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26-13 トオル
「よーし、それでは、行ってくるわ。それはええけど、居間 のコーヒーテーブルにあった、飴 でできてる京都タワーって、あれなに?」
目ざといなあ、兄さん。それは昨夜(ゆうべ)アキちゃんが作った、霊水 飴 の試作品や。
作ったものの食いにくい。でかいから。
だけどお部屋 の飾 りになるよ。桃 みたいな匂 いがぷんぷんするし。霊力 たっぷり、霊験 あらたかよ。
いざというときには非常食 にもなるしな。
そんな話をかいつまんで説明すると、怜司 兄さんは面白 そうに、ふうんと言うて笑っていた。
「おもろいなあ、本間 先生。そんな小技 があるとは。そんなんできると分かってたら、暁彦 様も腰 痛 い言わんで済 んだのになあ」
くすくす茶化 す口調 の朧 様に、水煙 はまた、むっとしていた。
「あれは先代 には無理や。人の身ではやれへんような大技 やで。アキちゃんがずば抜 けて、高い霊力 を持っているだけや。もはや仙 か、神の領域 や」
先代 て言うてる、おとんのこと。
もう乗 り換 え完了 か、水煙 様よ。
「そんな凄 そうに見えへんのやけどなあ、あのボンボン」
水煙 に、俺とおんなじことを思ったんか、苦笑 して言うてる朧 様は、灰皿 探 しているようやったけど、生憎 バスルームには、そんなもんはなかった。
「ま、それがアキちゃんのええとこか? 俺は知らんけど。それに期待 して、鯰 も龍 も、サクッとやっつけとこか。あの京都タワー、もらってっていい? 今日 の宴 の歌比 べの、賞品 にすんねん」
「歌比 べ?」
まさか和歌 でも詠 むんやろかと、俺が若干 引きつつ訊 ねると、怜司 兄さんは燃 え尽 きかけの煙草 をふかしつつ、うんうんと、いかにも嬉 しそうに頷 いていた。
「そうやで。カラオケ大会やんか。明日 、ラジオで流す用 に録音 するしな、亨 ちゃんも、いっぱい歌歌 うてね」
えっ、なにそれ。公開収録 ?
明日 って、鯰 様の出る日のはずやけど、そんな日にラジオで歌流すの?
なんやそれ。意味わからへん。
「それが、ヘタレの茂 の作戦 か?」
蔑 みきったような白 けた視線 で、水煙 様は朧 を見ていた。
「そうや。なんせ相手は死の舞踏 やしな。音楽かかれば、踊 るんやないかと、そういう読みやで」
「狂骨 が、踊 るか?」
ものすご否定的 に、水煙 は問いただしたけども、朧 様はものすご普通 みたいに、うんうんて頷 いていた。
「そら、踊 るよ。何度か試 したもん。船でも踊 ってたやろ?」
踊 ってたな、そう言えば。
中突堤 のウェディング船に、神楽 遥 の助 っ人 で、アキちゃんや俺が乗 り込 んだ時、そこに現 れた骨 の人ら、ジュリアナ系 ダンスミュージックで超 ノリノリやった。
でも、あれは、あの骨 たちが死ぬ前から、踊 るタイプの人間やったからやないの?
「踊 る踊 る。殺し合うより、歌うとて、踊 ってるほうが楽しいよ。みんなそうやろ。そうでないやつなんて、一握 りだけや。チャンバラすんのは、そいつらとだけでええねん」
「妙 な話やで」
ふん、と水煙 は鼻で笑ったが、それは否定 ではない。
一応 、納得 したらしい。
「茂 ちゃんは、自軍 の死者を減 らしたいんや。前にも相当 死んだやろ。それが歌歌う程度 のことで、ちょっとでも減 るんやったら、儲 けもんやんか?」
「えらい茂 の肩 持つなあ、朧 。アキちゃん聞いたら何て言うやろ。茂 んとこ行け言われるで?」
イケズそうな水煙 に言われ、朧 様はたじろいだようやった。
気まずい顔して、ぶつくさ言うてた。
「肩 持つわけやないよ。道理 やないか。チクらんといてくれ。暁彦 様は焼 き餅 焼きやしな、それでゴネたら面倒 や」
昔、いっぱいゴネられた。そんな渋々 の顔で、朧 (おぼろ)はため息をつきながら、犬を連れて出ていくみたいやった。
白い手で、おいでおいでされて、瑞希 ちゃんは大人 しく、怜司 兄さんについていくつもりらしい。
「朧 」
すたすた出ていく後 ろ姿 を、水煙 は呼 び止 めた。
まだ何かあったかと、意外そうに振 り向 いて、湊川 怜司 は無防備 そうに、水煙 を見つめた。
「しっかりやれよ。ええ働 きしたら、褒美 にアキちゃんに会わせてやろう。挨拶 だけとは言わず、あいつにまだ脈 があるなら、もっと実 のあることをしてもいい。許 してやる」
水煙 に、それを許 してやる権利 があんのか、俺にはさっぱり分からへん。
でも、許 してやると、きっぱり言われて、朧 様は相当 びびったようやった。
そんなこと言われるなんて、想像 もしてへんかったみたい。
しばらく、あんぐりして、それから、ごくりと唾 飲 み込 んでた。
また目が泳いでた。かなり動揺 しちゃったらしかった。
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