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26-31 トオル

 それが()(わけ)みたいに言う水煙(すいえん)の、お()まし顔を見下ろして、(おぼろ)様は、にやあっと笑った。  それは少々、邪悪(じゃあく)()みやった。 「登与(とよ)様? ああ……そやな。ふうん。ほんなら、知らんのや、水煙(すいえん)様は」  くすくす気味(きみ)が良さそうに、(おぼろ)様は笑っていた。  その顔がちょっと正気(しょうき)やないようで、俺は遠目(とおめ)(なが)め、何とはなしに寒かった。 「()(がた)水煙(すいえん)様でも、知らんことはあるんやなあ。登与(とよ)様か。そうやなあ。(たし)かにあの兄妹(きょうだい)は、(なか)はええよ。でも、妹は妹なんやで。あの二人(ふたり)は、相手が自分の兄弟やから、好きなんやで?」 「それがどうした。好き()うてしまえば、血筋(ちすじ)の者かどうかなんて、もう関係ないやろ」  水煙(すいえん)は話が見えへんかったようで、身構(みがま)えて反論(はんろん)していた。  (おぼろ)が何を笑ってんのか、(だれ)にもわからへん。  この時、その理由が分かってたんは、怜司(れいじ)兄さんだけやったんやから。 「そら、そうや。関係あらへん。親でも兄弟でも。それが秋津(あきつ)因業(いんごう)らしいけどな。それは血筋(ちすじ)(のろ)いやと、暁彦(あきひこ)様は言うていた。(のろ)われた血筋(ちすじ)なんや。より血の近い者を求める。暁彦(あきひこ)様にとっても登与(とよ)様にとっても、お(たが)い以上に血が近い相手はおらへんかった。それであの兄妹(きょうだい)は、えらい(なか)がよかったんや」 「何が言いたいんや、お前は」  さすがに()くしかなかった。水煙(すいえん)も、気味(きみ)悪そうに、(おぼろ)(たず)ねた。  秋津(あきつ)の子らのことで、自分にも知らんことがあるとは、(くや)しいというような顔やった。 「子供(こども)()しかっただけなんや。登与(とよ)様に、自分の子を産んで()しいてたまらんのやって。それは変やと思うけど、それを思うと、時々苦しいて、息もできんくらいなんやって。()しい()しいで、気が(くる)いそう。妹がやないで。息子(むすこ)()しいんやって。跡取(あとと)息子(むすこ)が、()しいてたまらんのやって」  (こた)えられへんかったんか、(おぼろ)は、あははと、声をあげて笑っていた。 「変やろ? 暁彦(あきひこ)様って。時々変やねん。息子(むすこ)()しいてたまらんのやけど、でも、死んでも作るもんかとも思うんやって。そしたら自分が末代(まつだい)で……妖刀(ようとう)水煙(すいえん)を、(はか)まで持って行ける」  もう()()くしそうな煙草(たばこ)(なが)めて、(おぼろ)はまだ()()に笑う顔やった。 「でも結局(けっきょく)、あいつは(のろ)いに負けたんやなあ。だって先生が産まれたんやから。それとも、登与(とよ)様に負けたんかなあ。あの人、子供(こども)のころから、お(にい)ちゃんの赤ちゃん()しい()しい言うてたらしいやん。お(にい)ちゃんのお(よめ)さんになって、赤ちゃん()しい()しい。でも、それは無理やで、お登与(とよ)普通(ふつう)やない、普通(ふつう)やないから、普通(ふつう)やないよって……言うても結局、あいつも普通(ふつう)やなかったやんか?」  ()()くした煙草(たばこ)を、(おぼろ)はぽいっと、そこらに()()てた。それは、ぼうっと青白い鬼火(おにび)をあげて、(ちゅう)にあるうちに()()きていた。 「よかったなあ、本間(ほんま)先生。お前は両親に(のぞ)まれた子や。俺も子供(こども)が産めたらなあ。それともあれは、秋津(あきつ)の女でないと、あかんのか?」  アキちゃん、ぽかんとしていたわ。そして、目が泳いでいた。  アキちゃんは自分の両親が、愛し合って(むす)ばれたんやと思うていたんやろ。  そらそうや。兄妹(きょうだい)でありながら(むす)ばれて、子供(こども)まで作ってんのやで。あきらめきれへん強い愛情(あいじょう)が、あったんやと思いたいのが人情(にんじょう)や。  それが(のろ)いのせいやと言われてもなあ。  今さら言われても。アキちゃんかて目が泳ぐ。 「(おぼろ)。この子は父親のことは、ほとんどなんも知らんのや」  せやし、なんも言わんといてくれと、そういう視線(しせん)で、水煙(すいえん)怜司(れいじ)兄さんを見ていた。  新しい煙草(たばこ)を取り出しながら、怜司(れいじ)(にい)さんは、それを意図的(いとてき)無視(むし)してるような、余裕(よゆう)()みやった。 「ああ、そうか……それは、あんまり知らんほうが、ええのやない? なに考えてんのかわからんような、(みょう)なボンボンやったで。(やさ)しいねんけど、時々(おに)みたい。ちょうど今の、先生みたいに」 「俺のどこが(おに)なんや」 「あの子に帰れて言うてたやん。土壇場(どたんば)()てんのは親譲(おやゆず)りやで。あいつも言うてた。お前はどこか、地の()てまで()げろ。(いくさ)のないような、遠いどこかに()げて、そこで待ってろって」  思い出すとムカムカするらしく、怜司(れいじ)兄さんは(にが)い顔やった。 「帰ってこれるアテもなかったくせに、えらい調子(ちょうし)のええ話やで。先生そっくり!」  それがまるで()台詞(ぜりふ)みたいに、(おぼろ)様はイライラ言うて、ひらりと身を(ひるがえ)し、()()さえていた(とびら)をほったらかして、行ってしまった。  ()じかけた(とびら)を、(あわ)苦笑(くしょう)信太(しんた)が、代わって()さえてやっていた。 「気にすることないですよ、先生。()()たりやから。怜司(れいじ)(いま)だに腹立(はらだ)つらしいです。先生のお(とう)さんから、(いくさ)には()れていかへん、お前が()っても役立たずやし、どっか行けて言われたことが」

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