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26-54 トオル

 小夜子(さよこ)さんは、長身のアキちゃんを見上げて、きっと(わか)(ころ)には、もっとお姫様(ひめさま)みたいやったんやろなあという、可愛(かわい)い顔を、まだ青ざめさせていた。 「教会()めたんです。正確(せいかく)には、まだみたいやけど。今回の仕事かぎりで、()めるらしいです。そんな話、してました。結婚式(けっこんしき)してくれた夜に」 「結婚式(けっこんしき)って、どなたの?」  小夜子(さよこ)さんは、(けが)れない深窓(しんそう)のお姫様(ひめさま)みたいやった。  小夜子(さよこ)(ひめ)は、初めて付き合うた、初恋(はつこい)の男と結婚(けっこん)したんやで。  キリスト教徒やった。  今時、奇跡(きせき)かと思うけど、小夜子(さよこ)さんは結婚(けっこん)して、旦那(だんな)初夜(しょや)(むか)えるまで、ほんまもんのバージンやった。  したらあかんのやもの、淫行(いんこう)は。  (ひげ)師匠(ししょう)としか、したことない。  剣道(けんどう)の試合を()にいって、そこで強くて格好(かっこ)よかった、初見(しょけん)の男に一目惚(ひとめぼ)れ。  それがどんな家の(やつ)かも全然知らんと、まっしぐらに乙女(おとめ)チックな(こい)をして、白亜(はくあ)の教会でウェディングベル。  神と天使に祝福(しゅくふく)されて、子供(こども)(ころ)から(あこが)れやった、純白(じゅんぱく)花嫁(はなよめ)さんに。  そして新開(しんかい)道場、当時は宮本(みやもと)道場やった、剣豪(けんごう)の家の(つま)に、晴れがましく(おさ)まったんや。  せやけど、その旦那(だんな)は、ほんまに普通(ふつう)の男やったろうか。霊振会(れいしんかい)のメンバーやのに?  新開(しんかい)師匠(ししょう)は、ますます心苦(こころぐる)しそうな顔をしていた。 「(だれ)のでもええやないか、小夜子(さよこ)」  (たしな)める声で、また言うてる師匠(ししょう)の目は、()かりなく、アキちゃんの手にある指輪を見ていた。  結婚(けっこん)指輪やで。プラチナにしてん。(おぼ)えてるやろ?  その指輪はアキちゃんの左手の薬指(くすりゆび)に、今もある。  俺のにもある。おソロやねん。  結婚(けっこん)指輪なんやから、それは当たり前やな。  俺もアキちゃんも、どっちも男ということを別にすれば、(いた)って普通(ふつう)や。  でも小夜子(さよこ)さん、この世の終わりを見ちゃったみたいな顔で、俺とアキちゃんの指を、見比(みくら)べていた。 「結婚(けっこん)したの? 本間(ほんま)君。いつの間にしたの。(わたし)、そんなん、聞いてないわあ……」  小夜子(さよこ)さんは、ちょっと悲しそうに、そう言うた。 「すみません。(きゅう)やったから。(わけ)あって(いそ)いでたんです。神楽(かぐら)さんが()かすし。それに時間もないもんで。()べなくてすみません」  ()んだら来たんかな、小夜子(さよこ)さん。  結婚(けっこん)おめでとう言うてくれた?  (だれ)かに立ち会わせるような結婚式(けっこんしき)かよ、アキちゃん。  俺そんなの全く想像(そうぞう)だにしてへんかったわ。  一ミリも思いつかへんかったし、列席(れっせき)させたいような、身内(みうち)や知り合いもおらへん。  ()いて言うなら藤堂(とうどう)さんか。  でもあの人も、(もち)を車で送っていかなあかんかったしな。  第一、あてつけがましいやろ。前の男の見てる前で、(ちか)います(アイ・ドゥ)言うのは、いかにもあてつけみたいやんか。  俺はそんなん、したくないんや。アキちゃんと二人(ふたり)っきりがええねん。  神楽(かぐら)邪魔(じゃま)やけど、しゃあないやん。司祭(しさい)やねんから。  あいつが儀式(ぎしき)を取り仕切る神官(しんかん)やねんから。  ほんま言うたら神式(しんしき)のほうが、よかったんかもしれへんけどな。  なんせアキちゃんの祖先神(そせんしん)である、月読命(つくよみのみこと)(ちか)った婚姻(こんいん)や。  それは一応(いちおう)、日本では、神道(しんとう)の神様なんやしな。  でもまあ、ええやん。月が見ていた。  それに(ちか)った結びつきを、月読(つくよみ)は見ていたやろう。  それでええねん。月はなにも、文句(もんく)言わへん。神やから。  そこに愛があれば、文句(もんく)はないやろ。  ()して可愛(かわい)秋津(あきつ)末代(まつだい)、かつて命をくれてやった血筋(ちすじ)末裔(まつえい)が、これで幸せやて言うてんのやから。  月は上機嫌(じょうきげん)やった。俺にはそう見えた。 「(だれ)としたの?」  ()かんでええのに、小夜子(さよこ)さんは()いた。  俺はアキちゃん、適当(てきとう)誤魔化(ごまか)すのかなあと思うてた。  そんな話、すると思うてへんかったんやもん。 「(とおる)とです」 「(とおる)ちゃんて……女の子やったの?」  (ちち)あんの。ド貧乳(ひんにゅう)か? みたいな目で、小夜子(さよこ)さんは俺の(むね)らへんを、ちらちら(まど)う目で(ぬす)()していた。  いいや。(ちち)なんかないよ。男やで。()ごか?  そう言う(わけ)にもいかず、俺は(だま)っといた。  アキちゃんが(いや)やと思うような事を、口走りたくなくてさ。  でもアキちゃん、自分でさらっと口走ってたわ。 「いいや。男です。それやと駄目(だめ)ですか。神楽(かぐら)さんも、ほんまは教会でしんどかったんです。ここでは一応(いちおう)幸せみたいやし、小夜子(さよこ)さん、あの人の知り合いなんやったら、よかったなあと思ってあげてください。何やったら、後で挨拶(あいさつ)でも。おめでとうの一言だけでもええんやけど。……無理ですか」  無理っぽいけど。  真顔(まがお)のアキちゃんに見下ろされて、小夜子(さよこ)(ひめ)は、今から首でも()られるみたいな顔してた。  あたかも断頭台(だんとうだい)につれていかれるマリー・アントワネットや。  その、うっすら開いた(くちびる)が、なんと言うてええやらという表情(ひょうじょう)を、()かべていた。

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