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26-48 トオル

 でもやっぱ、信太(しんた)には(つら)かったんかなあ。  (わけ)が分かっていても、(つら)いモンは(つら)いやろなあ。  信太(しんた)は人間やない。神の一種で、人ではないんやし、信太(しんた)にモテても()やされへん何かが、怜司(れいじ)兄さんにはあったんやろ。  人間でないとあかんのや。  焼き肉食いたい時にラーメン食うてもあかんみたいなもんかなあ。  この店、ラーメンしかないし、ちょっと焼き肉屋いってくるわって、(めし)ならそれで()む話なんやけど、恋愛(れんあい)やと、そうはいかんよなあ。  それでもしゃあない。それが(おぼろ)や。  こういう子どすねんて、蔦子(つたこ)さんも言うていたしな。  (とら)もそれは、しょうがないと思って()()っていたんやろけど、でもやっぱ、(つら)いもんは(つら)い。我慢(がまん)でけへんかったんやろな。  自分のツレやと思うてるやつが、手当たり次第(しだい)(だれ)(かれ)もと仲良(なかよ)うすんのは。  (たし)かに無茶(むちゃ)な話やで。  しかも怜司(れいじ)兄さん、それが(あく)やと思うてへんからな。  ラブやから。(あく)やのうてラブ。ただのスキンシップやから。人類(じんるい)(みな)兄弟。(みな)で仲良く(はだか)のお付き合いやねんから。  ズレてんねんなぁ……。  だけどそのズレを、どうのこうの言うても、どうしようもないよ。  怜司(れいじ)兄さん、そういう人なんやもん。  どうしてもそれが(いや)なら、別れるしかない。  それで、しゃあないから別れたんやろ。信太(しんた)的には。辛抱(しんぼう)ならんかったんやろ。  それでも、未練がましい(とら)や。まだ好きらしい。  アホの寛太(かんた)でも分かる。傍目(はため)に見てるだけの俺でも分かる。  二人(ふたり)そろって立ってると、怜司(れいじ)兄さんと(とら)は、長年()()った同志(どうし)のような、一緒(いっしょ)()()れた雰囲気(ふんいき)がある。  一度は強く結びついた、(えん)のようなものが、あるふうに思える。  乙女(おとめ)チックに言うならば、それは運命の赤い糸か。  元は二つの(たましい)やったもんが、その糸で、がっちり()わえ()けられていた時が、一時(いちじ)はあったんや。  ただ、その糸が、別のほうにも()びていた。一本きりやなかったというだけで。  怜司(れいじ)兄さんにとっては、(とら)も案外、運命的な相手やったんやないか。  相性(あいしょう)よかった。  それでも、おとん大明神の霊威(れいい)のほうが強くて、しかも怜司(れいじ)兄さんは、不実(ふじつ)なツレやったし、信太(しんた)にとうとう愛想(あいそ)つかされたんやで。  赤い糸を、ちょきんと切って、トンズラこかれた。  結局、信太(しんた)にも、()られてもうたわけやな。  それはちょっと、俺のせいかもしれへんのやけど。  俺が背中(せなか)()さへんかったら、信太(しんた)は思い切りがつかへんかったんかもしれへん。  鳥も好きやし、怜司(れいじ)もええなあって、そんな(ちゅう)ぶらりんのどっちつかずで、うだうだ(まよ)っていたままやったんかもしれへんわ。  それでももう、()しちゃったし。愛やし言うちゃったし。  (とおる)ちゃん、全然悪気(わるぎ)はなかったんやけど。もしかして、俺、怜司(れいじ)兄さんにゴメンネ言うといたほうがいい?  せやけど自業自得(じごうじとく)やん?  信太(しんた)が好きやていうんやったら、もっと(とら)を大事にしてやっといたらよかったんや。  (わす)れなあかんかったよな、暁彦(あきひこ)様のほうは。  そうでないと、信太(しんた)可哀想(かわいそう)やんか?  愛してくれたんちゃうか。暁彦(あきひこ)様の(おも)()()てて、好きやて(とら)を選べば、信太(しんた)は今、鳥さんラブラブなように、怜司(れいじ)兄さんのことも、愛してくれたんやないやろか。  でも、それはもう、とっくの昔に()れたコースで、選ばれることはなかった未来や。  だって、怜司(れいじ)兄さんが、おとん大明神(だいみょうじん)()てられるわけない。それができへんから、(こま)ってる人なんやしな。  運命の流れは、高きから低きへ、流れるべき筋道(すじみち)を通って、流れてゆく。  ここへ来るべくして、やって来た。  大陸の(とら)と、(おぼろ)(りゅう)は、結びつかない運命やったってこと。  (えん)がなかった。あったとしても、その(えん)は、一瞬(いっしゅん)(もつ)れて、やがては(ほど)ける、通過点(つうかてん)にすぎなかったということや。  二度とは()けぬ、(かた)い結び目ではなく。  それでも信太(しんた)は、神妙(しんみょう)な顔して(おぼろ)説教(せっきょう)していた。  まるでその権利(けんり)が、まだ今も自分にあるみたいやった。 「人食うて生きるのが、あかんとは言わんよ。けど、神として(あが)められたほうが、気楽(きらく)やろ。人の世に役立つ霊威(れいい)を発することもできる。お前かてそうやろ。川原(かわら)で人食うてた時より、今のほうが幸せやろ。趣味(しゅみ)()るのと、金で買われて好きなようにされんのとでは、全然(ちが)うやろ?」 「そら(ちが)うわ。趣味(しゅみ)なら好みの相手とやれる。好きな体位(たいい)も選べるし」  それ大事やなあ。それ大事や……。  ふん、て怜司(れいじ)兄さんは、聞く耳持たんふうに、信太(しんた)から顔を(そむ)けてツンツンしていた。全く可愛(かわい)げがなかった。 「そういう問題か、このエロ妖怪(ようかい)が。なんでそうやねん。いっつも、そんなことばっかり言うとうな、お前は。心はないんか、お前には。人の役に立ちたいとは思わへんのか? お前も神やろ。一時(いちじ)は、それを目指して頑張(がんば)っとったんやろ!」  信太(しんた)は、めっちゃムカついてんのを我慢(がまん)してるように、(おさ)えた怒鳴(どな)り方やった。  知らんかったんかな。俺らが蔦子(つたこ)さんの部屋(へや)で、(おぼろ)様のホラーな正体(しょうたい)について知らされるまで、こいつもはっきりとは知らんかったんやないか。  怜司(れいじ)兄さんが、神になろうとしていた、そういう時もあったって事を。  でもそれは、知らんほうがよかったかな。  それは(とら)のためでも、自分のためでもなく、ぶっちゃけ、おとん大明神(だいみょうじん)のためやった。  秋津(あきつ)(ぼん)にモテたくて、怜司(れいじ)兄さん、頑張(がんば)っちゃったんやしな。  そんなん知ったら、今でも(つら)いか。なんで(つら)いんや信太(しんた)。  (あきら)めきれへん、(こい)ってある?  (わす)れられへん相手とか。そういうのって、()るもんか?  ()るかもしれへんなあ。俺にも()るわ。  今さら(だれ)とは言わんけど。でももう別れた。しんどい(こい)やってん。  あのまま続けていたら、俺はきっと、頭おかしなってた。ほんまもんの(おに)になってたやろう。  (くる)って人食う、(あら)ぶる神に。  やけっぱちで悪魔(サタン)になるわ、って、そんな(うす)(さむ)い思いがして、もう、やめなあかん。もう限界(げんかい)。俺はしんどい。幸せになりたいねんて、めちゃめちゃ(こま)っていたこともある。  つい八ヶ月ほど前のことやで。  でももう過去(かこ)や。今は幸せ。  俺は神様なんやで。いつも(そば)にアキちゃんが()るからな。  それが俺にとって、楽園(らくえん)(いた)るための、正しい運命のコース。  悪縁(あくえん)()てて。  自分の首をぎりぎり()めてた、赤い運命の糸を()()って、そこから()げていくのが、あの時の俺には、正しい道やったんや。  そういうことって、あるなあ。不思議(ふしぎ)(えん)作用(さよう)で。  (みな)もな、いくら好きやいうても、悪い相手とだらだらいつまでも、付き()うてたらあかんのやで。  スパッといっとけ。ざっくり切っとけ。悪い運命の糸は。  そいつと別れんかったら、新しく(めぐ)()えへん、正真正銘(しょうめい)ほんまもんの、王子様は()るねん。俺にとっての、アキちゃんみたいなな。  信太(しんた)にとってはそれが、(おぼろ)やのうて、鳥さんやった。  寛太(かんた)がお前を幸せにしてくれるやろ。  お前は寛太(かんた)を幸せにしてやれるやろ。  そのゴールに(いた)るまで、あともう、ほんの少し。  せやけどそのハッピーエンドに(いた)る道には、山あり谷あり。死の(かげ)のさす、(こわ)難所(なんしょ)もあるんやで。  せやけど、ほら。俺ら神やから。無問題(もうまんたい)。  人間やったら大変やけど、信太(しんた)も鳥も、(おぼろ)様も、俺も水煙(すいえん)瑞希(みずき)ちゃんもや。神やし、妖怪(ようかい)なんやしさ。  人でなしなら平気やねん。死んでも平気。  だって俺なんか不死人(アンデッド)やから。(たましい)はみ出そうな(いた)い目見ても、(いた)いい! 言うけど、それだけやから。  しんどいけど、強いんやから。我慢(がまん)せなあかん。  ()えなあかん。そんな苦難(くなん)()()えてこその神や。  怜司(れいじ)兄さんなんか見てみ?  脳天(のうてん)原爆(げんばく)落ちちゃってるよ。それでも平気なんやしな。なんともないとは言えへんけども、消滅(しょうめつ)してへん。ご存命(ぞんめい)やで。ぴんぴんしとるわ。  お前が好きやて言うてくれる、人の愛があれば、神様は生きられる。信じてくれる人間が、ひとりでも()れば、神は()()びられるんや。  そうやろ、怜司(れいじ)兄さん!  やっぱり時代は神様路線(かみさまろせん)やんな!  悪魔(サタン)あかんよ。もうそんな時代やない。  (みな)さん、平和指向なんやし。これからは神様路線がイケてるよね! ねっ? 「そんなん、どっちでも同じや。神様なろうって気張(きば)ったところで、結果おんなじやったやないか。どうせ()てられた。そんなら神でも(おに)でも、どっちでもええわ、俺は。食いたきゃ人食う。今回、霊振会(れいしんかい)の仕事すんのも、別に人助けやないで。ギャラがよかったからや。お金が大好き!」  俺も大好き……。  でも、怜司(れいじ)兄さん、ちょっぴり強がっちゃってない? それ、ほんまの気持ち?  お金ほしくて働いてんの? そんなふうに見えへんけどなあ。  だって、金に(こま)ってるふうに見えへんねんもん。なんとなくやけど。俺、そういうのには(かん)が働くのよ。  金蔵(かねぐら)に、(ぜに)がうんうん(うな)ってる(やつ)は、オーラでわかるのよ。  たぶんやけど、金持ちやで、怜司(れいじ)兄さん。だって札束の(にお)いがするもん。  ええ(にお)い! 俺の大好きな、お金の(にお)い!  (とおる)ちゃん、くらっと来ちゃう。(ぜに)が大好き! 怜司(れいじ)兄さん()いてみたいな、危険(きけん)(にお)いがプンプンするんやもん。  ごめんな、こんなこと言うて。アキちゃんには秘密(ひみつ)にしといて。  それは俺の性癖(せいへき)やねん。どうしようもないねん、(とおる)ちゃん、白蛇(しろへび)さんやから。(ぜに)の神なんやから。豊穣(ほうじょう)ムードに弱いのよ。  お金集めようとしちゃうのよ。本能的(ほんのうてき)にね。  せやし、金持ってる(やつ)には、ついつい(へび)さんアンテナがぴぴって反応(はんのう)してまうんやけどさ。 それの検索(サーチ)結果によれば、怜司(れいじ)兄さんはお金持ちやで。 だって今してる時計(とけい)とか見てみ。昨日(きのう)してたのと(ちが)う。

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