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26-36 トオル

(かべ)()いてんのやで、支配人(しはいにん)。もともとの(かべ)はここらへんにあったやろ? それを俺の魔法(まほう)でスペース(ひろ)げてあるんや。そやけど、(かべ)だけちょっぴり()(もど)して、キャンバス代わりにしてみたんやけどな……」  代わりに答えた怜司(れいじ)兄さんに、藤堂(とうどう)さんは向き直り、ふんふんて話聞いてたけど、最後には、ますます分からんていう渋面(じゅうめん)で、首を(ひね)っていた。 「なんやねん、君は。人間やないの?」 「ええまあ、ちょっと」  (きわ)めて真面目(まじめ)調子(ちょうし)でお返事してくれた怜司(れいじ)兄さんに、藤堂(とうどう)さんはまだギリギリ、ビジネスマンの顔で、ふんふん、て(うなず)いたけど、そこでガックリ気力が()えたらしかった。  深く項垂(うなだ)れ、わからんというふうに、小さく首を()っていた。 「なんやねん、この会の人ら」  ぼやくみたいに(つぶや)いている藤堂(とうどう)さんが、今までにない面白(おもしろ)さで、俺は思わず笑っていた。  変やの。自分も外道(げどう)なってるくせしてな。  その俺の笑う声を聞いて、藤堂(とうどう)さんはまた、(かす)かにびっくりしたみたいに、俺のほうを見た。  (おどろ)いてるというか、オッサン、すごく悲壮(ひそう)なような顔やった。 「お前が普通(ふつう)に笑ってる声、初めて聞いたわ」  えっ。なに。悪魔(あくま)のごときキレ笑いではなく、という意味?  それが若干(じゃっかん)可愛(かわい)かったか?  支配人(しはいにん)トキメいちゃった?  ゴメンネ。でも(とおる)ちゃん、アキちゃんのものだから。夫のある身やから。(くわ)しい話はまた後でにしてくれる?  そういやアキちゃん、俺が藤堂(とうどう)さんとなんやかんやあったと知った後、この時はじめて藤堂(とうどう)さんに会ったんやで。  それやのに、アキちゃん全然、平気っぽいねん。変やろう?  前と変わらん。全然(ぜんぜん)()やで。  藤堂(とうどう)さんが()やのは、分かるねん。しらばっくれてるというか、(だま)ってりゃわからんと、オッサンは思うてんのやろ。  アキちゃんにはバレてへんと思うてたんやないか。秘密(ひみつ)にしとけって、俺には言うてたんやしな。  まさかすでにゲロった後やとは、思うてなかったのやないか。 「何()きましょうか、中西(なかにし)さん」  脚立(きゃたつ)から犬を()ろして、アキちゃんはすでに、油絵用のパレットを受け取っていた。()く気満々(まんまん)みたいやった。 「何って、何でもいいんですか?」 「変なもん()いたらあかんで先生。花とかが無難(ぶなん)やで、お前の場合」  何かリクエストしようかなみたいな素振(そぶ)りやった藤堂(とうどう)さんより先に、怜司(れいじ)兄さんが注意していた。 「今このパーティー会場な、少し不思議(ふしぎ)時空(じくう)やから。現実(げんじつ)世界から、ちょいズレてる状態(じょうたい)やしな。半分(ゆめ)んなかみたいに思っといて。ありえへんことが、実現(じつげん)しやすいねん。術法(じゅつほう)発動(はつどう)しやすいんやで」  怜司(れいじ)兄さんに、とんでもないとこ連れてこられてる、俺ら。  (たし)かに、その通りみたいやった。  けたけたと笑う鳥のような声がして、俺らが()()くと、下半身が極彩色(ごくさいしき)の鳥になっている女が、ひらりひらりと()()んでいた。  なんか仏教(ぶっきょう)(けい)天人(てんじん)くさかった。  (ちち)、丸見えやった。  まだパーティー始まってへんのに、()()がりすぎてへんか、(ねえ)ちゃん。  しかしもう、このパーティーには(かた)どおりの始まりはないようで、すでに客には酒が()()われていて、料理もそこかしこのテーブルに()りつけられていた。  取りたいモン取って食うビュッフェ・スタイルなんやけども、普通(ふつう)美味(うま)そうなヴィラ北野(きたの)料理に()じって、なんでかカエルの丸焼きみたいなのまで大皿(おおざら)にうずたかく()られてる。  なんやろ、あれ。なんや知らんけど、ああいうのが好きなお客様が、いてはるんやろなあ。  藤堂(とうどう)さんはそれにも、トホホと思ってるようやったけど、もう、どうしようもない。  妖怪(ようかい)()めてもうたんやから、今さら文句(もんく)言うても始まらん。 「術法(じゅつほう)発動(はつどう)って、絵描(えか)いたらどないかなんの?」  実は絵描(えか)きたかったんやろう。アキちゃんは怜司(れいじ)兄さんがせっかく言うてくれてんのに、聞いてんのかどうか、さっさと(うれ)しげに脚立(きゃたつ)に登り、パレットにあった緑色で、瑞希(みずき)ちゃんの微妙(びみょう)にイケてない梅の木の(えだ)のうえに、太めの筆でささっと、(うぐいす)素描(そびょう)した。  そしたらその鳥は、アキちゃんが目を入れるやいなや、ホーホケキョと鳴いて、ぱたぱた飛んでいってもうた。  藤堂(とうどう)さん、開いた口が(ふさ)がらんという顔で、ぱたぱた飛んでる春の鳥を見送っていたが、それからしばらくて、なにこれと、面白(おもしろ)そうに俺の顔を見た。  その表情(ひょうじょう)が、なんか悪戯小僧(いたずらこぞう)みたいで、俺はまた、笑いそうになった。  藤堂(とうどう)さんは、なんで最初から、こういう人やなかったんやろ。  俺はそれが、ちょっと(せつ)ない。  でも、いつも(にが)い顔やった気むずかし屋のおっさんが、今こんな顔をすんのは、俺のせいやない。アキちゃんの絵が、好きやったからやねん。 「先生の絵って、じっとしてられん性分(しょうぶん)なんですか?」 「はぁ……なんか、そうみたいで……」

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