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26-45 トオル

 オッサン本気みたいやった。アキちゃんが自分をドツキたいやろうと思ってるようやった。  でも、アキちゃんそんなん思うてへんで。  なんでか知らん、うちのツレ、藤堂(とうどう)さんが好きらしいねん。  一体どんな魔法(まほう)発動(はつどう)してんのか、アキちゃんは藤堂(とうどう)さんのこと尊敬(そんけい)してるらしい。藤堂(とうどう)(すぐる)マジックや。  とにかく(なぐ)って(はら)いせしなさいみたいな雰囲気(ふんいき)を、アキちゃんはぶんぶん首()って(こば)んでいた。すぐには言葉出てけえへんらしかった。 「い……いいです。知ってましたから。なんかもう、それは……いいです。(もと)はといえば俺が悪いんです。浮気(うわき)してもうて。それで、こいつがその(はら)いせに、そちらへ行ったんです。だから……その。ご迷惑(めいわく)おかけしました」  脚立(きゃたつ)の上の男は、素直(すなお)(あやま)っていた。  何で(あやま)んねん、アホちゃう!? アキちゃん!?  藤堂(とうどう)さんはそれに、ちょっとぽかんとしていた。  そら、するわな。どこの世界に自分の(よめ)寝取(ねと)られて、ご迷惑(めいわく)おかけしましたっていう(やつ)がおるねん。そんなんうちのツレだけやで絶対(ぜったい)。 「本間(ほんま)さんのせいやったんや」  突然(とつぜん)(うら)みがましい声で(よう)ちゃんが言うので、アキちゃんぎょっとしていた。 「えっ……?」  ちょっと電話遠いんですけどみたいな聞き返し方で、アキちゃん、神楽(かぐら)(よう)()いていた。 「なんで浮気(うわき)なんかするんですか。したらあかんでしょ。(なんじ)姦淫(かんいん)するなかれやで」  ジトッとアキちゃんを見上げて、神楽(かぐら)(よう)はそう言うていた。  神父(しんぷ)みたいやった。説教(せっきょう)する口調(くちょう)やった。 「……すみません」  アキちゃん、しょんぼり(あやま)っていた。  何がすみませんやねん。そんなん(よう)ちゃんやのうて俺に言え! 「(へび)がもう悪さしないように、しっかり見張(みは)っといてください。あなたが責任者(せきにんしゃ)なんやから。(ちか)ったでしょう、ちゃんと。()める時も(すこ)やかなる時も、面倒(めんどう)みるって。この悪魔(サタン)をイイ子に変えんのが、あなたの仕事でしょう」 「そ……そう、かな?」  アキちゃん自信ないみたいやった。めっちゃ、しどろもどろになっていた。 「ほんならちゃんと頑張(がんば)ってください。浮気(うわき)なんかしてる場合かですよ。今度やったら(ゆる)さへんから。ぶん(なぐ)りますよ。グーで力一杯(ちからいっぱい)ですよ。(ぼく)、これでも野球やってた(ころ)には、強肩(きょうけん)()らしたピッチャーやったんやからね。今でも自信ありますよ」  そうなんや、(よう)ちゃん。剛速球(ごうそっきゅう)投げてたんや。人は見かけによらへんもんやなあ。 「お前、野球好きなのか?」  意外そうに、藤堂(とうどう)さんが(よめ)()いてた。まだ知らんかったらしい。  (よう)ちゃんは、それに気後(きおく)れもせずに、(うなず)いていた。  こっちもまだ知らんのやな。藤堂(とうどう)さんが野球(きら)いなこと。  電撃(でんげき)結婚(けっこん)新婚(しんこん)さんなんやもんな。  そんな話する(ひま)もなく、やりまくりか。チッ。 「好きです。子供(こども)のころは、高校野球で甲子園(こうしえん)のマウンドに立つのが(ゆめ)でした。でもイタリア帰ってもうたし。あっちは野球って、あんまり(さか)んやないんですけど。でも一応(いちおう)、ずっと趣味的(しゅみてき)には続けてましたよ」  そうなん? (よう)ちゃん、社会人野球ヴァチカンズのピッチャーやったの?  神父って、野球してええの?  知らんかった。  そらまあ、神父も人間や。神に(つか)える下僕(げぼく)とはいえ、オフはある。  そして、オフ日には趣味(しゅみ)の野球にうち(きょう)じることもあるんやろな。 「最近してないですけど……」  それがガッカリみたいに、(よう)ちゃんは言うていた。実は相当(そうとう)好きなんやないか。 「また、したらええやないか。高校野球は無理やけど」  苦笑(にがわら)いしつつ、藤堂(とうどう)さんは(よめ)(はげ)ましていた。  そうやで。またしたらええんや。……って、えっ!?  (きら)いなんちゃうの、藤堂(とうどう)さん。  野球なんかアホのすることなんやろ。そういう態度(たいど)やったやないか。  それで俺、ビビって野球中継(ちゅうけい)()られへんかったし、そもそもテレビがなかったわ! 「……じゃあ、しようかな。この仕事終わったら、一緒(いっしょ)に野球()にいってください。甲子園(こうしえん)球場(きゅうじょう)に」  (いや)やって言われるかなあって、少々ドギマギしている顔つきで、(よう)ちゃんはぼそぼそ(たの)んでいた。  そら、(いや)やって言うわ。藤堂(とうどう)さん、ああいうとこは行かへんねんから! 「(ぼく)ね、阪神(はんしん)ファンなんです。(すぐる)さん。今年(ことし)阪神(はんしん)、かなりいい線いっとうから、気になるんです。優勝(ゆうしょう)するかもしれないんです。日本一なんですよ? こんなん、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスやで。たまたま日本に帰ってきた年に、(とら)が勝つなんて!」  (よう)ちゃん、もじもじしながら小声で断言(だんげん)していた。  (とら)が勝つって信じてるみたいやった。  若干(じゃっかん)(とら)信者みたいやった。  ヤハウェどこいってん!  (すぐる)さん>阪神(はんしん)タイガース>ヤハウェかよ。この罰当(ばちあ)たりが! ローマ教皇(きょうこう)、聞いたら泣くわ!  (みな)、どことなくぽかんとして、そんな(よう)ちゃんを見つめていたよ。  (とら)や。(とら)キチなんや、こいつ。  知らんかった! (とら)キチの神父が()るなんて!!

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