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26-22 トオル

「なんであかんのや。考え直せ。寛太(かんた)は俺には()れてない。俺なら死んでも、泣きはせえへん」 「それやからあかんねん。俺でないとな。あいつを不死鳥(ふしちょう)仕上(しあ)げられんのは俺だけやで。そういうふうに、自惚(うぬぼ)れたらあかん? もしもこの勝負に勝って、無事に凱旋(がいせん)パレードと相成(あいな)りましたら、(けい)ちゃん。俺はもうお前にも(だれ)にも、あいつに指一本()れさせへん。あいつがほんまの不死鳥(ふしちょう)と、神戸(こうべ)の人らが信じてくれたら、もう、あいつは(だれ)にも(えさ)強請(ねだ)る必要はない。ひとりで生きていけるんや」  びっくりしたふうに、啓太(けいた)はその話を聞いていた。 「結局(けっきょく)それが、お前の本音(ほんね)か」 「そうやで。そんなもんやろ。俺が平気(へいき)と思ってたんか」  真面目(まじめ)(うなず)信太(しんた)は、小声で答えた。  それはメガネには、よっぽど衝撃(しょうげき)やったらしい。 「思っていた」  反省(はんせい)したふうに答え、啓太(けいた)はうっすら顔をしかめた。  信太(しんた)はよっぽど、平気(へいき)そうに見えてたんやろうな。  それはこいつの見栄(みえ)やろか。平気(へいき)なふりで、意地(いじ)()ってた。  それでもほんまは、しんどかったんやろな。寛太(かんた)をみんなとシェアすんのは。  そして(おぼろ)様を、()暁彦(あきひこ)様とシェアすんのは。  独占(どくせん)したい。それって、ただの、()(まま)やろか。  俺はそうは、思わへん。  (いと)しいお前は、俺だけのもん。そういうことにできるんやったら、命でも、何でも()ける。  それでふたりは、いつまでもいつまでも幸せに()らしましたというオチへ、持って行けるんやったら、(こわ)いもんなんかない。  (なまず)でも(りゅう)でも、かかってきやがれやで。  なんせあいつはタイガーで、強さがウリや。(りゅう)でも(なまず)でも、どんと来いや。  時々うっかり負けちゃうけどもや、それはまあ、ご愛敬(あいきょう)。  次の試合に()うご期待(きたい)。今回負けたけど、次は勝つから。  それに、結果よければ(すべ)てよし。この試合(しあい)はボロ負けしても、結果的に優勝(ゆうしょう)してくれれば、それでファンは大酒(おおざけ)()める。  やったあタイガース優勝(ゆうしょう)やって、ビールかけもできる。  重要なのはオチやねん。それがハッピーエンドであれば、どんな形であっても、タイガーは(つね)に勝利。 「平気(へいき)やないねん。(けい)ちゃん。俺もうこの冬は我慢(がまん)できんわ。それでこの、()るか()るかの()けやねん。()(まま)言わせて。一冬越(ひとふゆこ)せずに()()にさせるんやったら、俺ひとり死んだほうがましや。目の前から俺が消えれば、あいつも(わす)れるやろ。お前と怜司(れいじ)面倒(めんどう)みたってくれ」 「俺は知らんで。面倒(めんどう)なんか見いへんで。京都へ行くんや。わざわざ鳥の(えさ)やりに(もど)ってきたりせえへんで!」  煙草(たばこ)すぱすぱ()いつつ、怜司(れいじ)兄さんぶうぶう言うてた。  空気読んでよ、怜司(れいじ)兄さん。今そんな()(まま)言うてる時やないやん。  信太(しんた)めっちゃ真面目(まじめ)やで。(ちょう)シリアスな(とら)やで。  せめて元(かれ)の最後の願いくらい、ちょっと聞いてやれば。  (たし)かにそれが、俺のイイ子とセックスしてやってという話だと、さらっと聞きづらい面はあるけどもや。  でもええやん。寛太(かんた)好きやったんやろ。ほんならええやん。  わかった心配すんな、あとは(まか)せろ。必ず(もど)れて、言うてやればええやん。ちゃらんぽらんな、いつもの調子(ちょうし)でさ。 「心配はするな。でも……ほんまに(もど)ってこいよ」  むっちゃ真剣(しんけん)な顔で、氷雪(ひょうせつ)(けい)が言うてやっていた。  ええ(やつ)や。熱い。冷たいけど。案外熱い。  大丈夫(だいじょうぶ)か。()けへんか?  地球温暖化(おんだんか)影響(えいきょう)かそれも。 「ありがとう(けい)ちゃん。(もど)ったらまた俺と、ケンカしてな」  にっこり言うてる信太(しんた)は、ちょっぴり可愛(かわい)い気がしたわ。  ()はええやつ。どっか子供(こども)みたいなやつ。  ちょっぴりヒネてるけど、でも、ほんまのところ、素直(すなお)可愛(かわい)い男。そういう感じやで。  さすがは(ねこ)科やな。ごろにゃんやでタイガー。でかいニャンコや。  でも(とら)パンチされたら、人間やったら即死(そくし)やで! 「お待たせ本間(ほんま)先生。ではそろそろ、主従(しゅじゅう)(ちか)いの水盃(みずさかずき)でも。そろそろいっとく?」 「お前ほんまに土壇場(どたんば)でいろいろ(しゃべ)(やつ)やなあ。そんなん先に根回(ねまわ)ししとけ」  (あき)れたんか、アキちゃんはすごい眉間(みけん)(しわ)で、信太(しんた)にそんな説教(せっきょう)していた。  それにも信太(しんた)はけらけら笑い、いかにも可笑(おか)しいようやった。 「いやいや、言うとかなあかんなあと思ってはいたけど、()ずかしいんやもん。うだうだしとう間に、とうとう土壇場(どたんば)なってしもたんです」  アキちゃんは気まずそうに、自分も水盃(みずさかずき)をとった。  その指が(かす)かに(ふる)えてるような気がして、俺はじっと気を()んで、アキちゃんを見た。  大丈夫(だいじょうぶ)かな、俺のツレ。  平気(へいき)なんやろか、(とら)を殺すって、今、決めて。  仕方(しかた)ない、それが運命の流れやと、気持ちの整理(せいり)がついたやろか。  その運命の流れの最後の()()えを、俺がやったと気付いていたか。  いいや。気付いてない。  まだまだ(にぶ)いねん、こいつは。修行中(しゅぎょうちゅう)の身や。

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