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26-32 トオル

 信太(しんた)に説明されて、アキちゃんは気まずいらしかった。  (おぼろ)様は、(とら)には口が(かる)かったらしい。何でもベラベラ話してたらしい。  それは(おぼろ)(とら)とずいぶん深い(なか)やったことを物語っていたし、そやのに怜司(れいじ)兄さんは、(とら)には冷たかった。それも気まずい。  おとんのプライバシーが(とら)にダダ()れなのも気まずい。  いろいろ気まずいことばかり。 「でも、それは、ほら。なんていうか……愛でしょ。()れていきたくなかったんは、()れていったら死ぬからや。実際(じっさい)暁彦(あきひこ)様は、()れてった(しき)は全部殺してる。死闘(しとう)やったということやろけど、そうなるやろうと分かってて、()れていくというのは、つまり、引導(いんどう)(わた)(しき)を、選ぶということやしな。怜司(れいじ)には生きといてもらいたかったんでしょ」 「俺は知らん。おとんに()いてくれ」  アキちゃんはさらに気まずそうに、ぶつぶつ答えた。でも、信太(しんた)反論(はんろん)があるようには見えへんかった。 「俺、思うんですけど、先生のお父さんて、(わり)怜司(れいじ)のこと、マジに()きやったんと(ちが)います? 気が多い人やったっぽいけど、でも、怜司(れいじ)はええ(せん)いってたんやない?」  信太(しんた)はアキちゃんに話しかけていたけど、もしかしたら、水煙(すいえん)()いてるんやった。  だって、この場の面子(めんつ)の中で、そのへんの事情(じじょう)が分かってる可能性(かのうせい)があるのは、水煙(すいえん)くらいのもんやんか?  せやけど水煙(すいえん)様は、またしても(だま)りやった。  死んでも(しゃべ)らんという、頑固(がんこ)(きわ)まりないオーラが()れてた。  それに信太(しんた)は、可笑(おか)しそうに苦笑(くしょう)していた。 「まあ、ええか。どうせ、昔々の(こい)バナなんやし、俺ももう正直、()()きましたわ。怜司(れいじ)もああ見えて、ヘタった時には湿(しめ)っぽい(やつ)やねん。おんなじ話、何遍(なんべん)も聞かされた。再放送(さいほうそう)()再放送(さいほうそう)で、もう、しんどいったらないです」  (まい)ったなあという顔で、信太(しんた)はにやにや俺を()(かえ)り、そしてちょっと、(はげ)ますように言うてた。 「(とおる)ちゃん、京都なんか帰らんと、先生と一緒(いっしょ)()ったら? 怜司(れいじ)みたいになったらウザいでえ。あいつ、ほんまは、()られてフラフラなんやで。そんなん(とおる)ちゃんには、似合(にあ)わんしな。せっかく可愛(かわい)いんやから、そんな暗い顔してへんと、可愛(かわい)い顔して笑っといたら?」  でっかくおいでおいでして、信太(しんた)は俺を()んでいた。  そうして()(まね)かれるのに、ほいほい乗ってええのかどうか、俺はまだちょっと戸惑(とまど)っていて、アキちゃんの顔色を、うかがっていた。 「ええやん先生。たとえ(なまず)様が出ても、このホテル()といたら無事(ぶじ)ですよ。(りゅう)は先生がやっつけんのやろ? 竜太郎(りゅうたろう)かて、ホテル居残(いのこ)りなんやで。守らなあかんと思うモンが()てくれたほうが、先生かて何としても神戸(こうべ)(すく)おうという気合(きあ)いが出ますよ」 「あかんかった時、どないすんのや」  アキちゃんは渋々(しぶしぶ)の顔で、信太(しんた)()()んでいた。  それにも信太(しんた)はにこにこしていた。 「あかんかった時のこと考えたら負けますよ。勝つから、大丈夫(だいじょうぶ)」  調子(ちょうし)のええ(とら)やった。絶対(ぜったい)に勝てるつもりみたいやった。  それは自信(じしん)というより、決意(けつい)かもしれへん。(いと)しいモンを、なんとしても(まも)()くという。  せやけど勝ったところで、信太(しんた)は生きては帰ってけえへん。特攻(とっこう)係なんやしさ。そんな立場で、よう言うわ。心配いらんなんてさ。 「宴会(えんかい)行きましょ。俺も寛太(かんた)を中庭で待たせとう。(はよ)う行ってやりたいんです。せっかくの(うたげ)や。先生も(とおる)ちゃんと、心ゆくまでいちゃついといたら?」  そうしたいやろ、って、それが当然みたいに言われて、アキちゃんは、むっと(こら)えた顔をした。ちょっと顔赤いみたいやった。  (こわ)い顔はしてるけど、図星(ずぼし)らしかった。  俺はそれに、なんや心が動いた。  アキちゃん冷たい。腹立(はらだ)つ。(せつ)ない。ずっとそう思ってたけど、でも、アキちゃんはただ、我慢(がまん)してただけなんとちゃうか。  ほんまは俺と、一緒(いっしょ)()たいと思うてくれてる。  でも、いろいろあったし、気まずいしで、言うに言われず、遠慮(えんりょ)してんのやないか。  そう思うんは、俺の自惚(うぬぼ)れやろか。 「アキちゃん……」  (われ)ながら、(あわ)れっぽい声が出た。  その声で()ばれて、アキちゃんはちょっと、ぎょっとしたようやった。  その(おどろ)いた顔と目が合って、俺はドギマギ、まるで初恋(はつこい)(こく)中坊(ちゅうぼう)みたいな面(つら)やったかもしれへん。 「俺、アキちゃんと一緒(いっしょ)()たいねんけど、()たらあかん?」  上目遣(うわめづか)いの子猫(こねこ)ちゃんか俺は。  そんな荒技(あらわざ)使えたんやな、俺も!  感動した! 自分の可愛(かわい)さに。  言うとくけど演技(えんぎ)とちゃうで。マジもんやで。  俺も案外(あんがい)(おそ)ろしい子やったんや!  アキちゃんそれに、衝撃(しょうげき)受けちゃったみたい。  ()えツボど真ん中やったみたい。

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