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26-40 トオル
鳥はほんまに聞いてなかったらしい。
それとも聞いたけど、分かってへんかったんか。
「なに? 生 け贄 って……。それ、どういう意味なん? 死ぬってこと? 兄貴 が、死ぬってことか?」
なんや、それくらい分かるんや。やっぱり分かるよな、普通 。
いくらアホや言うても、鳥さんもほんまもんの餓鬼 やないもんな。
生 け贄 がなにかくらい、知ってるよな……。
それで相手が青い顔してんのに、信太 はそれで誤魔化 せるみたいな、作り笑いやった。
「後 で話そか、寛太 。ここで騒 ぐと無粋 やからな。後 で、二人 で話そうか」
笑って諭 され、寛太 は淡 く喘 いでいた。
薄 く開いたままの唇 が、そんなアホなと言いたそうな、そんな唖然 の表情 やった。
それでも、そのまま、寛太 は兄貴 の言うことを聞こうとしたようやった。大人 しく。いつもみたいに。
でも、この時ばかりは無理 やったらしい。
それは普通 や。当たり前やと思うけど、信太 はぎょっとしていた。
鳥が逆 らったことにやない。寛太 が言うた事に、びっくりしたんや。
「怜司 が死ねばええんや」
暗い声して、寛太 はそう呟 いた。
それには信太 の、顔色が変わった。
いつもニヤニヤしてるような、ニヤケた虎 やのに、ふっと真顔 になって、虎 のような強い目で、項垂 れている寛太 を見下ろしていた。
「怜司 が死んで。別にええやろ。そうしてくれ、お願いやから」
本気で言うてるらしい寛太 に、怜司 兄さんは少し意外そうな目はしたが、そうやなあというふうに、小さく頷 いていた。
「そうしよかって、お前の兄貴 には言うたんやで。でも、嫌 やて言うんや、しゃあないよ」
「嫌 やっ。しゃあなくないよ。もっと話して。ちゃんと相談 してよ。別にええんやろ。怜司 はいつ死んでも、別に平気なんやろ。いつもそう言うとうやんか。ほんなら死ねばええやん。今、死んで。俺、嫌 やねん。兄貴 が死んだら嫌 なんやっ」
寛太 は矛先 を変えて、朧 に縋 り付 くつもりみたいやった。
そっちへ手を伸 ばそうとする寛太 の服を掴 んで、信太 がそれを引 き戻 していた。
「落ち着け寛太 。そんなこと怜司 に言うたらあかんで。こいつ本気にとるからな?」
「俺は本気で言うてんのやで、兄貴 」
縋 り付 く目で見つめ合った虎 に、寛太 は睨 まれたようやった。
それがどんな顔やったのかは、俺は知らん。見えへんかった。いつも通りの、派手 な背中 しか。
でも、それと見合っている寛太 が、ものすご怯 えた顔をした。ものすごく、悲しそうな。
「なんであかんの……なんで?」
「後 で話そう。な?」
それに頷 けという口調 の虎 に、寛太 は今にも泣きそうな顔で、哀 れっぽく頷 いていた。
押 し黙 る寛太 に、朧 は渋 いもんでも食うたような顔やった。
「後 なんかないで、寛太 。言いたいことあったら、ちゃんと今言うとけ」
そっちの言うことも聞くべきか、寛太 は困 ったようやった。
今まで周 りの奴 らの言うことを、ハイハイて聞いてきたんやろ。
アホやしな、何がなにやらわからへん。
にこにこして、ハイハイ言うて、言うなりや。
それで可愛 いなあ寛太 は、アホな鳥さんやなあって愛されて、それで食いつないできた。こいつはそういうキャラや。
でもそれが、ほんまにこいつの本性 やろか。
それが全 てか、アホの鳥さんは。
そうやない。俺にはそうは、思えへん。
寛太 は暗い伏 し目 で、疲 れたみたいに、ぼそっと言うた。
怜司 兄さんにかな。いや、もしかすると、信太 にかもしれへん。
「兄貴 は怜司 のことが好きなんやで。俺のことなんか、ほんまはどうでもええんや」
「そんなことないよ。どうでもええわけないやろ。何を言うとうのや、お前は」
困 ったなあ、って、信太 はゴネてる子供 を宥 めるみたいに、寛太 の肩 を抱 いてやってた。
それで鳥が幸せそうになったかというと、全然、そうやない。
暗い顔やった。まるで火が、消えたみたいに。
「先生、寛太 ちょっぴりテンパってもうてるから、あっち連 れていっときます。後 で戻 りますから」
「戻 らんでええよ」
アキちゃんはさすがに、気を遣 ったらしい。
力無 い小声 でそう言うた。
アキちゃんも気を遣 えるんやで。びっくりしたやろ。
そんな快挙 やのに、信太 は苦笑 いして、あっさりその好意 をフイにしていた。
「ダメなんですよ、先生。今夜は式(しき)は、主 と行動をともにする建前 です。先生は祭主 なんやし、ルールブック通りにやらんとね。それに精進潔斎 やろ。それは式(しき)も同じです。せやし寛太 ……今夜は蔦子 さんとこ戻 ってな、寂 しいんやったら、啓 ちゃんに相手 してもらえ」
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