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26-46 トオル

()たいんや、(すぐる)さん。(なま)で。甲子園(こうしえん)()たいんです。(ぼく)のほうが美味(うま)いっていうんがほんまなんやったら、お()びに()れていってください。まだ何もしてへんやん。クルーズも仕事で流れたし、そんな、記念になるようなこと、なんもしてもらってません」  新婚(しんこん)野球観戦。そんな企画(きかく)を、(よう)ちゃん、()ずかしげもなく……というか、実は相当()ずかしそうにやったけど、提案(ていあん)していた。  でも、そんなん言うなんてアホとしか思えへん。  愛は人をアホに変えるんや。  かしこかった神父で医者の(よう)ちゃんを、ただのアホに変えてる。  大好きな(すぐる)さんと、大好きな阪神(はんしん)タイガースが優勝(ゆうしょう)するところを、(あこが)れの甲子園(こうしえん)球場(きゅうじょう)()たい。  そんなステキな(よう)ちゃんの(ゆめ)が、()たして(かな)えられるのでしょうか。 「……そら、ええけど。甲子園(こうしえん)くらい……行くけど」  (うそ)や、藤堂(とうどう)さん。行ったらあかん……。  でも、オッサン、若干(じゃっかん)引きながらでも、(よめ)可愛(かわい)いんか、ええよって返事しとったで。  ひどい。そんなん、行ってええなら俺も行きたかった。  藤堂(とうどう)さん(はべ)らして野球観戦(かんせん)。そんなんしてみたかった!  (にく)(よう)ちゃん! (にく)すぎる!! 「約束(やくそく)ですよ?」  小声(こごえ)で言うてる(よう)ちゃんは、()ずかしそうやけど、(うそ)ついたら針千本(はりせんぼん)飲ますって顔やった。  藤堂(とうどう)さんはそれを(なが)め、真面目(まじめ)な顔で、うんうんて(うなず)いていた。 「ほな、(ゆる)すから。もう(ぼく)(なぐ)られるようなこと、しないでください」 「努力はします」  可愛(かわい)く言うてる(よう)ちゃんに、藤堂(とうどう)さんはビジネスマンみたいに答えていた。  努力はするけど、保証(ほしょう)はできへんみたいやった。  それに(よう)ちゃん、ムッとしたけど、でももう、なんにも言わんかった。  大崎(おおさき)(しげる)挨拶(あいさつ)入れにいくと言って、神父(しんぷ)はそそくさと退散(たいさん)した。  ()ずかしかったんやろ。  そら()ずかしいわ。  お前のくり広げたとんだ修羅場(しゅらば)でな、鳥さん、ぽかーんてなってもうてるわ。  兄貴(あにき)ひどいわってゴネなあかんとこやったのに、すっかり頭真っ白なってもうてる。  鳥頭(とりあたま)なんやから。邪魔(じゃま)したらあかんかったのに! 「なにあれ、兄貴(あにき)」  信太(しんた)(うで)にがっちり自分の(うで)(から)めたまま、鳥さんは(よう)ちゃんについて質問(しつもん)していた。 「知らん。阪神(はんしん)ファンの神父(しんぷ)やろ。ええ人や。後でちょっと話してみよか」  信太(しんた)(よう)ちゃんの立ち去ったほうを、興味深(きょうみぶか)げに(なが)めていた。  (とら)キチやから好印象(こういんしょう)やったらしい。あんな暴力(ぼうりょく)神父でもな。 「なんで? 顔、可愛(かわい)いかったから? 好きなんか、兄貴(あにき)。さっきの神父」  ジトッと(うら)む声出して、寛太(かんた)()いた。  それを信太(しんた)は意外そうに見下ろした。 「どないしたんや寛太(かんた)。お前、今までそんなこと、言うたことないやんか。()(もち)焼いてんのか?」  真面目(まじめ)()かれて、鳥さんは自分が取り付いていたはずの信太(しんた)(うで)を、()(はら)うようにして身を(はな)した。(うし)ろめたそうな顔やった。 「そうやで。あかん? 俺が兄貴(あにき)()餅焼(もちやき)いたら、おかしいんか。兄貴(あにき)はもう、俺のもんなんやろ。俺以外のやつなんか、好きにならんといてくれ」  苦しそうに言うて、寛太(かんた)はくるりと身を(ひるがえ)した。  そしてそのまま、来たときと同じくらいの全速力(ぜんそくりょく)で、どっかに走ってってもうた。  信太(しんた)はそれを、ぽかんと見ていた。  (おぼろ)もあんぐり、(なが)めていたよ。 「お前、寛太(かんた)になに食わせたん? 変やで、あいつ。おかしなってない?」  怜司(れいじ)兄さん、ビビッたみたいに若干(じゃっかん)引いて、そう信太(しんた)()いていたけど、どこが変やねん。めちゃめちゃ普通(ふつう)やないか。俺はそう思うけどな。 「肉食わせたんがヤバかったんかな。ここんとこ変やねん。それとも(たん)に、育ってきとうだけかもしれへん。本間(ほんま)先生のダダ()れ飲んでやったやろ。あれからさらに変やねん」  心配そうに、寛太(かんた)が消えたほうを(なが)めて、信太(しんた)は説明していた。 「あいつ、成長してんのやで、信太(しんた)」  (おぼろ)にそう言われ、信太(しんた)(うなず)いていたが、それは喜ばしいことではないらしかった。  信太(しんた)はいつになく(むずか)しい顔をしていた。 「正念場(しょうねんば)やなあ……」 「蔦子(つたこ)さんとこ置いていくんか? もし、このままどんどん大きいなっていったら、(けい)ちゃんでは育てきれへんで。だってあいつ氷雪系(ひょうせつけい)やんか。寛太(かんた)は火の鳥やねんで? しかもすでに、(ひな)とは言え、そうとうデカいで。(だれ)炎系(ほのおけい)に強い親が()る。それか自力で(えさ)をとるよう(しつ)けるかやで?」 「(えさ)ってなんやねん」  頭(いた)いという顔で、むすっと(こた)える信太(しんた)は、その問いの答えを知ってるようやった。 「人食えばええやん。あいつ可愛(かわい)いんやし、ちょっと(さそ)えば、ころっと(まい)る人間はいくらでも()るよ」  ()りをすればええよと、怜司(れいじ)兄さんはあっさり言うてた。  兄さん、手当たり次第(しだい)(だれ)とでも()てるけど、それはどうも、狩人(かりゅうど)時代の名残(なごり)なんやで。  今でこそ、(おぼろ)様はラジオの(せい)で、強大なマスメディアと結びついている。(うわさ)実体(じったい)を持って走る時代や、現代(げんだい)は。

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