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26-16 トオル
何をって……それは勿論 、分かってるけど、そんなに困 ってるって、思ってへんかった。
亨 もええなあ、水煙 も好き、犬もかわいい、ラジオもイケてるって、そんな優雅 なボンボンの、道楽 みたいな二股 三 つ叉 で、けっこう楽しんでんのやと思ってた。
俺のこと、好きや好きやは言うてるだけで、ほんまのところ、ええように弄 ばれてんのかと。俺はどっかで僻 んでいたよ。
それでも好きやし、しょうがない。覚悟 決めよかって、意地 と気力 で、保 ってたようなもんやねん。
アキちゃん、悪いと思うてへん。俺のことなんて、なんにも気にしてへん。
それでもしゃない、惚 れた弱みや。我慢 せなしょうがない。そう思うてたんやけどな。
ほんまはアキちゃん、俺に悪いと思うてたん?
ほんまはずっと、しんどかったんか。
苦しそうに吐 いてる、その姿 を見ると、なんや可哀想 なってきて、アキちゃんよしよしみたいな気になっていたけど、それも俺の甘 っちょろさか。
そんなふうに、苦しまんといて。俺はアキちゃんを、幸せにしてやりたいねん。
水煙 とそう、約束 した。
約束するとは、言うてへんけど、でも俺は、どこか言外 にあるやりとりの中で、わかった約束 するわと、水煙 様にお答えしていた。
その誓 いは、神聖 か。神と神との約束か。
俺にはそれを守る義務 が、あるやろか。
永遠 にずっと、アキちゃんを幸せにしてやる、そんなノルマがあるか。
あるといい。俺がそのための、神やったらいいなと思う。
神様は人間を愛して、守ってやって、幸せにしてやるために、この世に居 るんやで。
あいにく俺を神として、崇 めてくれる人間は、今んところアキちゃんぐらいやし、俺が守ってやれるのも、アキちゃん一人 が精々 やけど、でも、それでいい。
アキちゃんの、幸せ守ってやりたいねん。
だけど俺に、そんなことできるのかな。
アキちゃん、お家 の勤 めやとかで、鯰 や龍 を、やっつけなあかん。
そんなん亨 ちゃんの神パワーで、ちょちょいのちょいやでって、あっさり解決 してやりたいのに、俺にはそんな力はない。
甲斐性無 しの神や。守るどころか、実をいうたらアキちゃんに、守ってもろてる立場なんやで。
アキちゃんがものすごい危機 に直面してるて分かっていても、実はただそれを、じっと見てるほかに、なにもでけへん。
もどかしい。
そんな俺に、水煙 様の代わりが、勤 まるやろうか。
水煙 にはずっと、居 てもろといたほうが、ええんとちがうか。
アキちゃんかて、そのほうが、嬉 しいはずや。
水煙 好きやし、頼 ってる。水煙 水煙 て、懐 いてる時のアキちゃんは、俺には見せへん顔してる。
俺にはそれが悔 しいけども、でも、アキちゃんには水煙 が、必要やねん。
俺がいればそれでいいという訳 やない。
もしもアキちゃんが、三都 の巫覡 の王として、立派 に秋津 の家督 を継 ぎたいというんやったら、俺とふたりきりでは、きっと、あっというまに路頭 に迷 う。
俺はたぶん水煙 に、頼 まなあかんやろう。
アキちゃんのために。水煙 が俺に、頼 んだように。
お前もずっとアキちゃんの傍 にいてくれと。
でも俺には、それは無理。まだ無理やねん。
そんなこと、言わなあかんと思うと、心が震 える。怖 くてたまらへん。
そんなの許 して、アキちゃんがもし、俺より水煙 に心を移 したら、俺はどないしたらええやろ。
アキちゃんに捨 てられたら。
アキちゃんが、いつも握 ってくれている俺の手を捨 てて、別の手を、やんわり非力 な、青い指と手を繋 ぎたいって、そう思ったら、俺はどないしたらええやろ。
アキちゃんなしでは、生きていかれへん、惰弱 な蛇 さんやのに。
そこがたぶん、俺が水煙 に、勝たれへんとこ。我 が身 が可愛 いとこ。
アキちゃん幸せにしたいけど、それと一緒 に、自分も幸せになりたい。そういう欲 があって、捨 て身 にはなられへん。
水煙 のようには。何世紀 たとうが、俺にはとても、でけへん芸当 やろう。
その後の話は、ちょっと端折 ろう。俺もしんどい。
皆 はアキちゃんからもう聞いた話やろ。
俺の知らんようなことまで、あいつは全部ゲロったか。
トイレでゲロゲロ。そして水煙 を龍 の生 け贄 に捧 げるという話。
それから、亨 は出ていけ、遠慮 しろと、水煙 兄 さんに追い出され、俺はベッドでフテ寝 。
ほんまに寝 てたんやで。聞くのが怖 くて。
眠 かったんもあるけど、あの二人 が、もしやこれから、どないして亨 をポイしよかという相談 をしてたら、俺はつらい。
アキちゃんが俺より、水煙 を好きやったら、どうしようかと、そんなことをグルグル考えてたら、なんや気が遠くなってきて、ちょっぴり消えそうなってきて、そんなん考えたらあかん気がして、何も考えずに寝 たほうがええわと思ったんや。
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