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26-19 トオル

 俺のせいやったか。  そしてそれを、お前は気がついていたか。  蔦子(つたこ)さんも、(みな)も、そのことを知ってたんやろか。 「決まったようどすな」  決然(けつぜん)とした声で、蔦子(つたこ)さんは動揺(どうよう)した気配(けはい)もなく、そう結論(けつろん)した。 「信太(しんた)本家(ほんけ)(ぼん)のとこへ行きなはれ。今この時限(ときかぎ)りで、あんたとの(えん)を切ります。本家(ほんけ)(つか)えて、(なまず)(なだ)める()(にえ)になりなさい」  まっすぐ見つめて、そう言う蔦子(つたこ)さんの命令に、信太(しんた)はただ、ゆっくり(うなず)いただけやった。  (おぼろ)横目(よこめ)にそれを見ていたが、()くな()げろとは、言わへんかった。  ただ(だま)って、煙草(たばこ)()おうかなみたいな、そんな仕草(しぐさ)で、新しいのを一本出して、それでもなかなか、火はつけへんかった。 「本間(ほんま)先生」  いつもと変わらん、愛想(あいそ)のええような顔で、信太(しんた)軽薄(けいはく)()みやった。  アキちゃんはそれと、むすっとしたような青い顔で、向き()うていた。 「短い(あいだ)ですけど、世話(せわ)になります。まさか()らんとは言いませんよね」 「ほんまにええのか。()(にえ)なんて……」  アキちゃんが、苦しんだような声で()くと、信太(しんた)面白(おもしろ)そうに、くすくす笑った。 「いいもなにも、(だれ)かがやらなあかんのですよ。(だれ)をやるつもりやったんですか、先生は。まさかほんまに自分が()く気やったんか。(りゅう)もおるでって、蔦子(つたこ)さん言うとうのに、なんにも聞いてへんかったんですか? 死んでる場合やないでしょ」  苦々しそうに、信太(しんた)はそうぼやいた。 「命令すればいい。俺は式(しき)なんやから。人の役に立ってこその神ですやん。()げろ死ぬなて言われてもね……(こま)るんですよ」  それで(こま)ったことがあるみたいに、苦笑(くしょう)()かべた顔で、信太(しんた)はアキちゃんに、説教(せっきょう)していた。 「俺を使ってください、先生。神戸(こうべ)(すく)うために。それでええねん。かつて俺を(すく)ってくれた(まち)や。こんどは俺が(すく)ってやります。それで本望(ほんもう)。俺もきっと、成仏(じょうぶつ)できるやろ」  面白(おもしろ)そうに、笑って言うて、信太(しんた)は自分のそばに()()っていた、いかにも面白(おもしろ)くなさそうな、(おぼろ)の顔を見やった。  そしてその白い真顔(まがお)と、笑った顔で向き()うて、信太(しんた)(たず)ねた。 「可笑(おか)しいか、怜司(れいじ)。俺もやっと、生きててよかったと思えることができるわ。精々(せいぜい)格好良(かっこよ)く死ぬから、お前も見といて」  全然笑ってはいない、むしろ青ざめてるぐらいの(おぼろ)が、まるで笑って聞いてるみたいな調子(ちょうし)で、信太(しんた)はそう(たの)んだ。 「俺がそれに、なんか感銘(かんめい)を受けるとでも?」  青ざめたまま、(おぼろ)はやっぱり、にこりともせずそう答えた。  信太(しんた)は笑って、首を横に()ってた。 「いいや。受けへんやろう。でも信じてくれ。これから()(にえ)なって死のうという俺が言うんや。頭いかれて死ぬわけやない。何かを守って死ぬんやから、それで本望(ほんもう)と思えるんやで」  そう言う信太(しんた)は、ちょっと(せつ)なそうやった。  (おぼろ)と目は合わせず、信太(しんた)()けたバターの色の目で、会議室(かいぎしつ)(ゆか)を見つめて、淡々(たんたん)と話した。 「お前(だれ)やねんみたいな、顔も知らん(やつ)のために死ぬわけやない。俺にとって神戸(こうべ)は、お前とか、蔦子(つたこ)さんとか竜太郎(りゅうたろう)とか、(みんな)が生きてる(まち)や。寛太(かんた)が生まれた(まち)や。甲子園(こうしえん)球場(きゅうじょう)もあるしな、南京町(なんきんまち)包子(ぱおず)もええな。もう消えそうなって辿(たど)()いたんやけど、ここで()ごした(あいだ)、俺はまあまあ幸せやったよ。お前もそうやったやろ。面白可笑(おもしろおか)しく生きたやろ。それをずっと、続けていけるように、(みんな)が生きてるこの(まち)を、守って死にたいんや。(だれ)かがやらなあかん。そやからな、俺が戦うねん。俺の言うてる意味、わかってるか?」  ぺらぺら軽快(けいかい)長台詞(ながぜりふ)(しゃべ)り、信太(しんた)(むずか)しい顔で、それでもぽかんと話見えてへんらしい(おぼろ)様に、聞いてんのかと確認(かくにん)していた。  何度か(またた)(おぼろ)の目は、小さく視線(しせん)彷徨(さまよ)わせていた。 「なんの話……?」 「俺は寛太(かんた)をな、()てていく(わけ)やないねん。神戸(こうべ)が消えてもうたら、あいつも生きてられへんやろ。この街が、神としてのあいつの母体(ぼたい)なんやし、(むす)びついてる。寛太(かんた)神戸(こうべ)一心同体(いっしんどうたい)なんや。せやしな、俺は神戸(こうべ)を守らなあかんのや。あいつは神戸(こうべ)不死鳥(ふしちょう)やで。必ずそうなる。あいつが神戸(こうべ)(すく)う日は、必ず来る。俺はそう信じとうのや。あいつは神やで。ただの鳥やない」  静かに熱っぽい、信太(しんた)の話は、(うそ)やない。こいつは本気でそう信じてんのやろ。  でも、この時、信太(しんた)が言いたかった話は、そんな事ではなかった。  皮肉(ひにく)に笑って、信太(しんた)はどことなく、(さび)しそうに続けた。  それでも、まるで、(おぼろ)(はげ)ますような声やった。 「お前の暁彦(あきひこ)様も、そう信じてたんやろ。お前がただの性悪雀(しょうわるすずめ)やのうて、神なんやって。そして、自分の(いと)しい人らの生きてるこの国を、守ろうとして戦ったんやで。それにはお前も、(ふく)まれてる。()てられた(わけ)やない。それしか道が、なかっただけや」

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