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26-43 トオル
まだ外道 なってないのに、キレてる遥 ちゃんには、常識 感覚が残ってなかった。
猛烈 キレてた。
髪 の毛の先から爪先 まで、完璧 キレまくっていた。
どんだけ腹立 ってんのや。
そら腹立 つやろけど。てめえの男が、前に飼 うてたイイ子とやったてメールしてきたら、そらキレるやろけど。
なんでメールしたんや藤堂 さん。アホすぎる。
秘密 にしといたらええやん。それくらい。黙 ってりゃバレへんやろ。
「ええ……言わなあかんのか。毒食 わば皿 までか。どうせもう、相当 に無様 なんやしな」
痛 いけど、笑えてきたんやろ。藤堂 さんは、殴 られた顎 が痛 いわあという顔で、苦笑 していた。
「こいつに未練 があったんや」
こいつって俺ですか。
藤堂 さんは俺を視線 で示 して、その話をした。
遥 ちゃん、ワナワナ来てた。
その目で睨 まれて、俺は正直、走って逃 げたい。
「あったでしょうね、そりゃあ。それは知ってましたよ」
ここに来ても今さら、なんとか平静 を保 たなあかんと、遥 ちゃんは自分に言い聞かせているっぽかった。
あたかも冷静 みたいな応答 やった。
でも顔見たら、それと真逆 のシチュエーションやいうことは一目瞭然 やった。
目が怖 すぎる。
そのめっちゃ怖 い顔は、綺麗 やった。
もともと美貌 の奴 やけど、それになんや、鬼気 迫 るような壮絶 な迫力 があった。
背景 に教会のゴシック建築 見えた。どう見ても悪魔 狩 りやった。今にも心臓 に杭 を突 っ込 んできそうやった。
「それで……言うたっけ。俺はいっぺんも、こいつと寝 たことなかったんや。したことないと、ずっとそれが未練 やろ。食うたことない美味 そうなもんが、実際 よりずっと美味 いような気がすることって、あるやろ」
あるなあ。あるある。
はじめ人間ギャートルズのマンモスの肉とか、アルプスの少女ハイジのチーズトーストとかな。
食うたら大して美味 ないんやろけど、食えへんだけに、めっちゃ美味 そうに思えて、食うてみたいんやんな。
いっぺん考えはじめたら、どうにも我慢 できんぐらい、ものすご食いたいんやな。
わかるよ俺もそういうことある。
って、藤堂 さん、なんの話?
「だから、いっぺん試 しに食ってみようかと思って。これがお前より、美味 いんかどうか」
藤堂 さん、案外 けろっと言うてたで。
死んでもええんや。悪魔祓い に殺されても。ふぁっさー、なってもええんや!
そうとしか思えへん。殺してくださいみたいな話としか!
遥 ちゃん一瞬 、殺すって目したで。殺意 があったで。絶対 あれは本気やったで!
けど、またほんの一瞬 の、深い激 しい葛藤 を目に過 ぎらせてから、遥 ちゃんは心持 ち項垂 れて、目を逸 らしていた。
「ああそうですか。それで、美味 かったんですか。僕 より」
「いいや」
えっ!?
えっ。ちょっと待って。えっ?
藤堂 さん、今なんて言うた? いいや? ……って?
それ、嘘 やんね。遥 ちゃん怖 いし、今この場を収 めるための、テキトー発言 やんね?
そんなはずないよね? 俺って藤堂 さんの運命の恋人 やろ?
めっちゃ悦 かったよね? 今でも忘 れられへんのよね? 病 みつきやんね?
って……あれ? 違 うの? って、俺、お口あ~んぐりみたいなって、どうも本気で言うてるらしい藤堂 さんの横顔を見た。
ええ男やった。相変 わらず。
そしてこいつ、嘘 はつかへん男やったわ。
もう嘘 は、つきたくないんやって。
前の結婚 のオチでは、嫁 に隠 れて俺と浮気 しとったんやんか。
そんな騙 しが、心苦 しい。男らしいと思えへん。
せやし、もう嘘 や騙 しはやりません。
全部正直に言うから。相手、神父やから。神父に嘘 はつかれへんから。そんなんしたら罰 当たるから。懺悔 して悔 い改 めるから。迷 える子羊 なんやから。よろしくお願いしますという事なんやって。
だけど遥 ちゃん、困 るよね。そんなんされても困 るよなあ。
やってもうたら隠 すのが親切 やない? 全部言うたら、あかんのやない?
ていうか、嫁 に懺悔 せなあかんような事、しないほうがよくない?
って、その浮気 の相手って俺か。あれれ。
「いいや、って……それはどういう意味ですか」
「お前のほうが美味 いということが分かった」
調査 研究 の上の結論 っぽかった。
藤堂 さんは、むっちゃ真面目 にそう言うてた。
顔だけ見てたら、とてもそんなアホみたいな話してるとは思えへんかった。
「嘘 や。そんなん、口から出任 せや。しょうもない嘘 つかんといてください。僕 もそこまでアホやないんやで」
そうやで遥 ちゃん賢 いんやで。
大学、二回も卒業してるんやで。お医者さんなんやで。
アホみたいでもアホやないんや。
こう見えて薔薇 って漢字で書けるんや。
算盤 かて習 うてたんやで。珠算 二級や。
そこまででイタリア帰ってもうたんや。もっと日本に居 れたら一級とれてた。
アホやない。秀才 君なんやで!
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