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26-61 トオル

 世界中に、そういう伝説はある。  妖精(ようせい)やとか、妖怪(ようかい)やとか、あるいは(おに)とか神とかが、悪さすんのか、なにか目的があんのか知らん、とにかくな、おかんの(はら)ん中にいる人間の子供(こども)を、異界(いかい)の血を()む別の子と、()()えてまうんや。  そうして生まれ出てきた子は、異形(いぎょう)の子で、ただの人の子にはない特別な力を、持ち合わせている。  それが(せい)(じゃ)かは、その時々やろけどな。  とにかく、そうして、異界(いかい)血筋(ちすじ)は、こっそり人知れず、人界に流入(りゅうにゅう)してるわけやな。  (みな)もどうかわからんで。ほんまに人間なんかどうか。  なんか変やと思うんやったら、もののためしに、おかんに()いてみ。  うち、ほんまに人間なんやろかって。  そしたら、おかんが急に(こわ)い顔して、とうとうあんたに話す時が来たって、()()れの(おく)からなんか、とんでもないもん出してきはるかもしれへんで。  そうなりゃ(おれ)らの仲間やな。出町(でまち)の家まで会いに来て。(とおる)ちゃんが、カレー(くら)わしてやるから。  なぁんてな、まあまあ、それは冗談(じょうだん)。  そんな(やつ)は、滅多(めった)におらへん。  たとえ通力(つうりき)があって、それが(なみ)はずれていても、人は人やで。  人間にかて、強い通力(つうりき)のある(やつ)はおるんや。  大崎(おおさき)(しげる)がどっちのほうか、結局わからん。  まだまだ人間やめてない。変な(じい)さんやけど、でもまだ、人のうち。  伏見稲荷(ふしみいなり)(きつね)と通じた、人間の(げき)や。 「秋津(あきつ)(ぼん)よ。儀式(ぎしき)祝詞(のりと)は、(わし)()わってやるさかい、よう見とけ。お前に次はないやろけどな、それでも秋津(あきつ)(あと)を取る覚悟(かくご)なんやろ。本来それがどういうもんやったか、()く前に、しっかり見ておけ。ほんまやったらお前の親父(おやじ)が、ちゃあんと生きてて、やらなあかん仕事やったんやしな」  くどくど言うて、大崎(おおさき)(しげる)はちょっと、元気なかった。  いつも元気ハツラツの(しげる)ちゃんやのに、なんとはなしに、(かたむ)いていた。 「ほんまになあ。何をやってんのやろなあ、アキちゃんは。肝心(かんじん)の時に親がおらんなんて、お前も可哀想(かわいそう)な子やで」  しみじみと、そうアキちゃんを(あわ)れんで、大崎(おおさき)(しげる)は小さく首を()っていた。  まるでアキちゃんの通夜(つや)みたいやった。 「登与(とよ)(ひめ)はな、お前を(げき)にはしとうなかったんや。したらお前も、アキちゃんのように、お国のためや、三都(さんと)守護(しゅご)(しょく)やからというて、大義(たいぎ)のために死なねばならんようになるんやないかと、登与(とよ)(ひめ)(おそ)れてた。ぼんくらのままでええから、普通(ふつう)の子として、長生きしてもらいたいと願っていたんや。それが母心(ははごころ)というやつやろな」  ここに、秋津(あきつ)のおかんが()らんのをええことに、ヘタレの(しげる)は勝手に暴露(ばくろ)していた。  ええんかな、その話。勝手にバラして、おかん(おこ)ってけえへんか。  ていうか、そんな育児ネタ、おかんは大崎(おおさき)先生に話してたんや。  そら、しゃあないわな。母ひとり子ひとりや。  たとえあの、(おに)より(こわ)い、えげつない秋津(あきつ)のおかんでも、おかんはおかんや。  ひとりでは育児に(なや)むことはある。  蔦子(つたこ)(ねえ)ちゃんに相談したかて、しょせんは女同士やろ。おとんの意見が()しいときはあるわ。  せやのに、お(にい)ちゃんは()(かく)れして、おるんやらどうやら、少なくとも登与(とよ)ちゃんの前には姿(すがた)(あらわ)さんかった。育児放棄(ほうき)や。  せやし、ヘタレの(しげる)にでも、相談するしかないわな。  秋津(あきつ)には(ほか)に、血の近い親戚(しんせき)の男もおらんらしいから。  それにさ、遠くの親戚(しんせき)より近くの他人や。  大崎(おおさき)(しげる)は何の血のつながりもないものの、一緒(いっしょ)に育ったファミリーの一員やったんや。  おかんや、蔦子(つたこ)おばちゃまや、そして、おとん大明神(だいみょうじん)にとってもな。  大崎(おおさき)(しげる)は、実質(じっしつ)秋津(あきつ)の男やった。  当主として家を(ささ)えたのは、秋津(あきつ)登与(とよ)やったやろけど、それを(かげ)から(ささ)えてたんは、大崎(おおさき)(しげる)やったわけ。  せやしや、この(じい)さんも、ある意味アキちゃんにとっては、ほんまのおとんみたいなもんやで。 「せやけどなあ、ぼんくらの(ぼん)よ。お前もつらいやろけどな、アキちゃん()ったら、お前に()げろとは言うまい。()()の幸せも大事やろけど、それでも秋津(あきつ)の男には、命がけでも守らなあかん名誉(めいよ)があるわ。一命(いちめい)()して守らなあかん、(たみ)がおるんや。そうとは知らん、薄情(はくじょう)領民(りょうみん)どもやけどな、(だれ)もそれを知らんでも、お前は三都(さんと)巫覡(ふげき)の王や。大勢(おおぜい)救って死ぬんや。犬死にではない。そこから()げたらあかんのや」  そんなええ話、平安コスしてないときに言えばええのに。  大崎(おおさき)(しげる)、がっつり()うてるみたいやった。  自分の話にやないで。蔦子(つたこ)さんに飲まされた冷酒(れいしゅ)にや。  アキちゃん、感動したいけど、どうしても平安コスが気になって、気が散ってしゃあないらしかった。  目が泳いでた。  熱く語る大崎(おおさき)先生に、なんて言うたらええやろって、そんな(こま)り顔を必死で(かく)してた。  でも、ヘタレの(しげる)、すでにもう自分一人(ひとり)の世界に入ってもうてて、アキちゃんの相づちがないのを、全然気にもとめてない。

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