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26-56 トオル

 むすっと反省(はんせい)した声で、アキちゃんはうつむき、師匠(ししょう)に詫(わ)びてた。  ある意味こうなることは、覚悟(かくご)の上で言うてたんちゃうか。  アキちゃんは、小夜子(さよこ)さんのことは好きみたいやったけど、でも一言、言うてやりたかったんやろ。  なんでそんなん言うたん。アホちゃうかやで、ほんまに……。  どないすんねんな、師匠(ししょう)の嫁(よめ)を泣かせて。  なんでお前はそんな意味のないことをするんや。  そんなん言うたらあかんて、いくらなんでも分かってるはずや。いくらアキちゃんが、ノー・デリカシーでもな。一応(いちおう)、常識(じょうしき)はあるんやで、俺のツレ。  あんぐりしている俺の横で、アキちゃん、いたって真面目(まじめ)な面(ツラ)やった。  思(おも)い詰(つ)めてるような、真剣(しんけん)な横顔やった。 「師範(しはん)、子供(こども)できへんと幸せになられへんのですか。別にええやん。小夜子(さよこ)さんとは、仲(なか)ええんやし、俺にはずっと、憧(あこが)れのご夫婦(ふうふ)でしたけど。お互(たが)い好きで、一生ずっと一緒(いっしょ)に居(お)ろうというだけの話でしょ。結婚(けっこん)てそういうもんでしょ。師範(しはん)は幸せやないんですか。小夜子(さよこ)さんが居(お)っても、子供(こども)無しやと、不幸(ふしあわ)せなんですか」  そんなこと訊(き)くなやで、アキちゃんも。  剣道(けんどう)の師匠(ししょう)なんやから。  居合(いあ)いは教えても、人生相談には乗らんのやから。  そんなん髭(ひげ)のプライバシーやろ。  とっととお手々洗(あら)って去ろか。そうしよか。なんか変やでお前。 「不幸(ふしあわ)せなことないよ。幸せやで。何を言うねんお前はほんまに」  嫁(よめ)の背中(せなか)をよしよししながら、髭(ひげ)はあっさり答えていた。 「ほんならええやないですか。別に相手が男でも。鬼(おに)でも蛇(へび)でも悪魔(サタン)でも。誰(だれ)にも迷惑(めいわく)かけてないですよ。俺は亨(とおる)とずっと一緒(いっしょ)に居(お)りたいんです」  駄々(だだ)こねてんのかお前は。  髭(ひげ)師匠(ししょう)にそんなことほざいてるアキちゃんに、俺はぎょっとしていた。  ちょっと待てアキちゃん、いきなり何言うとんねん。お前そんなキャラやったか? 「ええやないですかって、誰(だれ)もあかんて言うてへんやろ。俺は別になんも言うてへんやん。小夜子(さよこ)が言うとっただけやん」  ぼやくみたいに、髭(ひげ)はツッコミ入れていた。  アキちゃんはそれと目は合わせず、まだゴネてるような返事をした。 「夫婦(ふうふ)やから同意見(どういけん)かと思って……」 「同意見(どういけん)やないよ。うちほど意見の合わへん夫婦(ふうふ)もないで? 俺は今日(きょう)は、和装(わそう)で来ようかなと思うたんや。曲がりなりにも神事(しんじ)やねんしな。和装(わそう)がええやろ? せやのに小夜子(さよこ)がどうしてもこのドレス着る言うて、聞かんもんやから、なんでかスーツや。スーツしか荷物に入れてへんて言うんやで。そんなん無茶苦茶(むちゃくちゃ)やないか。入れといてくれて頼(たの)んどいたし、入ってる思うやないか。せやのに入ってへんのやで、どないなっとんのや……」  案外(あんがい)、強引(ごういん)なんやな、小夜子(さよこ)姫(ひめ)。  夫の頼(たの)みを無視(むし)してまで、あくまでスーツか。  確(たし)かに、ふわふわ系(けい)ドレスの女をエスコートする旦那(だんな)が、紋付(もんつ)き袴(はかま)やったら変やもんな。スーツのほうが合うてるわ。  せやけど髭(ひげ)にはたぶん、和装(わそう)のほうが似合(にあ)うてたで。  しかしそんなん無視(むし)ざます。小夜子(さよこ)ワールドに合わせてもらうから。  それでいいわよね浩一(こういち)さんと、そういうわけやな、小夜子(さよこ)さん。 「俺なんか普段着(ふだんぎ)ですよ」  普段着(ふだんぎ)のアキちゃんは偉(えら)そうやった。  言うとくけど俺も普段着(ふだんぎ)や。  気がついたらジーンズはいてるわ。ヤバいかこれ。ヤバいんちゃうか。  みんな正装(せいそう)か? 少なくともお洒落着(しゃれぎ)か?  でも、しゃあないやん。水煙(すいえん)が、着るものなんか何でもええって言うてたんやもん。  ていうか、あいつなんか裸(はだか)やで。全裸(ぜんら)やないか!  あいつ興味(きょうみ)ないんや、服に。  芸術(げいじゅつ)にも興味(きょうみ)ないけど、服にもないんや。  せやし気付いてなかっただけやないか。実はええ服着てこなあかんということに。  なんで俺らだけ普段着(ふだんぎ)やねん。パーティーやのに!  考えてみれば、ごっつ変やで。  そういや藤堂(とうどう)さんかてパーティー仕様(しよう)やったで。  遥(よう)ちゃんは何なんかわからへん。ヴァチカン仕様(しよう)やったけど。  怜司(れいじ)兄(にい)さんもええ服着てた気がするわ。  あの人いつも、ええ服着てるから、訳(わけ)わからんのやもん。  朝飯屋(あさめしや)のジョージさえ、綺麗(きれい)な服着とったような気がするわ。  なんやねん、あいつ、綺麗(きれい)な服着とったら美しいやないか。  たかが人間の小説オタクのくせに、俺より美しい格好(かっこう)で藤堂(とうどう)さんとキスすんな! むかつくんじゃ!!  うっわ実は俺ら、めちゃめちゃ浮(う)いてたんやないんか。空気読めてない。  ドレスコード完全無視(むし)や。  重要なのはそこや。藤堂(とうどう)さんとキスの件(けん)やないで。 「なんでそんな服やねん、本間(ほんま)……お前、祭主(さいしゅ)なんやろ? 斎服(さいふく)着てこなあかんやないか」 「なんですかそれ。斎服(さいふく)って」  神社で神主(かんぬし)が着てるやつやないか、アキちゃん。  平安時代の男が着てるような服やで。  そんなんも知らんのか。  そういう俺も知らんかったんやけどな。

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