623 / 928

26-49 トオル

 兄さん、着替(きが)えるついでに、時計(とけい)も変えたやろ。  時計(とけい)着替(きが)える人なんや。  それが昨日(きのう)はカルティエで、今日(きょう)はタグ・ホイヤーなんや。  最初に見た時はロレックスやったで。  腕時計(うでどけい)何個(なんこ)持ってんのや怜司(れいじ)兄さん。  そんなに沢山(たくさん)時計(とけい)って()るか?  アキちゃんやあるまいし……一()あれば足りるやろ!  着てるモンかて贅沢(ぜいたく)やしな。  だいたい金持ってる男というのは、(くつ)見ればわかる。ええ(くつ)はいてる男は金持ってるわ。  昔から言うやん。「足下(あしもと)を見る」って。  ()(もの)見たら、そいつの懐具合(ふところぐあい)がわかるという、昔々の商人の知恵(ちえ)やで。  その観点(かんてん)から言っても、怜司(れいじ)兄さんは金には(こま)ってへん。なんなら今すぐ、ケツのポケットから見えてる長財布(ながさいふ)(うば)って中身見たろか?  せえへんけどな。そんなんせえへんけどもや。  こいつもアレや。現金(げんきん)よりも、魔法(まほう)のカード使うタイプの男やで。  だって財布(さいふ)(うす)いもん。  いくら金持ちや言うたかて、財布(さいふ)福沢(ふくざわ)さんたちが、うんうん(せま)いようって(うな)ってるような状態(じょうたい)は、お洒落(しゃれ)やないですからね。  財布(さいふ)なんてアクセサリーのうちやから。  金でパンパンに太ってたら見栄(みば)え悪いよね。  悪いんやで、アキちゃん。意識(いしき)してへんのやろけど。バイ・ナウ(りょく)はゆんゆん()れてて、お店の人にはモテるやろけど、そんなんはスマートやないんやで!  いっぺん怜司(れいじ)兄さんに指摘(してき)してもらえ!  話()れてる。ついでに愚痴(ぐち)ってもうた。  えーと、なんやっけ。そうそう、怜司(れいじ)兄さんの経済(けいざい)状態(じょうたい)や。  ぜったい金持ち。せやし、金のために霊振会(れいしんかい)(やと)われるという話は、めっちゃ(うそ)っぽい。ぜったいに(うそ)。  もう。なんでそんなんやねん、怜司(れいじ)兄さん。素直(すなお)になれ!  (いま)だに、おとん(ねら)いで、神様コース()(すす)んでいると、素直(すなお)(みと)めろ。  ええやん別に。それの何が悪いの。  ()られたけど、それでもまだまだ(わす)れられへん。今でも()きやって、それでもええやん。なにがあかんの。  (とおる)ちゃん、そういうの、分かるけどな。気持ち分かるけど。  だってもし、アキちゃんに()られても、そんなすぐには(わす)れられへん。  もしも相手がまだ、この世のどこかに生きていて、まだちょっとでも自分に見込(みこ)みありそうやったら、(あきら)めきれへん。  格好良(かっこよ)くはないけども、でもずっと、待っているかも。  アキちゃんがまた、俺んとこに(もど)ってきてくれる。やっぱりお前が好きやって、言うてくれるかもしれへんて期待して、ずっと未練(みれん)で待ち続けるわ。  そういうの、想像(そうぞう)つくしな。そういう(やつ)()ったかて、変やとは思わへんよ。  ええ話よ。大恋愛(だいれんあい)やないか?  せやけど。ちょっとアレやな。気まずいな。  ほんなら信太(しんた)って、怜司(れいじ)兄さんにとって、何やったん?  ……ツナギ?  ひとりで()ると(さび)しいし、(だれ)でもええわ、食うとこかっていう、そういう相手の、ひとり?  ちょっと()みたいときに、()んでみた、中華(ちゅうか)風味のおやつ? 「金か……(たし)かにお前、金遣(かねづか)いが(あら)いもんなあ。せいぜい、いい仕事して、大崎(おおさき)先生にいっぱい(はら)ってもらえ。それで満足できるか、やってみろ。お前の暁彦(あきひこ)様が、なんて言うかな!」  ぷんぷん(おこ)って、信太(しんた)()ねてた。  (おぼろ)可愛(かわい)げないのが、イラつくらしかった。  夫婦喧嘩(ふうふげんか)せんといてくれませんか……。  そういうふうにしか見えへん、売り言葉に買い言葉やで。信太(しんた)と、怜司(れいじ)兄さん。  ガツン言われて、怜司(れいじ)兄さん、内心ピクピク来たみたいやったけど、平然(へいぜん)(よそお)っていた。  でも、辛抱(しんぼう)できへんのが、丸わかり。  煙草(たばこ)()おうっとって、一本出してる指が、わなわなしてたもん。相当キてたで。 「そうやな。仕事しよっと」  可能(かのう)(かぎ)り、信太(しんた)のほうから顔を(そむ)けて、怜司(れいじ)兄さんは気持ちを()()え中やった。  全身から、(とら)なんか無視(むし)しよう光線(こうせん)が出ていた。  ()らん()らん、(とら)なんか()らん。  そんな自己暗示(じこあんじ)をかけてるっぽい。 「先生、歌(くら)べすんねん。ただの収録(しゅうろく)なんやけどな、どうせやったら(みな)で楽しめたほうがええしって大崎(おおさき)先生が言うから、カラオケ大会やねん。先生も歌、歌うか?」  猛烈(もうれつ)(ねこ)なで(ごえ)で、怜司(れいじ)兄さんはアキちゃんに声かけた。  まだ脚立(きゃたつ)の上に()ったんやで、うちのツレ。足下(あしもと)でくり広げられる、各種の(みにく)痴話(ちわ)喧嘩(けんか)に、(おそ)れをなしてるような新婚(しんこん)ほやほやの顔で、ひいいってなっていた。  必要以上に(やさ)しいような手で、自分の(あし)(つか)んできた(おぼろ)様にも、若干(じゃっかん)ひいいってなってた。  ()()まれたくないよな。他人の痴話(ちわ)喧嘩(げんか)にはな。 「いっしょに歌、歌おうか、先生。好きな歌ある? なんでも歌えるよ、俺は。暁彦(あきひこ)様は俺の声が好きやって言うてたわ。先生も、好き? 可愛(かわい)いなあ先生は、ほんまに可愛(かわい)い」  可愛(かわい)いなあって、アキちゃんの(あし)にすりすりしている(おぼろ)様は、うっとり来てるみたいやったけど、どう見てもそれは演技(えんぎ)やった。  当てつけとしか思えへんかった。  俺も()けるというより、あんぐり来てた。

ともだちにシェアしよう!