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26-47 トオル

 そやけど昔はそうでもないやろ。人の口から口へ、(おぼろ)に伝わる、はっきりせえへん存在(そんざい)やった。  せやし怜司(れいじ)兄さんも、()()(たも)つために、人の精気(せいき)()らっていた時代があったらしい。  京の都の、四条(しじょう)河原(がわら)で客引いて、それと一発やったあと、(みやこ)や各地の噂話(うわさばなし)を教えてもらう。  あるいは(ぎゃく)に、そいつの耳に、手持ちの(うわさ)()()んでやる。  そうしてその、ほんまか(うそ)(あや)しいような話は、街道(かいどう)を伝って北へ南へ、千里(せんり)を走ったわけや。  人々の心を、惑乱(わくらん)しつつ、じょじょに尾鰭(おひれ)をつけて、成長しつつな。  それが昔の情報網(じょうほうもう)やな。  そんなふうに、案外(あんがい)細々(ほそぼそ)と生きていた怜司(れいじ)兄さんが、俄然(がぜん)、神みたいになってきたんは、電信電話や、新聞、ラジオ、そしてテレビやインターネットが当たり前になっている、現代(げんだい)に近い時代になってきてからの話や。  おとん大明神(だいみょうじん)()()めの(ころ)には、まだまだ兄さん食欲(しょくよく)旺盛(おうせい)で、人を()わんと(はら)()る日もあったような、そんな具合(ぐあい)やったらしいで。これは本人がそう言うてたもん。ほんまやで。  せやし俺とご同類(どうるい)やんか。  そんな(やつ)が、人々の信仰(しんこう)を得て、(かすみ)食うて生きられるようになるって、そんなこともあるんやな。(とおる)ちゃんももっと、頑張(がんば)るべき?  ええねん、それはもう。面倒(めんどう)くさいねん。アキちゃん食うので満足やねん。  でかくなりたいとも思わへんねん。アキちゃんの(むね)に、すっぽり(おさ)まるサイズで結構(けっこう)。  俺はそれで安定してんのや。  せやけど寛太(かんた)(そだ)(ざか)りで、見た目には人型サイズやけども、内実(ないじつ)、その霊的(れいてき)なサイズは、どんどんでかくなっていっていた。  これといった神威(しんい)特殊(とくしゅ)能力(のうりょく)発揮(はっき)するわけでもない、まだまだ雛鳥(ひなどり)やのに、そこらへんの妖怪(ようかい)よりも、でかい規模(きぼ)になっていってる。まるでカッコウの(ひな)や。  託卵(たくらん)して、関係ない別種(べっしゅ)の鳥の()居座(いすわ)って育つけど、やがて親よりでかいサイズになってくる。  それでも育ての親にすりゃあ、可愛(かわい)いうちのおチビちゃんや。必死で(えさ)やる。  自分の()には(おさ)まりきらんような、どでかい(ひな)を必死で育てる。  そいつがいつか巣立(すだ)って、さようならと去る日まで。  寛太(かんた)も、そうなれば(おん)()。  親は大変やろうけど、(ひな)丸儲(まるもう)け。ごちそうさまと、タダ(めし)食ってトンズラや。  せやけど寛太(かんた)の場合、いつ巣立(すだ)つんやら見当(けんとう)もつかへん。  親が食わせてやられへんくらい育ったうえに、それでもまだまだ(ひな)なんやったら、()(じに)にするしかあらへんで。  霊的(れいてき)巨体(きょたい)維持(いじ)するだけの(えさ)にありつけず、(はら)()って死んでまう。  今や、そうなるのが目に見えていた。  寛太(かんた)が相変わらず意固地(いこじ)で、兄貴(あにき)としかやりとうないとダダこねるんやったら、必ずそうなる。  信太(しんた)はもう、()らんようになるんやで。(なまず)様の()(にえ)や。  その後、もうこの世にいない信太(しんた)兄貴(あにき)に、(みさお)でも立てようもんなら、あっというまに餓死(がし)するんやで。  だってあいつ、どんだけ(はら)()るねん。ただ好きでたまらんだけの話かもしれへんけど、見たとこ、日がな一日、(いと)しい兄貴(あにき)とやりっぱなしみたいな、淫蕩(いんとう)な鳥やったやんか。  (はら)()った言うて()いてもらう。口寂(くちざみ)しい言うて、おやつ()しくてチューしてもらう。そうやって一日中、(えさ)やっとかなあかん。  そうせえへんかったら弱ってくるんや。  一日二日、()っておかれたら、確実(かくじつ)()えてくるやろ。  その時、どないするかやな。  おとなしく()えて、やがて(むな)しく消滅(しょうめつ)か。  ほかの(えさ)を、自分の力で(さが)すかや。 「人食うのが結局いちばん効率(こうりつ)ええんやで。お前は(いや)がるけど。なにも丸食いせえへんでもええやん。血か精気(せいき)()って、数をこなせば、別に(だれ)も死なん。いつでも()わせてくれるような、信者(しんじゃ)をいっぱい作ればええやん」 「あいつがお前みたいになるのが(いや)やねん」  一応(いちおう)、後ろめたそうに目は()らしたが、それでも信太(しんた)はけろっと言うていた。(おぼろ)はそれに、ムカッという顔をした。 「俺は別に、精気(せいき)()いたいから、いっぱい()うてる(わけ)やない。ただの趣味(しゅみ)や!」 「もっとあかんやろ……」  アサッテ方向から怒っている(おぼろ)様に、信太(しんた)はくよくよ言うていた。  浮気(うわき)、したんやろうなあ。信太(しんた)と付き合うてた(ころ)も。  怜司(れいじ)兄さん、我慢(がまん)でけへん人みたいやから。  ええのがいたら、ちょっと食うといたんやろなあ。  それに乱交(らんこう)か。  この人そういうの無節操(むせっそう)らしいんやなあ。博愛的(はくあいてき)というか。(だれ)でもかまへんというか。とりあえず、やっとくというか。  ラブ&ピースやねんなぁ……。  (さび)しいらしいねん。この人、一種(いっしゅ)色情狂(しきじょうきょう)やで。  エロが好きというより、人が好きなんや。  人が自分に夢中(むちゅう)になってくれる。そういうのを見てへんと、不安でたまらんのやろ。  なんせ(うわさ)なんやし。視聴率(しちょうりつ)が大事。  人間どもが自分に興味(きょうみ)を持っているか、それが(つね)に心配なんやろ。  そらそうやで。怜司(れいじ)兄さんにとってはそれが、死活問題(しかつもんだい)なんやもん。

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