631 / 928

26-57 トオル

 ほんまにジュニアはもの知らん。(だれ)か教えてやってえな。  今日(きょう)のドレスコードどないなってんの。  全裸(ぜんら)宇宙人(うちゅうじん)、服なんでもええって言うてたけど、あかんみたいやで!  教えて(だれ)か、アキちゃん斎服(さいふく)なんか持ってへん。着たこともない。どないして着るのかも知らんのやって! やばいよう! 「なんですかって…………お前。秋津(あきつ)跡取(あとと)りなんやろ?」  (ひげ)(こま)ってた。  うわあ、どないしよ。こいつアホな子やって、(あわ)れむみたいな(あわ)てた目して、(うそ)やろみたいにアキちゃんを見ていた。 「秋津(あきつ)跡取(あとと)りですけど、でも斎服(さいふく)なんていうもんは着たことないです。どこで買うかも知りません。ぼんくらなんです俺は。親がなんも教えへんかったのもあるけど、自分も興味(きょうみ)なかったんです。うちの家業(かぎょう)のことは」 「知らんのか」  (あせ)ったみたいに()いただす(ひげ)の話に、アキちゃん堂々(どうどう)(うなず)いていた。 「知りません」  男らしくきっぱり断言(だんげん)する弟子(でし)に、師匠(ししょう)本格的(ほんかくてき)(あわ)ててきたみたいやった。 「知らんて……どないすんねんなお前! 祝詞(のりと)とか、どないすんねん。もう、今日(きょう)明日(あす)のことやで? 神事(しんじ)なんやで?」 「祝詞(のりと)!」  感心(かんしん)したように、アキちゃんは、ビシッと反復(はんぷく)した。  あまりにも無茶(むちゃ)すぎる話に、感心(かんしん)したらしかった。  いきなり祝詞(のりと)上げろ言われてもなあ。(みな)はやれるか?  ただのスピーチとちゃうねんで。祝詞(のりと)やで?  しかもアドリブでやで。何の準備(じゅんび)もしてへんねんから。  できるわけない。  俺のツレも、そう確信(かくしん)したらしかった。 「祝詞(のりと)なんかできませんよ。そんなんできるわけないでしょう。俺は神主(かんぬし)とちゃうんやから。ただの美大生(びだいせい)なんですよ?」 「ただの美大生(びだいせい)ってお前……」  (ひげ)(よめ)()いたまま、あわあわしていた。 「のんきに結婚(けっこん)なんかしとる場合か! そんなん神事(しんじ)無事(ぶじ)完遂(かんすい)してからの話やろ。(ほか)にもっとやることあったやろ、本間(ほんま)ぁ!」  がなる(ひげ)に、アキちゃんは、一本とられたという顔やった。 「そうかもしれません」  でももう、がっつり時間を無駄(むだ)にした後やから。  今さら言うても意味ないしな。  言われても(こま)るわな、アキちゃん。  昨夜(ゆうべ)かて、水煙(すいえん)とエッチしとる場合やなかったんやないか。  一夜漬(いちやづ)けで祝詞(のりと)トレーニングとか、しとかなあかんかったんやないんか。  服かてどないすんねんな。  アキちゃん普通(ふつう)に黒の綿(めん)パンやで。:袴はかま)じゃないです。どう見ても(はかま)じゃない。  どこにでも()るような現代(げんだい)()やから。  神主(かんぬし)ルックやないねんから!  普通(ふつう)にこれからカラオケとか、ラウンド・ワンいってボーリングでもしよかみたいな、そんな格好(かっこう)なんやで。  大学の帰りに(ごう)コン行こかみたいな、その程度(ていど)やで。  そんなん行ったら半殺(はんごろ)しやけどな。 「親はどないしたんや、お前のおかんは!」  因縁(いんねん)ありありの秋津(あきつ)登与(とよ)を、あの女どこ行ったんやと(さが)す目で、(ひげ)師匠(ししょう)はまるで、アキちゃんのおかんがそこらへんに()るもんみたいに、(あた)りを見回していた。 「うちのおかんはブラジル行ってます。いつ帰ってくんのか分かりません」  じとっと暗い声で、アキちゃんは若干(じゃっかん)、ぼそっと教えた。  師匠(ししょう)はびっくりしたようやった。 「息子(むすこ)ほったらかして、なにブラジルなんか行っとんのや、お前のおかんは!」 「知りませんよ、そんなん。俺が()きたいわ!」  怒鳴(どな)るみたいな銅鑼声(どらごえ)(ひげ)に向かって、アキちゃんさっそく(ぎゃく)ギレしていた。  さすがはキレやすい現代(げんだい)()や。  平成(へいせい)の子は気が短い。相手が目上(めうえ)でも関係ないから。てめえの師匠(ししょう)でも平気で怒鳴(どな)り返せるから。  (その)先生なんか、ゴミっかすみたいなもんやから。ゴミ箱の横におちてるクシャクシャのティッシュみたいなもんやから。  (ひげ)師匠(ししょう)はそれよかちょっとマシなだけ。  (かた)どおりの礼儀(れいぎ)()くすけど、それかてただのポーズやから。内心(ないしん)では対等(タメ)なんや。  アキちゃんお前ちょっと失礼(しつれい)すぎやで。(かり)にも(けん)師匠(ししょう)に向かってな、その口のきき方はどうかしら。(あま)えるにもほどがある。  せやけど(ひげ)は、そんなアキちゃんが可愛(かわい)いらしい。  (ひげ)の年ならアキちゃんくらいの息子(むすこ)がおっても、変やない。  ましてこのオッサン、アキちゃんが小学生のころから知っていて、期待をかけてた。  将来(しょうらい)有望な、可愛(かわい)弟子(でし)やった。  そんなん、実の子がおらんオヤジにとっては、自分の息子(むすこ)みたいなもんや。  ()(まま)で、()()れしいのも、好印象(こういんしょう)のうち。  よしよし、お(とう)ちゃんが(きた)えてやるからな、覚悟(かくご)しとけよみたいな、そんなドツキ合い師弟愛(していあい)やないか。  アキちゃんのパパ第何号? もう知らんわ。 「ほんまにわからへんのです、師範(しはん)。俺はほったらかされてんのです。おかんが今どこに()るかも、実はよう分かりません。連絡(れんらく)のとりようがないんです、俺には。もう一人前(いちにんまえ)やし、ひとりで頑張(がんば)れ言うことやないでしょうか」

ともだちにシェアしよう!