633 / 928

26-59 トオル

 自慢(じまん)げに言う大崎(おおさき)(しげる)(そば)(ひか)えて、(きつね)糸目(いとめ)で笑っていた。 「えっ……ちょっと、待って……秋尾(あきお)さん? ここで着んの? ここでは、ちょっと……」  すたすた服持って()ってくる(きつね)から、アキちゃんはじりじり()げていた。  でも、背後(はいご)はトイレで(かべ)やし、(ひげ)小夜子(さよこ)(ひめ)もいてるし、()()があんまりあらへんかってん。  水干(すいかん)姿(すがた)の和顔美少年が、ひょいひょいっと近寄(ちかよ)ってきて、片方(かたほう)の手でアキちゃんの、現代服を着ている(うで)()れた。  そして、もう片方(かたほう)(うで)には、アキちゃんのおとんのお下がりやという、黒い平安服(へいあんふく)が。  そう思えた次の瞬間(しゅんかん)には、どろんと(あま)(にお)いのする(けむり)が、もわっと()()て、アキちゃんは(きつね)に化かされていた。  ただし化けたんは、アキちゃんのほうやで。  一瞬(いっしゅん)やったわ。ほんまに一分もかからへん。三秒くらいやったんやないか。  もわもわ立ちこめた(けむり)から、ケホケホ言いつつ出てきたアキちゃんは、すっかり時代コスやった。  時代祭(じだいまつり)とか、葵祭(あおいまつり)で、こんな人、見たことあるわ。  黒い平安貴族(きぞく)衣装着(いしょうきせ)て、馬乗ってるオッチャンとか。  祇園(ぎおん)祭の時にも、おったで。八坂(やさか)神社の神職(しんしょく)の人。  でもみんな、オッチャンやった。(わか)(やつ)が着てんの、俺は初めて見たな。  アホみたいかと思ったら。アキちゃん。……けっこう似合(にあ)うやん。  ええ!? いいかも? イケてるかも? 平安コスプレ。  いいかもこれ、俺けっこう好きかもしれへん。  いやあん、アキちゃん、今度いっとく? 平安プレイいっとく?  どないしよ、俺ちょっと()()えかもよ!  なんつって、俺が目をキラキラさせていると、なんでか知らん、つい今まで暗く泣いていたはずの、小夜子(さよこ)(ひめ)まで、まだ(なみだ)()んだでっかい目を、キラキラさせていた。 「本間(ほんま)君……宝塚(たからづか)の人みたい」  鼻声で、うっとり言われ、アキちゃんは、ギャアアアってなってた。  自分の姿(すがた)を見てもうたんや。平安コスの自分に絶叫(ぜっきょう)。 「寸法(すんぽう)ぴったりでしたわ、先生」  にこにこ言うてる水干(すいかん)少年の(うで)には、つい今までアキちゃんが着ていたはずの、現代(げんだい)()服がかけられていた。  いったいどんな魔法(まほう)で、アキちゃんを着替(きが)えさせたんや、秋尾(あきお)。  それ、(たの)むし、後で教えて?  そんな(わざ)が使えたら、俺とアキちゃんとの楽しい毎日が、もっと楽しくなれると思うのよ。  むろん楽しいのんは、俺だけかもしれへんけどな。 「ついでや。(へび)着替(きが)えさせとけ」  じろっと(するど)い目で俺を見て、大崎(おおさき)先生は(きつね)に命じていた。  えっ。俺?  なんでも着るよ! 「なに着せときましょ?」 「従者(じゅうしゃ)や。狩衣(かりぎぬ)でいい」  秋尾(あきお)四次元(よじげん)ポケットには、なんでも入ってるらしい。  はぁいと答えた(きつね)は、ぼかんぼかんと、(あわ)白煙(はくえん)とともに、俺に着せてくれる用の服を、どこかの位相(いそう)から取り出してきたらしい。  真っ白の狩衣(かりぎぬ)に、秋津(あきつ)蜻蛉(とんぼ)(もん)が入ってて、(すそ)(すそ)が(くく)ってある(たけ)短めの(はかま)は、青灰色(せいかいしょく)で、三角形をずらずら(なら)べた、いわゆる(うろこ)文様(もんよう)ってやつやった。  まあ、いうなればこれも、平安朝(へいあんちょう)(へび)さんルックやで。  うわあ。大変身(だいへんしん)。  どんなもんかなと思って、俺はぴょんぴょん()ねてみた。  案外(あんがい)普通(ふつう)よ。動きやすいよ。 「(かみ)()短いから、(かんむり)ずれてきますね」 「まっ、ええわ。形だけやし、今だけやから。馬子(まご)にも衣装(いしょう)や」  (しげる)ちゃん、とりあえずこの平安コスで満足してくれたっぽかった。  うむうむ、て顔してた。  そんな(じじい)とは(ぎゃく)に、小夜子(さよこ)さんは、もうヘロヘロみたいな、(こま)った顔をしていた。 「(わたし)夢見(ゆめみ)てんのかしら。それとも、ものすごく()っぱらっちゃってるのかしら。シャンパン飲みすぎたかしらね、浩一(こういち)さん……」  口元を()さえて、小夜子(さよこ)さんは旦那(だんな)(かた)()りかかっていた。  変なモン見ちゃった。きっと(ゆめ)よみたいなノリやった。  (ゆめ)かもしれへん。ある意味な。  怜司(れいじ)兄さん、そう言うてたやん。  ここは半分、(ゆめ)みたいな位相(いそう)やねん。術法(じゅつほう)発動(はつどう)しやすい異世界(いせかい)や。  小夜子(さよこ)さんみたいな一般人(パンピー)にとっては、普通(ふつう)やったら目を()ましたままでは、来ることのないような時空(じくう)やで。  悪い(ゆめ)やと、思っとくほうがいい。 「なんや、どっかで見たようなと思うたら、宮本(みやもと)道場の(せがれ)か」  平安コスの(しげる)ちゃんは、やっと今気付いたように、新開(しんかい)師匠(ししょう)に声をかけていた。  (ひげ)の道場、おかんに魑魅魍魎(ちみもうりょう)を差し向けられて(つぶ)れる前には、宮本(みやもと)道場いう名前やった。  ずうっとその名前やったんや。京都にあった時にはな。  (ひげ)はちょっと恐縮(きょうしゅく)したように、大崎(おおさき)(しげる)会釈(えしゃく)していた。  そやけど、あんまり、(いじ)られたくないみたいやった。  小夜子(さよこ)(ひめ)()っこしていて、()ずかしいからか。  いいや。そうやない。(ひげ)には秘密(ひみつ)があったんや。 「知らん()に、お前も(おっ)きゅうなったなあ。それが(よめ)か。跡取(あとと)りはできたか」  ノー・デリカシー、その二やな。

ともだちにシェアしよう!