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26-28 トオル
「たまたまどす、茂 ちゃん。たまたま信太 が選ばれた。それが、たまたま、秋津 の女であるウチの、式(しき)やったというだけのことどす」
「その、たまたまとかいうやつで、アキちゃんは戦 で死んだ英霊 で、俺はいまだに只人 か。底意地 の悪い神や、たまたまは。俺がしたのは、ヘタレの茂 の余計 なお世話 か」
ぷんぷん怒 って、大崎 茂 はジジイのくせに、まるで駄々 っ子 みたいやった。
トシ食うと子供 に返るとか、人間どもは言うけど、ほんまやな。
それともこの人、実は老 けてんのは見た目だけで、中身はピッチピチのままなんやないか?
悪い意味でな。もちろん、悪い意味でやで。
「その通りや、茂 。秋津 に任 せて、お前達 はそれの補佐 をすればええんや」
けろっと言うてまう水煙 兄 さんに、俺はアイタタと思った。
黙 ってりゃええのに兄 さん。
茂 ちゃん、よかれと思ってやったんやから、そこんとこ理解 してやらなあかんよ。
「そうやろな。どうせ俺はアキちゃんより格下 や。でもそうやってお前が追いつめるから、アキちゃん、ひとりで何もかも背負 ってもうて、果 ては死んでもうたんやで。俺には、戦 なんか行きたないて言うてた。絵描 きになりたいて、言うてたわ! 人間は神になんかなられへんのや。ひとりで背負 うことない。ヘタレどもで力を合わせて頑張 ればええんや。それが今の世 の常識 やで」
どしたんヘタレの茂 。
緊張 の糸がどっと解 けて、いろいろ噴出 してもうたんか。
怒 りツボにスイッチオンなってもうて、あれこれ思い出し激怒 か。
大崎 茂 は、水煙 に不満があるらしかった。ぷんぷん怒 って文句 言うてた。
水煙 はそれを、うるさそうに聞いていた。
「飲みましょ、茂 ちゃん。ウチ、冷酒 が飲みたいんや。付 き合 うておくれやす」
蔦子 さんは苦笑 いして、どう見てもお迎 え近いジジイみたいな見た目の大崎 茂 の肩 を、そっと押 して連れ出していた。
でも、蔦子 さんのほうが年上なんやで。
それが、まだまだ女盛 りの、熟女 みたいな見た目なんやしな。秋津 はやっぱり別格 や。
只 人ではない。それは見ればわかる。一目瞭然 なんやけど、茂 ちゃんは認 めたくなかったんやろ。
子供 のころから一緒 に過 ごした、幼馴染 みの兄弟たちのうち、自分だけが、巫覡 とはいうても、ただの人で、あとの奴 らは、半分がた神仙 の世界に足突 っ込 んでる、そういう格差 が生まれつきあって、自分だけが置いていかれる。そんなの認 めたくない。寂 しいもんな。
そんな寂 しそうな爺 さんの、ぷんぷん怒 っている後 ろ姿 を、狐 はちょっと切 なそうに、苦 い笑 みで見ていた。
その目に送られ、蔦子 さんは啓太 を従 え、爺 さんを連 れて出ていった。
その姿 が見えなくなってから、秋尾 は何か切 り替 えたんか、小さく頭を一振 りしてから、いつものにこにこ顔に戻 っていた。
「ほな皆 さんも、移動 してください。この部屋 の後始末 は、やっておきますんで」
如才 なく采配 して、狐 は水占 の盥 を片付 けるつもりのようやった。
「手伝 おか、秋尾 さん」
アキちゃんが、親切 げに申 し出ると、狐 は笑った。冗談 でも聞いたみたいに。
「なに言うてんのや、坊 。秋津 のご当主 がそんなんしたらおかしいで。宴席 いって、酒でも飲んできたら? 酒は飲んでもええらしいから」
他 の何を飲んだらあかんの。そういうものがあるみたいな言い方で、狐 は言うてた。
アキちゃんはそれに、きょとんとしていた。
「あれ。知らんのか、坊 。一応 形だけやけど、潔斎 せなあかんのやで。精進 ものしか食べたらあかんしな、賭 け事 、色事 、殺生 は、控 えなあかんのやで」
なんやと!? 色事 控 えるやて!? そんな殺生 な!
控 えとる場合か、このドアホ!
俺とのラスト・エッチはどないなんのや。
やっぱり無しか。無しなのか。それが厳 しい現実 か!?
ひどいいいっ。
宴会 や言うて、ご馳走 ありますなんて言うて、亨 ちゃんの一番のご馳走 がお預 けなんやったら、結局生殺 しやないか。
血も吸 うたらあかんの。チューもあかんの。ハグもあかんの。握手 もあかんの。アキちゃん好きやもあかんの。どのへんまでが色事 の範囲 やねん。
そんなこと、訊 くに訊 かれへん。
まあ、普通 の神経 やったらな。
せやけど、普通 でない神経 の俺は訊 いた。狐 に。
だって重要なことやで、それは。
「えーと……それは、どのへんまでがあかんのやったかな。朧 ちゃん、憶 えてる?」
朧 ちゃん。
ちゃん付 け交流 や。
なにそれ。気色 悪っ。
なんで秋尾 が怜司 兄さんのこと、朧 ちゃんやねん。
何の知り合いや、てめえら。
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