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26-14 トオル
結局そのまま、怜司 :兄さんはなんも言わんと、なんかそわそわしたような上 の空 の顔をして、すたすたと早足 で部屋 から出て行った。
瑞希 ちゃんは、ついていけばええのかなという戸惑 い顔で、それを追いかけてったけど、案外、気の利 く犬や。怜司 :兄さんがすっかり失念 しまくっていた、コーヒーテーブルの上の京都タワーを、忘 れず引っつかんでいっていた。
「大丈夫 なん? 犬を朧 様に貸 してやって。あの人ちょっとイカレてんのやで?」
二人 が出ていくのを見送ってから、俺はバスルームに戻 り、カラッポの風呂 におくつろぎやった水煙 様に、そう訊 いた。
「かまへん。何もせんやろ。仮 になんか不都合 あっても、もう、どうでもええ犬や。生 け贄 にするんでなければ、生きようが死のうが関係あらへん」
「冷たいなあ、お前」
なんちゅう愛を知らん神や。
俺はつくづく呆 れて、水煙 の横顔 を眺 めた。
けど、そうして見つめ合っててもしょうがない。風呂 入れてやる言うて連れてきてやったんや。さっさと湯を張 ろう。
そう思って、バスタブに栓 して、俺は温 めの風呂 になるように調節 した湯を、蛇口 をひねって出してやった。
「なあ、水地 亨 」
足指 の先を浸 し始 めた湯を、微 かにぱしゃぱしゃやりながら、水煙 はぼんやりと訊 ねてきた。
「愛とはなんや。お前には、民 を守護 した経験 があるのか。俺にはない。この星に落ちてきてからずっと、人間は俺にとっては怖 ろしいもんやった。愛 おしいと思うたことがあるのは、秋津 の子らだけで、人の世に尽 くすのも、結局 は、その子らを守るためや。悪鬼 か化けモンとして憎 み嫌 われるより、お屋敷 の殿 として畏 れられるほうが、まだしもマシやと思うたからな」
水煙 は真面目 な顔をして、俺をじっと見上げていた。
ほんまに俺に、教えを乞 うてるらしかった。
まさか博識 な水煙 様が、アホの亨 に教えを乞 うとは、そんなことがあってええのか。
「人の世への、愛を知らねば、神にはなられへんのやろなあ」
ぼんやり言うてる水煙 が、なんか影 薄 いような気がして、俺は正直 、いやぁな予感 がしていたよ。
お前、なんか、変なこと、考えてませんか?
なんか、すごく、フェイドアウトしていきそうな、脱力感 ありますよ。
なにか、ものすご満足するような目に遭 うて、もはや思い残すことが無さすぎるんですか。
なんやねん、それは。
てめえアキちゃんと何をしたんや。
何をしたらそんな、悪い憑 き物 落ちちゃったわみたいな、アクのない顔できるようになるねんや。
今までずっと、イケズで焼き餅焼 きの、根性悪 な包丁 の神やったくせに。
なんかお前、清 らかですよ、今。
やめて。
俺、そういうの、どうリアクションしたらええか、わからへんようになるんやから。
「神に、なりたいの? お前?」
目ぇショボショボしてきて、俺は気まずく、そう訊 いた。
「なりたいというか、ならなあかんのやないかと、思うんやなあ。言うても長年、秋津 の子らには、正義 の味方 になることを推奨 してきたんやし、その血に憑 いてる俺が、ただの妖怪 やったら、まずいやろ? まずは模範 を示 すのが、親というもんや」
「親、なの? お前?」
ますます亨 ちゃん、お目々ショボショボしてきた。
正視 に耐 えない。
なんでやろ、水煙 、なんかキラキラしてない?
なんかな、いつもと同じ姿 のはずやのに、キラキラが見えて、眩 しいねん。
邪悪 な俺様 の目で見るとな、清 らかすぎて、眩 しいねんな。
まさかお前、神聖 系 ?
なんかホーリーっぽい、オーラ出てる。
いっぱいついてた恨 み辛 みの煤払 いをしたら、ものすご眩 しい清 らか系 出てきたわみたいな、そんな感じ。
穢 れないアイドルみたいな感じ。
そんなオーラを感じちゃうんやけど、な、なんで?
「親やで。親というか、俺はほんまに、アキちゃんの祖先神 やねん。たぶんやけどな」
若干 気まずそうに、水煙 は俺と目を合わせず、もじもじ言うてた。
「近親相姦 やないか?」
今さらやけど、一応 言うといた。
ほんま今さらやで。
だってアキちゃんの親なんて、実の兄と妹なんやしな。そういう家なんやで、秋津 家は。
せやから今さら水煙 が、それについてどうのこうの、気が咎 めるとは思うてもみいへんかったんやけどな。
「そうやで。それが何か、あかんか」
むっとしたように、むくれて、水煙 は意固地 なような反論 をした。
気が引けるらしかった。あかんて言われたら困 るなあみたいな、そういう顔やった。
「今に始まったことやないやろ。古今東西 の神話を紐解 けば、産んだ子やら孫 やらとデキてもうてる神なんて、いくらでも居 るわ。それにアキちゃんと俺は、世代 にして充分 に離 れてる。もう他人やで。そうやろ?」
「誰 も、あかんて、言うてへんやん?」
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