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26-60 トオル

 どうも秋津(あきつ)家の屋根(やね)の下で育った(やつ)らには、デリカシーが欠如(けつじょ)しがちや。  そんなん、いきなり()くなやで。また小夜子(さよこ)(ひめ)()かなあかんやないか。  せっかく俺とアキちゃんの(うるわ)しい平安コス見て、ちょっと元気出てたのに。  でももう小夜子(さよこ)さんは泣きはせえへんかった。アキちゃんので耐性(たいせい)ついてたんか、身構(みがま)えたように首をすくめはしたけども、旦那(だんな)の側で()(だま)っていた。 「いいや、まだです。先生」  まだやと、(ひげ)は言うてた。まるで、まだまだこれから可能性(かのうせい)はあるみたいな口振(くちぶ)りや。  やっぱ()しいもんかな、餓鬼(がき)というのは。  俺はどうでもええけどな。  ちびっこいのには興味(きょうみ)ないし、()ってもうるさいだけちゃうか。  でも(ひげ)は、本音を(ほんね)言うたら()しいんかもしれへん。  子供(こども)がというよりな、道場(どうじょう)の、後をとってくれる息子(むすこ)がな。  アキちゃんも、もしかして、そういう面はあるのかなと、俺はふっと(いや)な予感がしてた。  でも、頑張(がんば)って、知らん顔しといた。  だってそんなん、(なや)んでもしゃあないやん。  これからな、生きるか死ぬかの瀬戸際(せとぎわ)やていう時に、そんなしょうもないこと、いちいち(なや)んでられへん。  ワニに()みつかれて死にそうなってる時に、俺は将来(しょうらい)(がん)で死ぬんちゃうかって、心配するやつおらんやろ。  してもしゃあない。  そんなん、ワニをやっつけてからの話や。 「そうか……。なかなかなぁ、(むずか)しいやろな。普通(ふつう)の女やとなあ。お前もそこそこ、血が()いからなあ」  うんうんと、深く納得(なっとく)したふうに、大崎(おおさき)(しげる)は言うていた。 「雷電(らいでん)は、どない言うてる。跡取(あとと)りないまま、お前が死んだら、どないするつもりや、あの神剣(しんけん)は」  雷電(らいでん)いうのは、(ひげ)道場(どうじょう)神棚(かみだな)(まつ)っていた、古い(かたな)やろ。  (しげる)ちゃんは、まるでその日本刀に、口きくことがあるようなふうに、話していた。  口きくことも、あるんかもしれへん。  だって太刀(たち)である水煙(すいえん)が、(しゃべ)んのやしな。他の太刀(たち)かて(しゃべ)るかもしれへんやん。  それが神の宿(やど)る、御神刀(ごしんとう)なんやったらな。 「わかりません。話してないので」 「なんでや。ちゃんと話つけとかなあかんで。こんなことは言いとうないけどな、今回の神事(しんじ)では、死人も出んのやで。それがお前でないとは(かぎ)らんやろう。身辺整理(しんぺんせいり)はきちんとしておけ」 「はい……そうですね。しかし当座(とうざ)雷電(らいでん)(たく)せるような相手先もないので、そういう場合は、霊振会(れいしんかい)でお(あず)かりください」  (うつむ)きがちに、ぼそぼそ言うてる(ひげ)は、どうも覇気(はき)がなかった。  小夜子(さよこ)さんの目が、気になるらしかった。  あんた何言うてんのみたいな、問いつめる目で、小夜子(さよこ)さんは旦那(だんな)を見ていた。 「そういうことになるやろな。見込(みこ)みのある弟子(でし)も、ひとりもおらんのか?」 「()るといえば、()りますが、本間(ほんま)ですから」  ちらりとアキちゃんを見て、(ひげ)は言いにくそうに答えた。  その目は、知ってる目やった。アキちゃんが、この神事(しんじ)の終わりに、死ぬかもしれへん身の上やということを。  俺はそれを、むっとして見た。  この(ひげ)。こいつはそれを、いつから知っていたんやろう。  何を思って、アキちゃんを(きた)えてたんや。  まさか、最後は死ぬと知った上で、アキちゃんを(きた)えていたんか。  もしもそうやったら、こいつも、もう殺さなあかんリストの上位に急浮上(きゅうふじょう)やで。  なんやねんそれは。(ひげ)。  そんなん知ってたんやったらな、もっと(はよ)う言え。  もっと(はよ)うに知ってたら、アキちゃん拉致(らち)って、トンズラこかせる(ひま)もあったのに! 「そうか……」  不思議(ふしぎ)な光のある目で、()()(ゆか)を見下ろして、大崎(おおさき)(しげる)沈鬱(ちんうつ)やった。 「明日(あす)をも知れんという点では、(だれ)(かれ)も五十歩百歩やなあ。(わし)にも跡取(あとと)りはおらんのや。子供(こども)はじゃんじゃん産ませたんやけどな、(みな)、あかんかったわ。どうも(わし)の目は、一代(いちだい)(かぎ)りのポッと出やなあ。遺伝(いでん)しいひん」  それがいかにも無念(むねん)というふうに、大崎(おおさき)(しげる)()やんでいた。 「祖父(そふ)は、先生のことを、()()え子やないかと言うてたそうです。この世の人やないんやないかと」  ぼそぼそ教える(ひげ)に、大崎(おおさき)(しげる)は、ふっふっふと、自嘲(じちょう)したような笑い方をした。 「そうやったらええんやけどな。神か(おに)(もの)()の子であるほうが、ただの人よりなんぼかましやで」  それは神人(かむびと)やからや。  大崎(おおさき)(しげる)は、神人(かむびと)になりたかったんや。  小さい餓鬼(がき)(ころ)からな。  そりゃそうやろう、秋津(あきつ)ファミリーに(かこ)まれて育ち、一般人(パンピー)から見たら、充分(じゅうぶん)にスーパーな神通力(じんつうりき)があんのに、お前はヘタレやなあ、只人(ただびと)やって、馬鹿(ばか)にされてきてんのやしな。  俺かてやったると思いたいやろな。  しかし大崎(おおさき)(しげる)神仙(しんせん)の世界から来た子か、それは微妙(びみょう)なとこや。()()え子なぁ。たまにはある話やけども。

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