621 / 928
26-47 トオル
そやけど昔はそうでもないやろ。人の口から口へ、朧 に伝わる、はっきりせえへん存在 やった。
せやし怜司 兄さんも、我 が身 を保 つために、人の精気 を喰 らっていた時代があったらしい。
京の都の、四条 河原 で客引いて、それと一発やったあと、都 や各地の噂話 を教えてもらう。
あるいは逆 に、そいつの耳に、手持ちの噂 を吹 き込 んでやる。
そうしてその、ほんまか嘘 か怪 しいような話は、街道 を伝って北へ南へ、千里 を走ったわけや。
人々の心を、惑乱 しつつ、じょじょに尾鰭 をつけて、成長しつつな。
それが昔の情報網 やな。
そんなふうに、案外 細々 と生きていた怜司 兄さんが、俄然 、神みたいになってきたんは、電信電話や、新聞、ラジオ、そしてテレビやインターネットが当たり前になっている、現代 に近い時代になってきてからの話や。
おとん大明神 と馴 れ初 めの頃 には、まだまだ兄さん食欲 旺盛 で、人を喰 わんと腹 が減 る日もあったような、そんな具合 やったらしいで。これは本人がそう言うてたもん。ほんまやで。
せやし俺とご同類 やんか。
そんな奴 が、人々の信仰 を得て、霞 食うて生きられるようになるって、そんなこともあるんやな。亨 ちゃんももっと、頑張 るべき?
ええねん、それはもう。面倒 くさいねん。アキちゃん食うので満足やねん。
でかくなりたいとも思わへんねん。アキちゃんの胸 に、すっぽり収 まるサイズで結構 。
俺はそれで安定してんのや。
せやけど寛太 は育 ち盛 りで、見た目には人型サイズやけども、内実 、その霊的 なサイズは、どんどんでかくなっていっていた。
これといった神威 や特殊 能力 を発揮 するわけでもない、まだまだ雛鳥 やのに、そこらへんの妖怪 よりも、でかい規模 になっていってる。まるでカッコウの雛 や。
託卵 して、関係ない別種 の鳥の巣 に居座 って育つけど、やがて親よりでかいサイズになってくる。
それでも育ての親にすりゃあ、可愛 いうちのおチビちゃんや。必死で餌 やる。
自分の巣 には収 まりきらんような、どでかい雛 を必死で育てる。
そいつがいつか巣立 って、さようならと去る日まで。
寛太 も、そうなれば御 の字 。
親は大変やろうけど、雛 は丸儲 け。ごちそうさまと、タダ飯 食ってトンズラや。
せやけど寛太 の場合、いつ巣立 つんやら見当 もつかへん。
親が食わせてやられへんくらい育ったうえに、それでもまだまだ雛 なんやったら、飢 え死 にするしかあらへんで。
霊的 な巨体 を維持 するだけの餌 にありつけず、腹 減 って死んでまう。
今や、そうなるのが目に見えていた。
寛太 が相変わらず意固地 で、兄貴 としかやりとうないとダダこねるんやったら、必ずそうなる。
信太 はもう、居 らんようになるんやで。鯰 様の生 け贄 や。
その後、もうこの世にいない信太 の兄貴 に、操 でも立てようもんなら、あっというまに餓死 するんやで。
だってあいつ、どんだけ腹 減 るねん。ただ好きでたまらんだけの話かもしれへんけど、見たとこ、日がな一日、愛 しい兄貴 とやりっぱなしみたいな、淫蕩 な鳥やったやんか。
腹 減 った言うて抱 いてもらう。口寂 しい言うて、おやつ欲 しくてチューしてもらう。そうやって一日中、餌 やっとかなあかん。
そうせえへんかったら弱ってくるんや。
一日二日、放 っておかれたら、確実 に飢 えてくるやろ。
その時、どないするかやな。
おとなしく飢 えて、やがて虚 しく消滅 か。
ほかの餌 を、自分の力で探 すかや。
「人食うのが結局いちばん効率 ええんやで。お前は嫌 がるけど。なにも丸食いせえへんでもええやん。血か精気 を吸 って、数をこなせば、別に誰 も死なん。いつでも吸 わせてくれるような、信者 をいっぱい作ればええやん」
「あいつがお前みたいになるのが嫌 やねん」
一応 、後ろめたそうに目は逸 らしたが、それでも信太 はけろっと言うていた。朧 はそれに、ムカッという顔をした。
「俺は別に、精気 を吸 いたいから、いっぱい飼 うてる訳 やない。ただの趣味 や!」
「もっとあかんやろ……」
アサッテ方向から怒っている朧 様に、信太 はくよくよ言うていた。
浮気 、したんやろうなあ。信太 と付き合うてた頃 も。
怜司 兄さん、我慢 でけへん人みたいやから。
ええのがいたら、ちょっと食うといたんやろなあ。
それに乱交 か。
この人そういうの無節操 らしいんやなあ。博愛的 というか。誰 でもかまへんというか。とりあえず、やっとくというか。
ラブ&ピースやねんなぁ……。
寂 しいらしいねん。この人、一種 の色情狂 やで。
エロが好きというより、人が好きなんや。
人が自分に夢中 になってくれる。そういうのを見てへんと、不安でたまらんのやろ。
なんせ噂 なんやし。視聴率 が大事。
人間どもが自分に興味 を持っているか、それが常 に心配なんやろ。
そらそうやで。怜司 兄さんにとってはそれが、死活問題 なんやもん。
ともだちにシェアしよう!