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26-26 トオル

「先生。先生は(たし)かにまだ今は、ただの絵描(えか)きのタマゴやろけど、先々にはきっと、立派(りっぱ)(げき)におなりや。俺がかつて(つか)えた皇帝(こうてい)にも匹敵(ひってき)するような、高い霊威(れいい)を感じます。最後の(あるじ)が先生で、俺は(うれ)しいです。俺の忠誠(ちゅうせい)を受けてください」  そう言って、信太(しんた)はアキちゃんに叩頭(こうとう)した。  叩頭(こうとう)ってわかるか。三跪九拝(さんききゅうはい)やで。  (おが)んで、(ひざまず)いて、ひれ()したんや。  しかもそれが、三セットもやで。(おが)(たお)しや。  そんなん普通(ふつう)の人間が、してもらえる挨拶(あいさつ)やない。  信太(しんた)も神やで。霊獣(れいじゅう)やねんから。その()(がた)(とら)さんが、九回も(おが)む。ご主人様はそれほどまでに、()(がた)い神様やからや。  アキちゃん、ガーンてなっていた。勿論(もちろん)そんなん、過去(かこ)には一度もされたことない。普通(ふつう)の人間やったら、あるわけがない。  真っ黄色の(きら)びやかな宮廷(きゅうてい)衣装(いしょう)で、(ひざまず)いては立ち、また(ひざまず)いて、()ました(かお)(ひたい)(ゆか)に着くまで、深々と自分に(ぬか)ずく信太(しんた)を、アキちゃんものすごショックみたいに見下ろしていた。  何がショックやったんやろ。  もしかしたら、その(えら)そうにさせてもらえる自分が、ちょっぴりどこかで気持ち良かったからかもしれへん。  なんというても旧家(きゅうか)(ぼん)や。  アキちゃんは(えら)そうやねん。俺は(えら)いと、心のどこかで思うてる。  そら、しゃあない面もある。世が世なら、お殿様(とのさま)になるために、帝王学(ていおうがく)とかいうノリで育てられてる、大事な大事な跡取(あとと)息子(むすこ)や。  せやけど、アキちゃん、普通(ふつう)の子やで。普通(ふつう)の小学校行って、普通(ふつう)の高校行って、美大(びだい)でも別に、(えら)そうにはしてへん。  (えら)そうなんは性格(せいかく)だけや。でも普通(ふつう)におとなしく、(ほか)平民(へいみん)(みな)さんと同じように、つつましく絵描(えか)いてる。  普通(ふつう)がええねん、アキちゃんは。  なんでかな。  たぶんやけど。  アキちゃんは、友達(ともだち)()しかったんやないか。  (みな)(おそ)れられ、(あが)められ、ともすれば()(きら)われる、そんなお屋敷(やしき)暁彦(あきひこ)様やのうて、普通(ふつう)のクラスに普通(ふつう)にいてる、お友達(ともだち)のアキちゃんが良かった。  そういう子やねん、俺のツレ。  (さび)しいんや。一緒(いっしょ)にいてくれる(だれ)かが、いっぱい()しいんや。  そうして(みな)に愛されて、自分も(みな)を愛して、生きていきたいねん。普通(ふつう)にな。  まるで普通(ふつう)の子みたいに。  せやけど、残念。お前は三都の巫覡(ふげき)の王やねん。秋津(あきつ)の末代。  そして、もはや人ではないような、不死(ふし)の体を手に入れた。  永遠(えいえん)恋人(こいびと)外道(げどう)(へび)で、しかも男やし。  ペットの犬は人型やし。家宝(かほう)太刀(たち)(しゃべ)るし青いし清純派(せいじゅんは)やし。(めかけ)(めかけ)の(おぼろ)様はエロでラジオで血を()うし。  それに加えて(とら)やろう。  (とら)()うてるやつが普通(ふつう)のクラスにいるか。それは普通(ふつう)の子か。  普通(ふつう)なわけない。  うちのペット(とら)やねんて言うたら、小学校の友達(ともだち)、家に遊びに来てくれるか。  (くら)()る、(しゃべ)下駄(げた)見せたら、チビって()げ帰るのが小学生やないか。どう見てもお()屋敷(やしき)やもん。  アキちゃんきっと、子供(こども)のころに、そういう目に()うたことあるんやないか。  アキちゃんはずっと、(きず)ついていた。自分の普通(ふつう)でなさに。  でももう大人(おとな)や、アキちゃん。居直(いなお)らなしゃあない。  信太(しんた)はご主人様には叩頭(こうとう)する(とら)や。メイド・イン・チャイナやしな。極彩色(ごくさいしき)の服着てホッとするらしい。ああやっぱ服はこれでないとと思うんやって。  異国(いこく)モンやで。外国の妖怪(ようかい)や。  そんなもんかて、アキちゃんの霊威(れいい)(むね)()たれて、喜んで(つか)えるというんや。おとなしく、ご主人様してやるのが、甲斐性(かいしょう)なんやで。 「先生、なんでもします。何なりと、ご命令を」  (おが)(たお)し終えたアキちゃんに、まだまだひれ()してもいいよみたいな、うっとり顔で、信太(しんた)はそう()いた。  式(しき)の目やった。ご主人様に心酔(しんすい)している(とら)や。  だんだんアキちゃんの毒が、回ってきたみたい。 「命令なんかない。いつも通り好きにしとけ」  アキちゃんは、なんかすごく心苦しいみたいに、信太(しんた)にそう命令していた。  アキちゃん、ほんまに(つら)かったんやろ。(あるじ)のためなら喜んで死ぬって、そういう顔つきしている(とら)に、いつも(ちが)う何かを感じて、しんどかった。  (だま)しているような気がしたんやろ。都合(つごう)のええ道具として、式(しき)をぶっ殺す。そういう自分の血筋(ちすじ)因業(いんごう)が、(のろ)わしかったんやろ。 「好きに?」 「いつも通り、鳥さんといちゃついとけ。野球()たいんやったら()たらええし……なんでも好きにしろ」 「でももう寛太(かんた)はよその式(しき)や。蔦子(つたこ)さんのやから。俺の一存(いちぞん)で、どうのこうのできません」  お(かた)いな信太(しんた)!  そんなお(かた)(やつ)と思うてへんかった。  俺のことは、てめえの一存(いちぞん)で、どうのこうのしたくせに。実はアレ、からかってただけやったんか。ほんまのところ、どうのこうのする気はなかったんか?  むかつく。(ちょう)むかつく。俺ちょっと本気でドキドキしちゃった瞬間(しゅんかん)あったのに。ほんまは手出すつもりなかったんやな!

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