634 / 928
26-60 トオル
どうも秋津 家の屋根 の下で育った奴 らには、デリカシーが欠如 しがちや。
そんなん、いきなり訊 くなやで。また小夜子 姫 、泣 かなあかんやないか。
せっかく俺とアキちゃんの麗 しい平安コス見て、ちょっと元気出てたのに。
でももう小夜子 さんは泣きはせえへんかった。アキちゃんので耐性 ついてたんか、身構 えたように首をすくめはしたけども、旦那 の側で押 し黙 っていた。
「いいや、まだです。先生」
まだやと、髭 は言うてた。まるで、まだまだこれから可能性 はあるみたいな口振 りや。
やっぱ欲 しいもんかな、餓鬼 というのは。
俺はどうでもええけどな。
ちびっこいのには興味 ないし、居 ってもうるさいだけちゃうか。
でも髭 は、本音を 言うたら欲 しいんかもしれへん。
子供 がというよりな、道場 の、後をとってくれる息子 がな。
アキちゃんも、もしかして、そういう面はあるのかなと、俺はふっと嫌 な予感がしてた。
でも、頑張 って、知らん顔しといた。
だってそんなん、悩 んでもしゃあないやん。
これからな、生きるか死ぬかの瀬戸際 やていう時に、そんなしょうもないこと、いちいち悩 んでられへん。
ワニに噛 みつかれて死にそうなってる時に、俺は将来 、癌 で死ぬんちゃうかって、心配するやつおらんやろ。
してもしゃあない。
そんなん、ワニをやっつけてからの話や。
「そうか……。なかなかなぁ、難 しいやろな。普通 の女やとなあ。お前もそこそこ、血が濃 いからなあ」
うんうんと、深く納得 したふうに、大崎 茂 は言うていた。
「雷電 は、どない言うてる。跡取 りないまま、お前が死んだら、どないするつもりや、あの神剣 は」
雷電 いうのは、髭 が道場 の神棚 に祀 っていた、古い刀 やろ。
茂 ちゃんは、まるでその日本刀に、口きくことがあるようなふうに、話していた。
口きくことも、あるんかもしれへん。
だって太刀 である水煙 が、喋 んのやしな。他の太刀 かて喋 るかもしれへんやん。
それが神の宿 る、御神刀 なんやったらな。
「わかりません。話してないので」
「なんでや。ちゃんと話つけとかなあかんで。こんなことは言いとうないけどな、今回の神事 では、死人も出んのやで。それがお前でないとは限 らんやろう。身辺整理 はきちんとしておけ」
「はい……そうですね。しかし当座 、雷電 を託 せるような相手先もないので、そういう場合は、霊振会 でお預 かりください」
俯 きがちに、ぼそぼそ言うてる髭 は、どうも覇気 がなかった。
小夜子 さんの目が、気になるらしかった。
あんた何言うてんのみたいな、問いつめる目で、小夜子 さんは旦那 を見ていた。
「そういうことになるやろな。見込 みのある弟子 も、ひとりもおらんのか?」
「居 るといえば、居 りますが、本間 ですから」
ちらりとアキちゃんを見て、髭 は言いにくそうに答えた。
その目は、知ってる目やった。アキちゃんが、この神事 の終わりに、死ぬかもしれへん身の上やということを。
俺はそれを、むっとして見た。
この髭 。こいつはそれを、いつから知っていたんやろう。
何を思って、アキちゃんを鍛 えてたんや。
まさか、最後は死ぬと知った上で、アキちゃんを鍛 えていたんか。
もしもそうやったら、こいつも、もう殺さなあかんリストの上位に急浮上 やで。
なんやねんそれは。髭 。
そんなん知ってたんやったらな、もっと早 う言え。
もっと早 うに知ってたら、アキちゃん拉致 って、トンズラこかせる暇 もあったのに!
「そうか……」
不思議 な光のある目で、伏 し目 に床 を見下ろして、大崎 茂 は沈鬱 やった。
「明日 をも知れんという点では、誰 も彼 も五十歩百歩やなあ。儂 にも跡取 りはおらんのや。子供 はじゃんじゃん産ませたんやけどな、皆 、あかんかったわ。どうも儂 の目は、一代 限 りのポッと出やなあ。遺伝 しいひん」
それがいかにも無念 というふうに、大崎 茂 は悔 やんでいた。
「祖父 は、先生のことを、取 り替 え子やないかと言うてたそうです。この世の人やないんやないかと」
ぼそぼそ教える髭 に、大崎 茂 は、ふっふっふと、自嘲 したような笑い方をした。
「そうやったらええんやけどな。神か鬼 か物 の怪 の子であるほうが、ただの人よりなんぼかましやで」
それは神人(かむびと)やからや。
大崎 茂 は、神人(かむびと)になりたかったんや。
小さい餓鬼 の頃 からな。
そりゃそうやろう、秋津 ファミリーに囲 まれて育ち、一般人 から見たら、充分 にスーパーな神通力 があんのに、お前はヘタレやなあ、只人 やって、馬鹿 にされてきてんのやしな。
俺かてやったると思いたいやろな。
しかし大崎 茂 が神仙 の世界から来た子か、それは微妙 なとこや。取 り替 え子なぁ。たまにはある話やけども。
ともだちにシェアしよう!