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26-35 トオル
たぶんやけど、梅 ? なんで、梅 ? 今、夏やのに、なんで、梅 ?
なんで梅 なんや、ワンワン!
そうやねん、それは勝呂 瑞希 が描 いた絵やったんや。
怜司 兄さんが犬に、なんか物足 りへんなあ。お前、もと美大生 やろ。ここに花でも描 いといてくれって、頼 んでいったんやって。
それで瑞希 ちゃん、しょうがないから、梅 の樹 を描 いといたんやって。
絵描 くのに使ったんやろう。高い脚立 の上で、油絵用のパレット持って、犬はがっくり項垂 れていた。
もう、あかん、みたいな、そんな悲しい姿 やった。
それを見上げて、まるで樹 から降 りられへんようになったアホな犬でも眺 めるように、怜司 兄さんと、藤堂 さんがいた。
二人 とも、おんなじくらいの角度で、うっすら傾 いて立っていた。
まるで、目の前にある絵に、脱力 してもうたみたいに。
「ワンワン……お前……絵が下手 やなあ……」
呆 れたというより、可哀想 みたいに、怜司 兄さんが絵の批評 をしていた。
下手 っていうかな。竜太郎 並 やないで。言うてもこいつも美大生 やったんやから、一般 水準 からしたら、上手 いほうやで。
上手 いんやけどなぁ……。
「なんやこれえ……苑 先生の絵みたいやないか、瑞希 ちゃん」
俺が思わず的確 な批評 を付け加えると、俺らが来たのに気付いてなかったらしいワンワンは、可哀想 なぐらいビクッとしていた。
もちろんアキちゃんに、ビクッとしたんやで。
「先輩 」
あわあわして、犬はアキちゃんを見た。
「お、俺、……めっちゃ絵が下手 になっている!!」
それが物凄 い悲劇 みたいに、犬はアキちゃんに縋 り付 くみたいな声で言うてた。
アキちゃんそれに、そうやなあって言うたもんか、そうでもないでと嘘 ついたもんか、決めかねてるような、煮 え切らん顔をした。
「ほんまやで。魂 入ってない絵やわ。まるで苑 先生が描 いたみたいな……」
「うるさい蛇 ! そんな失礼なこと何回も言わんでええねん!!」
俺がもう一遍 言うてやると、瑞希 ちゃん、顔真 っ赤 になって叫 んでた。
なんやねんそのリアクション。苑 先生が聞いてたら泣くで。
「花とか苦手なんです! 綺麗 系 のもんて、俺は描 かへんのです! 無理やってその人にも言うたのに、ええからええから、さっさと描 いといてって、頭ごなしなんやもん!」
怜司 兄さんを指 さして、あいつのせいですって、犬が言うてた。
指さしたらあかんのやで、失礼やないか。怜司 兄さん、お前より目上の式(しき)やのに。
その目上の式(しき)から命令されて、逆 らわれへんかったんやな、瑞希 ちゃん。
そんな不思議 不思議 を体験しちゃったんやな。式神 ワールドの悲しい掟 を。
お前まだまだ自分の霊力 をうまいこと使いこなせてないのよ。
「なんで梅 なんか描 いちゃったのかな」
傾 いたまま、藤堂 さんがさらに批判 した。
瑞希 ちゃん、それにもビクッとしていた。なんかオッサンのこと、怖 いみたい。
「えっ……なにか変ですか」
「だって今、夏やろう? 梅 は春に咲 く花やろう? それに……この中庭に梅 って。変やろう?」
変やろう、って言われても、ワンワンの目は泳いでいた。
知らんの? 瑞希 ちゃん。梅 が春咲 く花やってこと。
それくらいは知ってんのやろけど、それを夏場 のこの庭に描 くのが変やってことが、ワンワンにはわからんらしかった。
季節感のない犬や。センスがないというかやな。
それでよう絵描 きになろうとしたよ。
お前、実は美大なんて興味 なかったんとちゃうか。アキちゃん狙 いだっただけなんやろ?
「な……夏に咲 く花のほうがええな、瑞希 」
可哀想 になったんか、アキちゃんが掠 れ声で、犬にアドバイスしてやっていた。
瑞希 ちゃん、それに、ううっ、てなっちゃったみたい。
「すみません。俺そういうの、全然わからへんねん。花なんか、しげしげ見たことないもん」
脚立 の上で、ほんまに丸くなって、犬はくよくよしていた。
「そ、そうやな……お前そういうの興味 ないねんもんな。建造物 とか、人物とか動物とか、怪物 とかしか描 かへんのやもんな……」
なんでかアキちゃんまで、犬といっしょにオタオタしていた。
俺は呆 れて、それを眺 めた。
そうなんか。この犬って。
そういや、どんな絵を描 く犬か、俺は知らんかったわ。
CG科の犬やったんやで。それが日本画科のアキちゃんとコラボで祇園祭 ムービー作ろうとしてたんやからさ。
「代わりに、俺が描 こか?」
アキちゃんが訊 ねると、犬は丸くなったまま、うんうんと頷 いていた。
「えっ。先生が描 くんですか? それはいいけど、これ、どうやって何に描 いてんの?」
すっかりタメ口みたいになっている藤堂 さんが、アキちゃんに訊 ねていた。
そやけどアキちゃんも、何に描 いてんのかわからんらしくて、梅 の木見上げて首をひねっていた。
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