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26-30 トオル

 車椅子(くるまいす)()そうかって、態度(たいど)()いてた真っ黄色の(とら)に、アキちゃんは首を()って(こば)みつつ、意外そうに(おぼろ)様に(たず)ねた。  そしてそのまま、水煙(すいえん)車椅子(くるまいす)を自分で()して、(とびら)を開けて待っている怜司(れいじ)兄さんのほうへ、すたすた(まよ)い無く進んでいった。  信太(しんた)はそれに()(したが)って、(まよ)いのない足取りやった。  ほどほどの距離(きょり)をとって()()いて、ご主人様を守っている。その一足(ひとあし)ごとに、信太(しんた)姿(すがた)はゆらゆら()らめき、身に(まと)っていた華麗(かれい)宮廷(きゅうてい)服は、いつも通りの派手(はで)くさいアロハ着た、チャラい神戸(こうべ)(にい)ちゃんの格好(かっこう)へと、もやもや(うつ)()わっていった。  (たし)かに今のご時世(じせい)、いくら気高(けだか)宮廷(きゅうてい)(とら)でも、宮廷服(きゅうていふく)でうろうろしてたら、中華街(ちゅうかがい)でお祭りでもあるんですかって、通りすがりの人らに()かれて()かれて、どうにもしゃあないやろからな。着替(きが)えとくのが無難(ぶなん)やで。  はっと気付けば、チーム秋津(あきつ)は以前とは(くら)べモンにならんような大所帯(おおじょたい)やった。  アキちゃんに水煙(すいえん)。それに(おぼろ)信太(しんた)。そしてワンワンもいてる。  俺はその()れに、どう()ざったもんか、ふと自分の居場所(いばしょ)が見つからんようになった。  もう俺が()らんでも、実はアキちゃん、(こま)らんのやないか。  (とおる)()きでもやっていける。ほんまいうたら身を引くべきなんは、俺のほうやないかって、一瞬(いっしゅん)そんな(いた)みが走って、俺はどぎまぎしていた。  その時、ドアをくぐろうとしていたアキちゃんが、俺のほうを()()いた。 「(とおる)、行くで。お前も来るんやろ、宴会(えんかい)」  なんや、ちょっぴり、気を(つか)ったような、遠慮(えんりょ)がちな声やった。 「行ったらあかんの」  来てほしくないのかと、俺は思って、(おこ)ってええやら、泣いてええやら、どっちつかずな力無い声で(たず)ねた。  アキちゃん、もう、(さび)しないやろ。そんだけお付きの妖怪(ようかい)が、ずらり()()いてくれてたら、全然(さび)しくないんとちがう。  (さび)しい、(とおる)一緒(いっしょ)にいてくれなんて、もう言わんのやろ。 「あかんことない。……と思う。お前が来たいんやったら。先に京都に帰るんやったら、早いほうがええと思うけど」  アキちゃんはまだ、その(あん)を持ってたらしい。(とおる)は先に帰っとけ(あん)。  帰るんやったら、ぐずぐずせんと、地震(じしん)がやってくるよりずっと前に帰れと、アキちゃんは気が()いてたらしい。  まだ一日あるけども、もし予言(よげん)がズレてて、(なまず)様が早めにご出動(しゅつどう)やったら、(こま)るやろ? 「帰らへんよ。そんなん、さっきもそう言うたやん」  俺が()ねる口調でぐずぐず言うて、立ちつくしていると、(けわ)しい(とが)めるような目で、怜司(れいじ)(にい)さんがアキちゃんを(にら)んで言うた。 「帰してどないすんのや先生。こいつは補給(ほきゅう)()る子やで。もしも何かの不都合(ふつごう)で、先生がすぐには京都に(もど)られへんかったら、こいつ、ひとりで()()になんやで」  それにはオヤツの(あめ)持たす。どうせ、そういう事なんやろアキちゃん。  ワンワンだけやのうて、俺のことも、飴玉(あめだま)やって()まそうという(はら)や。  アキちゃんはそうは言わんかったけど、ただ気まずそうに()(だま)っていた。 「()れていかなあかんで。蔦子(つたこ)さんの予知(よち)にも、こいつが()たやんか。それで(くる)う運命もあるかもしれへんのやで?」 「ええほうに変わる可能性(かのうせい)もあるんやろ?」  うつむきがちなアキちゃんの返事は、どうにも()(わけ)くさかった。  それに怜司(れいじ)(にい)さんは、さらにムッと不機嫌(ふきげん)そうな、(まゆ)をひそめる顔になった。 「蔦子(つたこ)さんが予知(よち)して、最善(さいぜん)のコースがあれやと言うてた。そんなら、あれが最善(さいぜん)や。素人(しろうと)判断(はんだん)で勝手に未来変えんといてくれ」 「蔦子(つたこ)は不運を(つか)んでくる女やで」  予言者(よげんしゃ)海道(かいどう)蔦子(つたこ)(かた)を持つ怜司(れいじ)(にい)さんに、水煙(すいえん)は冷たく()()んでいた。  それにも怜司(れいじ)(にい)さんはご不快(ふかい)のようやった。 「そうやろか。俺はそうは思わんけどな。運・不運は気の持ちようやで。暁彦(あきひこ)様は(たし)かに戦争で死んだけど、それのお(かげ)で今や英霊(えいれい)なんやろ。そうでなきゃ、いくら()(がた)秋津(あきつ)当主(とうしゅ)様でも、ただの人間やった。いずれは死ぬ身や。同じ死ぬなら、(いくさ)で死んで、英霊(えいれい)として神格化(しんかくか)されたほうが、末永(すえなが)くこの世に()り続けられる。ある意味、あいつは永遠(えいえん)の命を()たんや。もう年もとらん、死にもしいひん。肉体の限界(げんかい)にも(しば)られへん。神としての一生やで? それがお前の、お望みどおりなんやろ。秋津(あきつ)悲願(ひがん)や。そういう意味では、蔦子(つたこ)さんは最善(さいぜん)の未来を予知(よち)していたんやないか?」  そういう(おぼろ)様の話に、水煙(すいえん)(だま)りやった。  石のように沈黙(ちんもく)して、うんともすんとも言わんかった。  たぶん、論破(ろんぱ)できへん気がしたんやろ。  怜司(れいじ)(にい)さんの言うとおりやという気がして、返事すんのが(いや)やったんや。  つんと()ました無表情(むひょうじょう)の、目も合わせへん青白い美貌(びぼう)を見下ろして、(おぼろ)様は、ふん、と言うた。笑ったんかもしれへん。 「そやけど、もう関係あらへんな。あいつも結局、お前に()られたよ。ええ気味(きみ)やわ。俺を()てていった(むく)いや」 「暁彦(あきひこ)には登与(とよ)ちゃんがおるやろ」

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