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26-20 トオル

 そこまではっきり言われると、さすがの怜司(れいじ)兄さんも、話の意味を理解(りかい)せんわけには、いかへんかったっぽい。  (おぼろ)様は、感激(かんげき)しちゃった。という顔は、全然せえへんかった。  むしろ(おこ)っていた。ワナワナ来ていた。  まだ火つけてなかった煙草(たばこ)が、もろに(にぎ)りつぶされていた。  案外(あんがい)、力はあるんやから、怜司(れいじ)兄さん。握力(あくりょく)強いんやから。 「なにを言うかと思たら、そんな話か。アホッ。てめえの心配しとけ。この、お節介(せっかい)焼きの、バカ(とら)め。お前が死んで、せいせいするわ。それでも寛太(かんた)可哀想(かわいそう)や。てめえみたいなアホでも、あいつには、大事な男なんやろからな。(あと)(のこ)されて(あわ)れやわ。片意地(かたいじ)()らんと、代わりに死んでくれって、(おれ)に泣きついたらよかったんや。格好(かっこ)つけやがって……むかつくんや!」  (にぎ)りつぶした煙草(たばこ)破片(はへん)を投げつけられて、信太(しんた)は、うわあ(こわ)いわあという顔をした。 「むかつかれても……。しゃあないやん。(おれ)もたまには、格好(かっこ)つけたい。お前も見てくれ、(おれ)天晴(あっぱ)れな死に(ざま)を。そしたらちょっとは、()(なお)すかも?」 「()(なお)さへん」  即答(そくとう)でおっ(かぶ)せて完全否定(ひてい)(おぼろ)様は、イライラすんのか、また新しい煙草(たばこ)を出してきていた。  それを(なが)めて、信太(しんた)はけらけら笑っていた。 「そうやろな。お前は(おれ)()れてたことないもんな」 「……そんなことない。時々はお前が好きやった。……畜生(ちくしょう)、なんでこんな話せなあかんねん! このアホッ!!」  (ののし)りまくりやで。(おぼろ)様は()ずかしいのか、顔面蒼白(がんめんそうはく)になって(おこ)っていたけど、信太(しんた)はそれを(なが)めて、なんか満足そうやった。 「時々かあ。それっぽっちか。それでもまあ、いい冥土(めいど)土産(みやげ)になったわ。元気でな。お前の暁彦(あきひこ)様に会えたら、よろしゅう言うといてくれ」  信太(しんた)のその話に、(おぼろ)返事(へんじ)をしなかった。  無視(むし)することに決めたらしい。ワナワナ来てるままの手で、ライターを取り出し、さんざん手間取(てまど)りつつ、煙草(たばこ)に火をつけていた。  そしてそのまま目を(そむ)けて、信太(しんた)を見ないようにしている。  その姿(すがた)を見る(かぎ)り、怜司(れいじ)兄さんも、全く脈無(みゃくな)しではない。やっぱり(とら)が好きやったんやないかと思うんやけど。  それを見てると、(おれ)はさらに気が(とが)めた。  なんで、この人の好きな男って、次々(つぎつぎ)死んでまうんやろな。  前はおとんで、今度は(とら)で。  外道(げどう)生涯(しょうがい)って、そういう死別(しべつ)連続(れんぞく)やけども、それにしても、つらいよな、(おぼろ)様。  何事(なにごと)もなければ、もうちょっと一緒(いっしょ)()れそうやった相手(あいて)が、運命の悪戯(いたずら)で、ころころ死んでいく。自分を()てて()ってまう。  それは、たまらん。たとえ強面(こわもて)外道(げどう)でも。  いや、永遠(えいえん)に生きられる身やからやろか。  後に(のこ)されていくのは、つらい。(おれ)もそれは、身に()みている。  死に別れるとつらいしな、もう(だれ)も愛したくない。(だれ)でもええわ、おんなじやって、強がっていたい。  そうして、ふらふら、何も深くは考えず、愛など知らず、流れ流れて生きていたい。  (だれ)かと強く結びついてもうて、その糸を()()られる苦痛(くつう)に、もう()えんでええように。  (おれ)もそう思ってた。ずうっとそう思ってたけども、でも心のどこかでは、それとは全然、裏腹(うらはら)なことを求めていた。  (おれ)(さび)しい。(だれ)かと強く()()いたい。  もう二度と、()(はな)されへんくらい強い手で、運命にも(さか)らって、死の神にも負けへん、そんな強い力で、()()える(だれ)かが()しい。  (おれ)にとっては、それがアキちゃん。  こいつが(おれ)の、運命の相手。(おれ)はもう、それを選んだ。  せやけど(おぼろ)様にとっては、それは(だれ)やったんやろ。  アキちゃんの、おとんやろ。  (えら)べるもんなら()びたかった、運命の相手(あいて)や。  信太(しんた)ではない。それは信太(しんた)ではなかった。  こいつにとって自分は、運命の恋人(こいびと)みたいな、かけがえのない相手(あいて)ではないんや。  ただの遊びや。そういう、しょうもない相手に、自分のほうはちょっと本気で()れてもうたら、それはどんな気分やったやろな。  好きな男がおったんやて。けど、そいつに()られてもうたしな、その上、死なれてもうてな、もういっそ自分も死にたいんやていう恋人(こいびと)を、そうかそうかと毎日()いて(ねむ)るのは、幸せというより、苦行(くぎょう)やったんやないか。  (だれ)にとっても、そうや。たとえ強い強い、タイガーでもやで。 「儀式(ぎしき)とかするんです?」  もう(おぼろ)様に(よう)はないみたいに、信太(しんた)事務的(じむてき)(にお)いのする口調で、蔦子(つたこ)さんに()いていた。 「一応(いちおう)しましょうか。こういうのも(かたち)やから。水杯(みずさかずき)でも」  作ったような無表情(むひょうじょう)で、蔦子(つたこ)おばちゃまは言うてた。  信太(しんた)はそれに苦笑(くしょう)したらしかった。 「ええ。まるでもう死ぬみたいやな」  冗談(じょうだん)めかしてそう答え、信太(しんた)納得(なっとく)したようやった。

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