614 / 928

26-40 トオル

 鳥はほんまに聞いてなかったらしい。  それとも聞いたけど、分かってへんかったんか。 「なに? ()(にえ)って……。それ、どういう意味なん? 死ぬってこと? 兄貴(あにき)が、死ぬってことか?」  なんや、それくらい分かるんや。やっぱり分かるよな、普通(ふつう)。  いくらアホや言うても、鳥さんもほんまもんの餓鬼(がき)やないもんな。  ()(にえ)がなにかくらい、知ってるよな……。  それで相手が青い顔してんのに、信太(しんた)はそれで誤魔化(ごまか)せるみたいな、作り笑いやった。 「(あと)で話そか、寛太(かんた)。ここで(さわ)ぐと無粋(ぶすい)やからな。(あと)で、二人(ふたり)で話そうか」  笑って(さと)され、寛太(かんた)(あわ)(あえ)いでいた。  (うす)く開いたままの(くちびる)が、そんなアホなと言いたそうな、そんな唖然(あぜん)表情(ひょうじょう)やった。  それでも、そのまま、寛太(かんた)兄貴(あにき)の言うことを聞こうとしたようやった。大人(おとな)しく。いつもみたいに。  でも、この時ばかりは無理(むり)やったらしい。  それは普通(ふつう)や。当たり前やと思うけど、信太(しんた)はぎょっとしていた。  鳥が(さか)らったことにやない。寛太(かんた)が言うた事に、びっくりしたんや。 「怜司(れいじ)が死ねばええんや」  暗い声して、寛太(かんた)はそう(つぶや)いた。  それには信太(しんた)の、顔色が変わった。  いつもニヤニヤしてるような、ニヤケた(とら)やのに、ふっと真顔(まがお)になって、(とら)のような強い目で、項垂(うなだ)れている寛太(かんた)を見下ろしていた。 「怜司(れいじ)が死んで。別にええやろ。そうしてくれ、お願いやから」  本気で言うてるらしい寛太(かんた)に、怜司(れいじ)兄さんは少し意外そうな目はしたが、そうやなあというふうに、小さく(うなず)いていた。 「そうしよかって、お前の兄貴(あにき)には言うたんやで。でも、(いや)やて言うんや、しゃあないよ」 「(いや)やっ。しゃあなくないよ。もっと話して。ちゃんと相談(そうだん)してよ。別にええんやろ。怜司(れいじ)はいつ死んでも、別に平気なんやろ。いつもそう言うとうやんか。ほんなら死ねばええやん。今、死んで。俺、(いや)やねん。兄貴(あにき)が死んだら(いや)なんやっ」  寛太(かんた)矛先(ほこさき)を変えて、(おぼろ)(すが)()くつもりみたいやった。  そっちへ手を()ばそうとする寛太(かんた)の服を(つか)んで、信太(しんた)がそれを()(もど)していた。 「落ち着け寛太(かんた)。そんなこと怜司(れいじ)に言うたらあかんで。こいつ本気にとるからな?」 「俺は本気で言うてんのやで、兄貴(あにき)」  (すが)()く目で見つめ合った(とら)に、寛太(かんた)(にら)まれたようやった。  それがどんな顔やったのかは、俺は知らん。見えへんかった。いつも通りの、派手(はで)背中(せなか)しか。  でも、それと見合っている寛太(かんた)が、ものすご(おび)えた顔をした。ものすごく、悲しそうな。 「なんであかんの……なんで?」 「(あと)で話そう。な?」  それに(うなず)けという口調(くちょう)(とら)に、寛太(かんた)は今にも泣きそうな顔で、(あわ)れっぽく(うなず)いていた。  ()(だま)寛太(かんた)に、(おぼろ)(しぶ)いもんでも食うたような顔やった。 「()なんかないで、寛太(かんた)。言いたいことあったら、ちゃんと今言うとけ」  そっちの言うことも聞くべきか、寛太(かんた)(こま)ったようやった。  今まで(まわ)りの(やつ)らの言うことを、ハイハイて聞いてきたんやろ。  アホやしな、何がなにやらわからへん。  にこにこして、ハイハイ言うて、言うなりや。  それで可愛(かわい)いなあ寛太(かんた)は、アホな鳥さんやなあって愛されて、それで食いつないできた。こいつはそういうキャラや。  でもそれが、ほんまにこいつの本性(ほんしょう)やろか。  それが(すべ)てか、アホの鳥さんは。  そうやない。俺にはそうは、思えへん。  寛太(かんた)は暗い()()で、(つか)れたみたいに、ぼそっと言うた。  怜司(れいじ)兄さんにかな。いや、もしかすると、信太(しんた)にかもしれへん。 「兄貴(あにき)怜司(れいじ)のことが好きなんやで。俺のことなんか、ほんまはどうでもええんや」 「そんなことないよ。どうでもええわけないやろ。何を言うとうのや、お前は」  (こま)ったなあ、って、信太(しんた)はゴネてる子供(こども)(なだ)めるみたいに、寛太(かんた)(かた)()いてやってた。  それで鳥が幸せそうになったかというと、全然、そうやない。  暗い顔やった。まるで火が、消えたみたいに。 「先生、寛太(かんた)ちょっぴりテンパってもうてるから、あっち()れていっときます。(あと)(もど)りますから」 「(もど)らんでええよ」  アキちゃんはさすがに、気を(つか)ったらしい。  力無(ちからな)小声(こごえ)でそう言うた。  アキちゃんも気を(つか)えるんやで。びっくりしたやろ。  そんな快挙(かいきょ)やのに、信太(しんた)苦笑(にがわら)いして、あっさりその好意(こうい)をフイにしていた。 「ダメなんですよ、先生。今夜は式(しき)は、(あるじ)と行動をともにする建前(たてまえ)です。先生は祭主(さいしゅ)なんやし、ルールブック通りにやらんとね。それに精進潔斎(しょうじんけっさい)やろ。それは式(しき)も同じです。せやし寛太(かんた)……今夜は蔦子(つたこ)さんとこ(もど)ってな、(さび)しいんやったら、(けい)ちゃんに相手(あいて)してもらえ」

ともだちにシェアしよう!