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26-49 トオル
兄さん、着替 えるついでに、時計 も変えたやろ。
時計 も着替 える人なんや。
それが昨日 はカルティエで、今日 はタグ・ホイヤーなんや。
最初に見た時はロレックスやったで。
腕時計 、何個 持ってんのや怜司 兄さん。
そんなに沢山 時計 って要 るか?
アキちゃんやあるまいし……一個 あれば足りるやろ!
着てるモンかて贅沢 やしな。
だいたい金持ってる男というのは、靴 見ればわかる。ええ靴 はいてる男は金持ってるわ。
昔から言うやん。「足下 を見る」って。
履 き物 見たら、そいつの懐具合 がわかるという、昔々の商人の知恵 やで。
その観点 から言っても、怜司 兄さんは金には困 ってへん。なんなら今すぐ、ケツのポケットから見えてる長財布 を奪 って中身見たろか?
せえへんけどな。そんなんせえへんけどもや。
こいつもアレや。現金 よりも、魔法 のカード使うタイプの男やで。
だって財布 が薄 いもん。
いくら金持ちや言うたかて、財布 で福沢 さんたちが、うんうん狭 いようって唸 ってるような状態 は、お洒落 やないですからね。
財布 なんてアクセサリーのうちやから。
金でパンパンに太ってたら見栄 え悪いよね。
悪いんやで、アキちゃん。意識 してへんのやろけど。バイ・ナウ力 はゆんゆん漏 れてて、お店の人にはモテるやろけど、そんなんはスマートやないんやで!
いっぺん怜司 兄さんに指摘 してもらえ!
話逸 れてる。ついでに愚痴 ってもうた。
えーと、なんやっけ。そうそう、怜司 兄さんの経済 状態 や。
ぜったい金持ち。せやし、金のために霊振会 に雇 われるという話は、めっちゃ嘘 っぽい。ぜったいに嘘 。
もう。なんでそんなんやねん、怜司 兄さん。素直 になれ!
未 だに、おとん狙 いで、神様コース突 き進 んでいると、素直 に認 めろ。
ええやん別に。それの何が悪いの。
振 られたけど、それでもまだまだ忘 れられへん。今でも好 きやって、それでもええやん。なにがあかんの。
亨 ちゃん、そういうの、分かるけどな。気持ち分かるけど。
だってもし、アキちゃんに振 られても、そんなすぐには忘 れられへん。
もしも相手がまだ、この世のどこかに生きていて、まだちょっとでも自分に見込 みありそうやったら、諦 めきれへん。
格好良 くはないけども、でもずっと、待っているかも。
アキちゃんがまた、俺んとこに戻 ってきてくれる。やっぱりお前が好きやって、言うてくれるかもしれへんて期待して、ずっと未練 で待ち続けるわ。
そういうの、想像 つくしな。そういう奴 が居 ったかて、変やとは思わへんよ。
ええ話よ。大恋愛 やないか?
せやけど。ちょっとアレやな。気まずいな。
ほんなら信太 って、怜司 兄さんにとって、何やったん?
……ツナギ?
ひとりで居 ると寂 しいし、誰 でもええわ、食うとこかっていう、そういう相手の、ひとり?
ちょっと摘 みたいときに、摘 んでみた、中華 風味のおやつ?
「金か……確 かにお前、金遣 いが荒 いもんなあ。せいぜい、いい仕事して、大崎 先生にいっぱい払 ってもらえ。それで満足できるか、やってみろ。お前の暁彦 様が、なんて言うかな!」
ぷんぷん怒 って、信太 は拗 ねてた。
朧 が可愛 げないのが、イラつくらしかった。
夫婦喧嘩 せんといてくれませんか……。
そういうふうにしか見えへん、売り言葉に買い言葉やで。信太 と、怜司 兄さん。
ガツン言われて、怜司 兄さん、内心ピクピク来たみたいやったけど、平然 を装 っていた。
でも、辛抱 できへんのが、丸わかり。
煙草 吸 おうっとって、一本出してる指が、わなわなしてたもん。相当キてたで。
「そうやな。仕事しよっと」
可能 な限 り、信太 のほうから顔を背 けて、怜司 兄さんは気持ちを切 り替 え中やった。
全身から、虎 なんか無視 しよう光線 が出ていた。
居 らん居 らん、虎 なんか居 らん。
そんな自己暗示 をかけてるっぽい。
「先生、歌比 べすんねん。ただの収録 なんやけどな、どうせやったら皆 で楽しめたほうがええしって大崎 先生が言うから、カラオケ大会やねん。先生も歌、歌うか?」
猛烈 な猫 なで声 で、怜司 兄さんはアキちゃんに声かけた。
まだ脚立 の上に居 ったんやで、うちのツレ。足下 でくり広げられる、各種の醜 い痴話 喧嘩 に、恐 れをなしてるような新婚 ほやほやの顔で、ひいいってなっていた。
必要以上に優 しいような手で、自分の脚 を掴 んできた朧 様にも、若干 ひいいってなってた。
巻 き込 まれたくないよな。他人の痴話 喧嘩 にはな。
「いっしょに歌、歌おうか、先生。好きな歌ある? なんでも歌えるよ、俺は。暁彦 様は俺の声が好きやって言うてたわ。先生も、好き? 可愛 いなあ先生は、ほんまに可愛 い」
可愛 いなあって、アキちゃんの脚 にすりすりしている朧 様は、うっとり来てるみたいやったけど、どう見てもそれは演技 やった。
当てつけとしか思えへんかった。
俺も妬 けるというより、あんぐり来てた。
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