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26-17 トオル

 (わす)れよう、そんなん俺の被害(ひがい)妄想(もうそう)や。  アキちゃんが俺を()てるわけない。  アキちゃんは俺のことが好きやねん。世界一好きやねん。ずっと永遠(えいえん)に俺のツレやて、(ちか)ってくれた。結婚(けっこん)までしたんやで。  せやし、結局(けっきょく)最後はいつだって、俺んとこに(もど)ってくる。  (もど)ってきてくれるはずや。  それを待てばいい。たとえそれが、何百年、何千年の後でも。俺は待つ。ずっとお前を信じて、待ってるから。  (もど)ってきてアキちゃん。もういっぺん俺を、強く()きしめて。お前が好きやって、(あま)(ささや)いて。  ()()のお前がやれるぐらいの、ほんのり程度(ていど)(あわ)(あま)さでもいい。  (とおる)、好きやって、また(ささや)いて。  その、ひとかけらの(あま)さで、俺は幸せになれるねん。それで千年生きられる。  そこに本当の、お前の深い、心底(しんそこ)からの愛があれば。  しかしアキちゃんは、俺が好きとは(ささや)かへんかった。()きしめもせえへんかった。  さっさと行けと水煙(すいえん)様に()かされて、とっとと出かける支度(したく)して、神事(しんじ)があるとかいう会議室(かいぎしつ)に、俺のことなんかほったらかしで、車椅子(くるまいす)()して出ていったよ。  ほんまにもうブッコロス。  俺の(せつ)ない(むね)のうちを、お前はほんまに、はっきりくっきり言うてやらな、意味わからへんのやな?  (にぶ)い。というかアホ。というか(おに)悪魔(あくま)。くそったれ。(にく)いアキちゃん、(にく)いあん畜生(ちくしょう)やで。  ずうっと(そば)にいたいのに、俺だけのもんでは、いてくれへん。  (あと)を追いかけまわして、なあなあアキちゃん、一緒(いっしょ)にいてえなって、オネダリせえへんかったら、一緒(いっしょ)にも()られへん。そんな(にく)い男やで。  俺はこれを永遠(えいえん)に、続けんのかな。トホホ。トホホですよ、ほんまに。  それでもしゃあないから、俺はアキちゃんを追っかけることにして、とっとと身支度(みじたく)しまして、とっとと適当(てきとう)な服着といた。  この(さい)格好(かっこう)なんか(かま)ってられるかやで。  会議室(かいぎしつ)はヴィラ北野(きたの)の一階や。  前に(もち)みたいな神父(しんぷ)初顔合(はつかおあ)わせの会合(かいごう)やったのが、その部屋(へや)やったはず。  俺も場所は知ってるわ。部屋(へや)についてる館内(かんない)マップに()ってたもん。  その場所を、どこやったっけと頭ん中で思い出しつつ、(とおる)ちゃん思わず、走ってもうたよ。  あかんあかん、美青年(びせいねん)必死(ひっし)こいて走ったりしたらあかんのに!  いつも優雅(ゆうが)に歩いとかなあかんのにさ。めっちゃ走ってたよ。  だって俺がおらん()に、重要イベント終了(しゅうりょう)してたら、(いや)やん?  俺がヒロインなんやで。水煙(すいえん)ちゃうで?  俺です、俺。水地(みずち)(とおる)がこの物語の、ヒロインなんやんか。  そんな重要キャラ()きで、ストーリー進めてもろたら、(こま)るんですよ。  ほんまにもう、よう言わんわ。  俺が会議室(かいぎしつ)到着(とうちゃく)した(ころ)には、うっかりストーリー進みかけてた。ギリギリセーフやった。  会議室(かいぎしつ)の戸を開くと、そこには、でかい洗面器(せんめんき)をじっと見つめている、霊振会(れいしんかい)の人らが、ぞろぞろ何人かと、アキちゃんもいた。  水煙(すいえん)も。大崎(おおさき)(しげる)(きつね)もいた。  そして(おぼろ)(とら)もいた。蔦子(つたこ)さんも。  (みんな)、えらい真剣(しんけん)な顔して、青銅(せいどう)でできてるらしい、古びたデカい(たらい)みたいなもんを、じっと見下ろしていた。  中国からの渡来(とらい)モンかな。(たらい)側面(そくめん)にある古い文様(もんよう)は、のたうつ(りゅう)か、水の流れを意匠化(いしょうか)したもんのように見えた。  それを木組みの台座(だいざ)()えて、水を()ってある。  水盆(すいぼん)や。  かすかに()らめく水面には、短冊状(たんざくじょう)二枚(にまい)の紙が()いていて、(たらい)の底には、何枚(なんまい)かの同じような紙が、(しず)んでいた。  ()いてる二枚(にまい)を、(みんな)(なが)めているようやった。  (だれ)に声かけていいやら。(だれ)もなんにも、声たててへん。  部屋(へや)はしいんと静まりかえっていて、突然(とつぜん)乱入(らんにゅう)してきた俺のことを、何人かはちらりと見たものの、(だれ)も何も声かけてけえへんかった。  どうしよ。俺、入ってきたら、あかんかった?  なんかね、空気読めみたいな空気よね。ここ、遠慮(えんりょ)するところやった?  でも、水煙(すいえん)が、来てもええって言うてたんやけど?  そんな俺が、ドア前にもじもじ立っていると、苦笑(くしょう)顔の(きつね)秋尾(あきお)が、おいでおいでと()(まね)いた。  (きわ)めて(ひか)()に、ご主人様から三歩さがって()(したが)っているお(きつね)様に、俺はこの(さい)()()ることにした。  (みんな)真剣(しんけん)すぎて、俺にかまってくれへん(やつ)らばっかりみたいやったから。 「秋尾(あきお)さん……なにやってんの、これ?」  静かに()いたつもりやったけど、秋尾(あきお)は笑った顔のまま、しいっと口元に指をあてる仕草(しぐさ)をした。 「籤占(くじうら)やで、(とおる)くん」  ひそひそ(ささや)く声で、三十路(みそじ)スーツの(きつね)が教えてくれた話では、水盆(すいぼん)の中にある短冊(たんざく)には、(なまず)()(にえ)志願(しがん)したやつらの、名前が書いてある。  そしてそれを、一斉(いっせい)に水に投げ入れ、最後まで()いていた紙の上にある名の持ち主が、(うらな)いに(あらわ)れた天地(あめつち)の意志(いし)によって選ばれた、()(にえ)当選者(とうせんしゃ)や。  俺は水の底のほうに、秋尾(あきお)の名のある紙が(しず)んでいるのを、見つけた。

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