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26-33 トオル

 どうやアキちゃん、どうや!  犬よりイケてた? 水煙(すいえん)よりは、どう?  水煙(すいえん)には今一歩(いまいっぽ)(およ)ばずやった?  なんでやろ。ケツに(あな)ないほうがええんかな。  まさかな。それはまさかやで。  そんな我慢(がまん)プレイには(とおる)ちゃん()えられへんから。それだけはやめといてくれアキちゃん。  ガーンみたいに()えているアキちゃんを、俺は可愛(かわい)上目遣(うわめづか)いキープでじっと見つめた。  もじもじ見つめた。  もうこれ以上、この清純(せいじゅん)()をキープすんの無理。もう無理。もう(くず)れそう。もうあかん~、みたいになった(ころ)に、アキちゃんがやっと、()せるみたいな声で答えた。 「あ……あかんことないよ。一緒(いっしょ)にいてくれ」  言うだけで限界(げんかい)くさい。めっちゃ小声(こごえ)でそう言うて、さあ行こか。さあ行くで。ものすごい迅速(じんそく)に立ち去っちゃうよみたいな、猛烈(もうれつ)な早足で、アキちゃんはごろごろ車椅子(くるまいす)()していった。  水煙(すいえん)が、怒ってへんかと思っていたけど、(あわ)てて後をついていって、横に(なら)んでみると、水煙(すいえん)様は苦笑(くしょう)していた。  何か可笑(おか)しいらしかった。  でもちょっと(なさ)けないみたいに、うっふっふと低い笑い声で、水煙(すいえん)はほんまに笑っていた。 「何が可笑(おか)しいんや、水煙(すいえん)」  アキちゃん(いじ)るのが()ずかしいもんで、俺はむっとした声で、水煙(すいえん)のほうを(いじ)っといた。 「性悪(しょうわる)(へび)が、ええ(つら)(かわ)や。可愛(かわい)いふりが、えらい上手(じょうず)やなぁ、(とおる)は」  (いや)みったらしい声で、水煙(すいえん)はいかにもイケズそうに、俺を(なじ)った。 「そんなんお(たが)(さま)やないか」  むかっときて、俺は水煙(すいえん)車椅子(くるまいす)()()ばしてやった。  アキちゃんがそれに、うわあってビビっていた。  平気やっちゅうねん、ちょっと()るぐらい。(こわ)れへんちゅうねん。  本気で()ってへんやろ。挨拶(あいさつ)程度(ていど)やないか!  いちいちビビんな、腹立(はらた)つねん! 「アキちゃん、手(つな)いで」  (うで)()()って、オネダリすると、アキちゃんはますます()ずかしいという、(むずか)しい顔でうつむいて、黙々(もくもく)車椅子(くるまいす)()していた。 「無理や、今は車椅子(くるまいす)()すので精一杯(せいいっぱい)やから」  アキちゃん、歯を食いしばって赤面(せきめん)すんのを(こら)えてるっぽい。 「ほな俺が()しましょうか?」  空気読めへん信太(しんた)が、親切そうに言うてやっても、アキちゃんイヤイヤって、首を()っただけやった。 「なんで? 手(つな)いで歩けばええやん。なんであかんの?」  なんであかんのか分からんらしい信太(しんた)が、不思議(ふしぎ)がっていたけど、もっと()()めやった。  でもアキちゃんは、ふるふる首()るだけで、結局(けっきょく)俺と手(つな)いで歩いてはくれへんかった。  みんな見てるし、()ずかしいんやろ。  それに、さっきの俺に、トキメキすぎたんやろ。そんな自分が(なさ)けなかったんやろ。  わかるよアキちゃん、()ずかしがりやねんな。  そのまま中庭からロビーに(いた)る、パーティー会場とやらに俺らは着いてもうた。  そこには、がやがやと、外道(げどう)やら、巫覡(ふげき)(みな)さんが()てたけど、なんと、一般人(パンピー)(みな)さんもいた。  なんで()るのん?  ホテルの従業員(じゅうぎょういん)さんとか、その家族とかやで。  アキちゃんの剣道(けんどう)師匠(ししょう)の、新開(しんかい)先生も()たけど、その(よめ)まで()る。  真っ白いひらひらのワンピース着て、(かみ)()くるっくるに()いて、(ひか)()ポニーにしてる、パーティールックの新開(しんかい)小夜子(さよこ)やで。  可愛(かわい)いけど小夜子(さよこ)さん、ちょっと若作(わかづく)りすぎへんか。  可愛(かわい)いけどやで、でも、ちょっと宝塚(たからづか)姫役(ひめやく)っぽすぎへんか?  どないなっとんねん、小夜子(さよこ)ワールド。これ普通(ふつう)?  その格好(かっこう)で、小夜子(さよこ)さんは細長いシャンパン・グラスを持って、ぽかーんみたいに()()っていた。  新開(しんかい)師匠(ししょう)は気まずいんか、スーツ姿(すがた)心持(こころも)ち、項垂(うなだ)れて立っていた。  その手にも、(よめ)小夜子(さよこ)と同じく、ピンク色のシャンパンが満たされた、ロマンチックなシャンパン・グラスがあった。  (くま)(なみ)髭面(ひげづら)のおっさんに、いかにも似合(にあ)わん。 「あっ。本間(ほんま)君やないの」  はっと(われ)に返ったみたいに、小夜子(さよこ)さんはアキちゃんに気がついた。  そして怪訝(けげん)そうに、水煙(すいえん)を見た。  いや。水煙(すいえん)を見たんやない。カラッポの車椅子(くるまいす)を見たんや。 「どしたの。どなたか、怪我(けが)でもなさったの?」  これから(だれ)かを乗せにいくと、小夜子(さよこ)さんは思ったんやろう。  水煙(すいえん)が見えへんのや。  小夜子(さよこ)さんは、霊感(れいかん)皆無(かいむ)の、一般人(パンピー)なんやもん。  せやし、美貌(びぼう)の式(しき)にポカーンとしてる小夜子(さよこ)(ひめ)には、実はこのフロアに(つど)美貌(びぼう)の連中の、半分くらいしか見えてへんかったんやないか。  式神(しきがみ)連中(れんちゅう)の中には、水煙(すいえん)様みたいに、一般(いっぱん)の人に見えちゃうとヤバいかもみたいな見た目の方々も、()ざっている。  そういう(やつ)らは、自主的(じしゅてき)にか、ご主人様のご命令でかは知らんけど、一般人(いっぱんじん)には見えへん位相(いそう)から、出てけえへんようにしているらしい。  せやし、プロには見えるけど、アマチュアには見えへんのや。

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