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26-50 トオル

 怜司(れいじ)兄さんて、普段(ふだん)めっちゃキツいけど、そういう時には、可愛(かわい)可愛(かわい)いなの?  デレっとしてんの?  俺、なんか……見たらあかんもん見たような気がする。  (おぼろ)様、おとん大明神(だいみょうじん)とデキとった時、どんな人やったん?  デレッデレ? デレッデレですか?  それは。そう。たとえば、(とら)といちゃついてる時の、寛太(かんた)みたいに。  そう思うと、なんか(こわ)くて、俺はむすっと立っている、信太(しんた)を見つめた。 「おとんがダメなら息子(むすこ)でええんか。お前ほんまに無節操(むせっそう)やな」  しょんぼりそう言う、信太(しんた)はちょっと(くや)しそうやった。  でも、(おぼろ)はそれを聞いてなかった。  聞いてないように見えた。でも、ほんまは聞こえてたんかもしれへん。  引いてるアキちゃんにちょっかいかけつつ、ふふんと笑った、怜司(れいじ)兄さんの微笑(びしょう)は、邪悪(じゃあく)に見えた。なんかすごく、信太(しんた)(にく)そうやった。 「無節操(むせっそう)はお前やろ。なんやねん、寛太(かんた)。年々、俺にそっくりになってくるわ。気色悪(きしょくわる)。あれ、なんでなん? お前がそうしろ言うてんのか? ほんで、お前好みの体位で相手させてんの? 勘弁(かんべん)しろややで。肖像権(しょうぞうけん)侵害(しんがい)や」  (おぼろ)様の言葉には、びしびし冷たい(どく)があった。  信太(しんた)はそれに、ますますしょんぼりとしていた。 「知らん。いつのまにか、ああいう見た目になってたんや。俺がやらせとう(わけ)やない。お前もあいつの親代わりやったんやから、それに()たっておかしないやろ……」 「そらそうや。小虎(ことら)になるよりマシやで」  ふんって笑って、怜司(れいじ)兄さん、もう行くみたいやった。  ここに()るのが、(いや)んなったらしい。 「先生。俺はあっちに()るしな、後でちゃんと来てな。(さび)しいから。顔見せに来て……」  にっこり婉然(えんぜん)微笑(ほほえ)み、(おぼろ)はアキちゃんの太ももナデナデしてやって、そう口説(くど)いてから、ふらっと()った。  颯爽(さっそう)とした足取りの(うし)姿(すがた)綺麗(きれい)やったけど、刺々(とげとげ)しかった。  怒ってんのか、冷たく人を(こば)むようで、それでもなんや、(さび)しそうやった。本人がそう、言うてるように。  (たし)かにあの人、(さび)しいんやろう。ずっと一人(ひとり)で待ってんのが。  俺も(さび)しい。アキちゃんと出会うまで、ずっと(さび)しかった。  それを(まぎ)らわしてくれる(だれ)かが()しくて、いろんな男を(むさぼ)ったけど、それでも全然、()やされへんかった。  アキちゃんでないとあかん。そういう部分が俺の(たましい)にはあって、いつも泣いてた。  アキちゃん(こい)しい、アキちゃん(こい)しい。  まだ(だれ)かも分からんかった、運命の相手を(さが)して、泣いてる部分が俺にはあった。  怜司(れいじ)兄さんにもある。  でも、その欠乏(けつぼう)()めてやれんのは、ひとりだけなんやろ。  代打(あいだ)はあらへん。代わりの(だれ)かと()()うても、その(さび)しさは()まらへんのや。  何をしようが、(さび)しいままで、(さび)しい(さび)しいと(なげ)く、いつも満たされないままの(おぼろ)(りゅう)(むさぼ)られるほうは、もっと(さび)しかったやろか。  信太(しんた)は強いタイガーで、弱音は()かへん主義(しゅぎ)らしいけど、それでも(さび)しい夜はあったやろ。  そんな夜に、お前の心はかっさらわれたんか。()()なく可愛(かわい)い、赤く()えてる雛鳥(ひなどり)に。  好きや好きやって、愛してる目で見つめてくれる、俺の(いと)しい不死鳥(ふしちょう)に、すっかり(まい)ってもうたんか。  でもそれは、やっぱり、ただの身代(みが)わりやないんか。  (ほど)けきらない赤い糸が、今でもまだ、お前の(うし)(がみ)を引いている。  そういうふうに、俺には見えるんやけどなあ。 「すみません、先生。お見苦(みぐる)しくて。こういうのなあ、怜司(れいじ)と俺は、日常茶飯事(にちじょうさはんじ)やねん。でも一日だけやから、目を(つぶ)ってください」  信太(しんた)殊勝(しゅしょう)に、アキちゃんに()びていた。  ご主人様やしな、醜態(しゅうたい)(さら)してゴメンナサイやで。  せやけどアキちゃん、怒ってはいなかった。ただもう(こま)ったみたいな、しょんぼり顔やった。  どないしていいか、わからへんよな。この(はげ)しく(もつ)()った相関図(そうかんず)を。 「どこも色々あるなあ」  テレビか芝居(しばい)でも()てたみたいに、藤堂(とうどう)さんが突然(とつぜん)ぽつりと言うた。  信太(しんた)はそれに、あははと快活(かいかつ)に笑った。 「支配人(しはいにん)さんとこよりマシですよ」  ほんまにそうか信太(しんた)。  藤堂(とうどう)さんとこ(よめ)(こわ)いだけやで。グーで(なぐ)ってくるだけの話や。  お前のほうが、よっぽど悲惨(ひさん)なオーラ出てたで。 「先生、さっきはああ言うたけど、やっぱり寛太(かんた)が心配やねん。ちょっと(さが)してきてもいいですか。しばらく席(はず)しますけど、すぐ(もど)りますから」 「かまへん。なんやったら、俺が蔦子(つたこ)さんと一緒(いっしょ)にいよか。そしたらお前も寛太(かんた)と、一緒(いっしょ)()れるんやろ」  気まずそうに強請(ねだ)信太(しんた)に、アキちゃんはまた、気を(つか)ってやっていた。  信太(しんた)のこと、(きら)いやったはずやのにな。  よっぽど()(どく)やと思うたんか。同情(どうじょう)してもうたんか、(とら)に。  アキちゃん、()はイイ子やねん。 「(やさ)しいご主人様やなあ、本間(ほんま)先生は」

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