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26-53 トオル

 パーティー会場には、手を()くためのウェットタオルも、ふんだんに用意されていたけど、アキちゃん案外(あんがい)神経質(しんけいしつ)やねん。  流水(りゅうすい)で手を(あら)わへんかったら、綺麗(きれい)になった気がせえへんのやって。  どんだけ(みそ)ぐねん。おしぼりの力を信じろ。  せやけど、しゃあない。水道が好きやて言うんやからさ。  (めし)はいったんお(あず)けで、俺とアキちゃんは、仲良(なかよ)くお手々つないだまま、ロビーの(はし)までうろうろ行ったよ。  そしてそこで、心なしか顔青い小夜子(さよこ)さんと、(ひげ)師匠(ししょう)にまた行き合うた。  小夜子(さよこ)さんはもう、シャンパンのグラスは持ってなかった。  悪酔(わるよ)いでもしてもうたんやろか。(かす)かに眉間(みけん)(しわ)()った、しんどそうな顔で、小夜子(さよこ)さんはロビーの壁際(かべぎわ)()()っていた。  新開(しんかい)師匠(ししょう)はその横で、心配げに立っていたけど、どないしてええかわからんというような、戸惑(とまど)い顔で()(だま)っていた。 「どないしたんですか、師範(しはん)」  アキちゃんは、(こま)り顔の師匠(ししょう)のほうに、先に声をかけていた。  小夜子(さよこ)さんはその声で、こっちに気付いたんか、ぼうっと立ったまま、じっと暗い目で俺らのほうを見た。  たぶん、がっちり指からめてる、俺とアキちゃんの手を。 「なんやねん本間(ほんま)……。大の男が手(つな)いだりして」  やんわり(たしな)めるように、新開(しんかい)師匠(ししょう)はアキちゃんにツッコミいれてきた。  それでやっと気がついたんか、アキちゃんは気まずく()れた顔で、俺の手から自分の指を()()っていた。 「人多いし、はぐれへんようにです」  そんな(うそ)でも、いくらか気まずさが(まぎ)れるやろうと、アキちゃんは思うたんかな。  まるで()(わけ)みたいに、言うていた。  師匠(ししょう)やのうて、小夜子(さよこ)さんに。  小夜子(さよこ)さんが、あんまりじいっと、俺とアキちゃんの手を、見ていたからやった。 「本間(ほんま)君……さっきね、私、気がついたんやけど」  ぼんやりした、心が(ちゅう)()いてるような声で、小夜子(さよこ)さんが唐突(とうとつ)に言うた。 「さっき、お庭のほうで、本間(ほんま)君たちと話してた、白い服の人、いらしたでしょう。金髪(きんぱつ)の。すごく綺麗(きれい)な人。あの人……神父様(しんぷさま)やない? 六甲(ろっこう)教会の。(たし)か、ええと……神楽(かぐら)神父様? それとも、(わたし)の、見間違(みまちが)いかしら」  きっと見間違(みまちが)いやろうと、小夜子(さよこ)さんはそんなニュアンスで、アキちゃんに強く問いただしていた。今にも卒倒(そっとう)しそうな顔色で。 「あの人、(わたし)、前にもここで見たわ。ホテルの支配人(しはいにん)さんと、玄関(げんかん)で話してるとこ、見たような気がする。その時は、気がつかなかったの。どこかで知ってる人やわあと思ったけど、まさかと思って。だって神父様が、こんなとこにいるわけないものね?」  そうやろか。神父がホテルにおったらおかしいか?  そんなことはない。(もち)大司教(だいしきょう)かて、ここには来たんや。  神父かて旅行先ではホテル()まるで。  教会の任務(にんむ)には、出張(しゅっちょう)かてあるし、聖職者(せいしょくしゃ)にも休暇(きゅうか)はあるらしいんやから。  おかしいのは、そこやないんやろ。小夜子(さよこ)さん。  あんたが言いたいのは、そこやないんや。  神楽(かぐら)藤堂(とうどう)さんが、なんか、ええ雰囲気(ふんいき)やったことやろ。  なんとはなしに、いちゃつき気味なところや。  たしかにおかしい。そんなん、ありえへん。  俺の藤堂(とうどう)さんが神父に()れるやなんて!  でも、そこでもないよな。小夜子(さよこ)さん的には。  あいつらが、どっちも野郎(やろう)なことやろ。  神楽(かぐら)が神父で、(はるか)ちゃんやなく、あんな面(ツラ)でも、あるもんはちゃんとある、(よう)ちゃんなことや。  なんで野郎(やろう)同志(どうし)でデキてんのやと、小夜子(さよこ)さんは言いたいんやろ。  そんなん普通(ふつう)やで。  やつらはそういう嗜好(しこう)やねん。  (よう)ちゃん、もともと、小悪魔(こあくま)(けい)やったんやもん。  悪魔(サタン)()かれて、毎日曜日にミサで会う、年上の男の子を誘惑(ゆうわく)していた、そんなどうしようもない餓鬼(がき)やったんや。  それがそのまま大人(おとな)になってて、藤堂(とうどう)さんと背後位(バック)でやってる。それが何か、おかしいか。  順当(じゅんとう)に成長しただけのことやんか。  小夜子(さよこ)さんかて、旦那(だんな)とやるやろ。  俺かてするわ、アキちゃんと。  だって、愛しあってんのやもん。我慢(がまん)できへん。  手かて(つな)ぐし、他んところも(つな)ぐで。  (よう)ちゃんかて、そうや。  淫行(いんこう)しちゃうよ。  長年、禁欲(きんよく)していただけに、(きん)(やぶ)った、その()さに、今やすっかり()みつきや。  藤堂(とうどう)さんたら、()ずかしげもなく、神父と住んでるあの部屋(へや)の、黒いベッドで組んずほぐれつ、毎日やってる言うてたわ。  でもな、それが何? 何があかんの?  あいつら夫婦(ふうふ)や。結婚(けっこん)してる。  出だしから、いきなり山あり谷ありみたいに見えるけど、それでも永遠(えいえん)(きずな)(ちか)()った(なか)や。  小夜子(さよこ)さんと、(ひげ)とおんなじ。人生の、伴侶(はんりょ)やねんで。  せやのに小夜子(さよこ)さんは一体、何に(こま)ってんのや。 「神楽(かぐら)さん、もう、神父さんやないです」  アキちゃんの返事は、ちょっとズレてた。  神父がここに来るわけないという、小夜子(さよこ)さんの話を、そのまま受けた返事みたいやった。 「そうなの?」

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