587 / 928

26-13 トオル

「よーし、それでは、行ってくるわ。それはええけど、居間(いま)のコーヒーテーブルにあった、(あめ)でできてる京都タワーって、あれなに?」  目ざといなあ、兄さん。それは昨夜(ゆうべ)アキちゃんが作った、霊水(れいすい)(あめ)の試作品や。  作ったものの食いにくい。でかいから。  だけどお部屋(へや)(かざ)りになるよ。(もも)みたいな(にお)いがぷんぷんするし。霊力(れいりょく)たっぷり、霊験(れいげん)あらたかよ。  いざというときには非常食(ひじょうしょく)にもなるしな。  そんな話をかいつまんで説明すると、怜司(れいじ)兄さんは面白(おもしろ)そうに、ふうんと言うて笑っていた。 「おもろいなあ、本間(ほんま)先生。そんな小技(こわざ)があるとは。そんなんできると分かってたら、暁彦(あきひこ)様も(こし)(いた)い言わんで()んだのになあ」  くすくす茶化(ちゃか)口調(くちょう)(おぼろ)様に、水煙(すいえん)はまた、むっとしていた。 「あれは先代(せんだい)には無理や。人の身ではやれへんような大技(おおわざ)やで。アキちゃんがずば()けて、高い霊力(れいりょく)を持っているだけや。もはや(せん)か、神の領域(りょういき)や」  先代(せんだい)て言うてる、おとんのこと。  もう()()完了(かんりょう)か、水煙(すいえん)様よ。 「そんな(すご)そうに見えへんのやけどなあ、あのボンボン」  水煙(すいえん)に、俺とおんなじことを思ったんか、苦笑(くしょう)して言うてる(おぼろ)様は、灰皿(はいざら)(さが)しているようやったけど、生憎(あいにく)バスルームには、そんなもんはなかった。 「ま、それがアキちゃんのええとこか? 俺は知らんけど。それに期待(きたい)して、(なまず)(りゅう)も、サクッとやっつけとこか。あの京都タワー、もらってっていい? 今日(きょう)(うたげ)歌比(うたくら)べの、賞品(しょうひん)にすんねん」 「歌比(うたくら)べ?」  まさか和歌(わか)でも()むんやろかと、俺が若干(じゃっかん)引きつつ(たず)ねると、怜司(れいじ)兄さんは()()きかけの煙草(たばこ)をふかしつつ、うんうんと、いかにも(うれ)しそうに(うなず)いていた。 「そうやで。カラオケ大会やんか。明日(あした)、ラジオで流す(よう)録音(ろくおん)するしな、(とおる)ちゃんも、いっぱい歌(うと)うてね」  えっ、なにそれ。公開収録(しゅうろく)?  明日(あした)って、(なまず)様の出る日のはずやけど、そんな日にラジオで歌流すの?  なんやそれ。意味わからへん。 「それが、ヘタレの(しげる)作戦(さくせん)か?」  (さげす)みきったような(しら)けた視線(しせん)で、水煙(すいえん)様は(おぼろ)を見ていた。 「そうや。なんせ相手は死の舞踏(ダンス・マカブル)やしな。音楽かかれば、(おど)るんやないかと、そういう読みやで」 「狂骨(きょうこつ)が、(おど)るか?」  ものすご否定的(ひていてき)に、水煙(すいえん)は問いただしたけども、(おぼろ)様はものすご普通(ふつう)みたいに、うんうんて(うなず)いていた。 「そら、(おど)るよ。何度か(ため)したもん。船でも(おど)ってたやろ?」  (おど)ってたな、そう言えば。  中突堤(なかとってい)のウェディング船に、神楽(かぐら)(よう)(すけ)()で、アキちゃんや俺が()()んだ時、そこに(あらわ)れた(ほね)の人ら、ジュリアナ(けい)ダンスミュージックで(ちょう)ノリノリやった。  でも、あれは、あの(ほね)たちが死ぬ前から、(おど)るタイプの人間やったからやないの? 「(おど)(おど)る。殺し合うより、歌うとて、(おど)ってるほうが楽しいよ。みんなそうやろ。そうでないやつなんて、一握(ひとにぎ)りだけや。チャンバラすんのは、そいつらとだけでええねん」 「(みょう)な話やで」  ふん、と水煙(すいえん)は鼻で笑ったが、それは否定(ひてい)ではない。  一応(いちおう)納得(なっとく)したらしい。 「(しげる)ちゃんは、自軍(じぐん)の死者を()らしたいんや。前にも相当(そうとう)死んだやろ。それが歌歌う程度(ていど)のことで、ちょっとでも()るんやったら、(もう)けもんやんか?」 「えらい(しげる)(かた)持つなあ、(おぼろ)。アキちゃん聞いたら何て言うやろ。(しげる)んとこ行け言われるで?」  イケズそうな水煙(すいえん)に言われ、(おぼろ)様はたじろいだようやった。  気まずい顔して、ぶつくさ言うてた。 「(かた)持つわけやないよ。道理(どうり)やないか。チクらんといてくれ。暁彦(あきひこ)様は()(もち)焼きやしな、それでゴネたら面倒(めんどう)や」  昔、いっぱいゴネられた。そんな渋々(しぶしぶ)の顔で、(おぼろ)(おぼろ)はため息をつきながら、犬を連れて出ていくみたいやった。  白い手で、おいでおいでされて、瑞希(みずき)ちゃんは大人(おとな)しく、怜司(れいじ)兄さんについていくつもりらしい。 「(おぼろ)」  すたすた出ていく(うし)姿(すがた)を、水煙(すいえん)()()めた。  まだ何かあったかと、意外そうに()()いて、湊川(みなとかわ)怜司(れいじ)無防備(むぼうび)そうに、水煙(すいえん)を見つめた。 「しっかりやれよ。ええ(はたら)きしたら、褒美(ほうび)にアキちゃんに会わせてやろう。挨拶(あいさつ)だけとは言わず、あいつにまだ(みゃく)があるなら、もっと()のあることをしてもいい。(ゆる)してやる」  水煙(すいえん)に、それを(ゆる)してやる権利(けんり)があんのか、俺にはさっぱり分からへん。  でも、(ゆる)してやると、きっぱり言われて、(おぼろ)様は相当(そうとう)びびったようやった。  そんなこと言われるなんて、想像(そうぞう)もしてへんかったみたい。  しばらく、あんぐりして、それから、ごくりと(つば)()()んでた。  また目が泳いでた。かなり動揺(どうよう)しちゃったらしかった。

ともだちにシェアしよう!