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26-42 トオル

 でも俺のツレ、あんまし気にしてへんかったと思う。  だってアキちゃんも、なんでか青い顔で、いろんな(ゆめ)(こわ)れたみたいに、あんぐり見てただけやったから。びっくりしすぎて、頭真っ白みたいやったから。 「()った……なにをするんや、お前はいきなり……」  (なぐ)られた(あご)()さえて、藤堂(とうどう)さんは小声(こごえ)やった。  たぶん、普通(ふつう)には声出えへんかったんやで。  ただの人間やったら、絶対(ぜったい)骨折(ほねお)れてる。ダウンしてる。それくらいの猛烈(もうれつ)パンチやった。  (よう)ちゃんお前、普通(ふつう)の人間やないんやないか。もう、怪力(かいりき)入ってきてませんか?  青ざめて見返した俺を、(よう)ちゃんは青い目で、じろりと(にら)んだ。  (こわ)い目やった。  それであわあわしてもうて、俺はまた、藤堂(とうどう)さんを見た。 「だ、大丈夫(だいじょうぶ)か?」 「平気平気……()れてるから」  思わず介抱(かいほう)しよかみたいな俺を、藤堂(とうどう)さんは手を()げて、(こば)んでいた。  それで俺は仕方なく、おっさんの(そば)(ひざ)ついて、オロオロしてるだけやった。  ()れてるって何!?  俺、いっつも(よう)ちゃんに(なぐ)られてんのかと思っちゃった。  でも、この時のは、そういう意味やない。  藤堂(とうどう)さん、(わか)(ころ)、ラグビーやってたらしいねん。  それで、どさくさ(まぎ)れの顔パンチくらい、()れてるという事やったらしいけど、もっと(くわ)しく言うてくれへんかったら分からんわ。マジでビビったで! 「な、なんで(なぐ)んの……?」  俺は(おそ)(おそ)る、(よう)ちゃんに()きましたよ。  ほんでまた、ぎろりと(にら)まれた。  ハイすいません。ハイすいません。邪悪(じゃあく)(へび)です。(もう)(わけ)ありません。  (だま)っときます! でしゃばってすみませんでした!! 「なんで、(なぐ)られたか、分かってますよね」  (よう)ちゃん、むっちゃ分かりやすく、一音節(いちおんせつ)ずつはっきりくっきり言うてはりました。  藤堂(とうどう)さんはそれに、うんうんて、(うなず)いていた。  それも(いた)いみたいやったけど、特に文句(もんく)も言わず、やれやれみたいに立ち上がっていた。  助けようかとしたけども、俺の手は()りへんらしかった。  平気やでって、苦笑(にがわら)いして、(うで)(ささ)えてやろうとした俺の手を、また(こば)んでた。 「メール見ましたよ。なんやねんあれ。なにが(とおる)浮気(うわき)してしまいましたやねん。そんなんいちいちメールで報告(ほうこく)するな!! こっちは仕事中やのに、頭おかしなってくるやろ!!!」  (よう)ちゃん絶叫(ぜっきょう)してた。  いやあ。できるんやなあ、(よう)ちゃんかて(さけ)べんのや。 「だって(かく)(ごと)はしないって約束したやろ?」 「ふざけんな浮気(うわき)もするな!!」  おっしゃる通りやった。  俺も(おこ)られんのやと思って、とっさに(ふる)()がって()()ってもうてたんやけど、いきなり(よう)ちゃんにビシイて指さされてもうて、また、ひいっ、てなってた。 「これが! 誘惑(ゆうわく)する悪魔(サタン)やいうのは、知ってましたよね? こいつのせいやない。(すぐる)さん。それに機会(きかい)(あた)えたあなたが悪いんや。ていうか(こば)め!」  (よう)ちゃん、俺をビシビシ指さして、これ()ばわりやった。  それでも俺は不満はなかった。  (なぐ)らんといてくれるんやったら別にいいです。  なんとでも()んでくれていいです。  (むね)(くい)打ったりせんといてください。十字架(じゅうじか)でジューッとかも、やめといてください!  もうしません、もうしません、イイ子になりますから!! 「うん。(こば)もうかなあ……とは思ったんやけどな。でもたぶん、これ(こば)んだら、この先そういう機会(きかい)はないなぁ……と思ってな。それで(なや)んでん」  藤堂(とうどう)さん、あのな。今ここでする話か、それは。  まあ(たし)かに、今の(よう)ちゃん、キレてるけどな。  まあまあ言うて、わかってくれる感じが全くせえへんけども、や。  信太(しんた)ですら、後にしよかて言うてたんやで。  そやのになんで、このホテルの支配人(しはいにん)のあんたが、こんな昼日中(ひるひなか)、仕事場のど真ん中で、お客様も大勢(おおぜい)(らん)になっているというのに、がっつり鋭意(えいい)痴話(ちわ)喧嘩(げんか)やねん。  やめとけ。  やめてえ!  俺の中の藤堂(とうどう)支配人(しはいにん)のイメージが、粉々(こなごな)(こわ)れていくう。 「(なや)んでなんで、その結論(けつろん)なんですか!」  異端(いたん)審問(しんもん)宗教(しゅうきょう)裁判官(さいばんかん)みたいな、容赦(ようしゃ)なく追いつめる口調で、(よう)ちゃんはビシッと言うてた。  藤堂(とうどう)さんそれが、(こわ)いわぁっていうリアクションやった。  (よめ)やから(こわ)いんやないで。神父やから(こわ)いねん。  だってこいつも、血を()外道(げどう)なんやもん。  それにキリスト教徒なんやしな。それが外道(げどう)なってんのやから。悪魔祓い(エクソシスト)の神父が(こわ)いんや。  ようこんな(こわ)(よめ)もろたな、あんた。  とんだ恐妻家(きょうさいか)やで。マゾとしか思えん。 「いや……なんというか……ここでするような話かな? これは?」  外道(げどう)なってても藤堂(とうどう)さんには一応(いちおう)常識(じょうしき)は残っていた。 「()げてへんと今すぐ言え!」

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