616 / 928
26-42 トオル
でも俺のツレ、あんまし気にしてへんかったと思う。
だってアキちゃんも、なんでか青い顔で、いろんな夢 が壊 れたみたいに、あんぐり見てただけやったから。びっくりしすぎて、頭真っ白みたいやったから。
「痛 った……なにをするんや、お前はいきなり……」
殴 られた顎 を押 さえて、藤堂 さんは小声 やった。
たぶん、普通 には声出えへんかったんやで。
ただの人間やったら、絶対 に骨折 れてる。ダウンしてる。それくらいの猛烈 パンチやった。
遥 ちゃんお前、普通 の人間やないんやないか。もう、怪力 入ってきてませんか?
青ざめて見返した俺を、遥 ちゃんは青い目で、じろりと睨 んだ。
怖 い目やった。
それであわあわしてもうて、俺はまた、藤堂 さんを見た。
「だ、大丈夫 か?」
「平気平気……慣 れてるから」
思わず介抱 しよかみたいな俺を、藤堂 さんは手を挙 げて、拒 んでいた。
それで俺は仕方なく、おっさんの傍 に膝 ついて、オロオロしてるだけやった。
慣 れてるって何!?
俺、いっつも遥 ちゃんに殴 られてんのかと思っちゃった。
でも、この時のは、そういう意味やない。
藤堂 さん、若 い頃 、ラグビーやってたらしいねん。
それで、どさくさ紛 れの顔パンチくらい、慣 れてるという事やったらしいけど、もっと詳 しく言うてくれへんかったら分からんわ。マジでビビったで!
「な、なんで殴 んの……?」
俺は恐 る恐 る、遥 ちゃんに訊 きましたよ。
ほんでまた、ぎろりと睨 まれた。
ハイすいません。ハイすいません。邪悪 な蛇 です。申 し訳 ありません。
黙 っときます! でしゃばってすみませんでした!!
「なんで、殴 られたか、分かってますよね」
遥 ちゃん、むっちゃ分かりやすく、一音節 ずつはっきりくっきり言うてはりました。
藤堂 さんはそれに、うんうんて、頷 いていた。
それも痛 いみたいやったけど、特に文句 も言わず、やれやれみたいに立ち上がっていた。
助けようかとしたけども、俺の手は借 りへんらしかった。
平気やでって、苦笑 いして、腕 支 えてやろうとした俺の手を、また拒 んでた。
「メール見ましたよ。なんやねんあれ。なにが亨 と浮気 してしまいましたやねん。そんなんいちいちメールで報告 するな!! こっちは仕事中やのに、頭おかしなってくるやろ!!!」
遥 ちゃん絶叫 してた。
いやあ。できるんやなあ、遥 ちゃんかて叫 べんのや。
「だって隠 し事 はしないって約束したやろ?」
「ふざけんな浮気 もするな!!」
おっしゃる通りやった。
俺も怒 られんのやと思って、とっさに震 え上 がって突 っ立 ってもうてたんやけど、いきなり遥 ちゃんにビシイて指さされてもうて、また、ひいっ、てなってた。
「これが! 誘惑 する悪魔 やいうのは、知ってましたよね? こいつのせいやない。卓 さん。それに機会 を与 えたあなたが悪いんや。ていうか拒 め!」
遥 ちゃん、俺をビシビシ指さして、これ呼 ばわりやった。
それでも俺は不満はなかった。
殴 らんといてくれるんやったら別にいいです。
なんとでも呼 んでくれていいです。
胸 に杭 打ったりせんといてください。十字架 でジューッとかも、やめといてください!
もうしません、もうしません、イイ子になりますから!!
「うん。拒 もうかなあ……とは思ったんやけどな。でもたぶん、これ拒 んだら、この先そういう機会 はないなぁ……と思ってな。それで悩 んでん」
藤堂 さん、あのな。今ここでする話か、それは。
まあ確 かに、今の遥 ちゃん、キレてるけどな。
まあまあ言うて、わかってくれる感じが全くせえへんけども、や。
信太 ですら、後にしよかて言うてたんやで。
そやのになんで、このホテルの支配人 のあんたが、こんな昼日中 、仕事場のど真ん中で、お客様も大勢 ご覧 になっているというのに、がっつり鋭意 痴話 喧嘩 やねん。
やめとけ。
やめてえ!
俺の中の藤堂 支配人 のイメージが、粉々 に壊 れていくう。
「悩 んでなんで、その結論 なんですか!」
異端 審問 の宗教 裁判官 みたいな、容赦 なく追いつめる口調で、遥 ちゃんはビシッと言うてた。
藤堂 さんそれが、怖 いわぁっていうリアクションやった。
嫁 やから怖 いんやないで。神父やから怖 いねん。
だってこいつも、血を吸 う外道 なんやもん。
それにキリスト教徒なんやしな。それが外道 なってんのやから。悪魔祓い の神父が怖 いんや。
ようこんな怖 い嫁 もろたな、あんた。
とんだ恐妻家 やで。マゾとしか思えん。
「いや……なんというか……ここでするような話かな? これは?」
外道 なってても藤堂 さんには一応 、常識 は残っていた。
「逃 げてへんと今すぐ言え!」
ともだちにシェアしよう!