  とにかくそれで、(おぼろ)様について歩いても、格好(かっこう)のつく見た目になったってことやろ。怜司(れいじ)兄さんは、どことなくションボリしている瑞希(みずき)ちゃんを(なが)め、にこにこ満足そうに微笑(ほほえ)んでいた。これでよし、みたいなな。

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