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26-62 トオル

 会社の(えら)い人とか政治家(せいじか)のオッサンて、ほぼ(ひと)(ごと)で二時間くらい熱く語り続けられたりするけども、大崎(おおさき)(しげる)はその手合(てあ)いやで。  だって世界企業(きぎょう)の会長さんなんやもん。  (みな)の家にも、(さが)すまでもなく一つや二つ、大崎(おおさき)先生の会社の商品がごろごろしてるような、(ちょう)メジャー企業(きぎょう)の会長なんやで。  そんな、世間的(せけんてき)には大成功してる男が、なんでか強い劣等感(れっとうかん)(むね)に持ってて、くよくよ泣いてた。アキちゃんアキちゃん言うて。 「しかしアキちゃんも因果(いんが)ななあ。せっかく跡取(あとと)(のこ)していったのに、その子まで人身御供(ひとみごくう)か。結局、本家(ほんけ)の血は()えてまうのか。無念(むねん)やろうなあ。死にとうないのに、お(いえ)のためやで、()えがたきを()えたのに。可哀想(かわいそう)やったなあ」  そんなん言うて、大崎(おおさき)先生、めそめそ泣くねん。  なんで泣いてんのん、(しげる)。  あんたアキちゃんのおとんのこと、大嫌(だいきら)いやったんとちゃうの。  俺も若干(じゃっかん)ドン引きやった。 「先生、()うてはります。べっろんべろんです。お(つた)様に浴びるほど飲まされてきはって、たぶんもう記憶(きおく)が無いです」  (わき)(ひか)えた(きつね)が、ふさふさ尻尾(しっぽ)をふりふりしつつ、糸目(いとめ)で笑って可愛(かわい)く言うてた。  なんや秋尾(あきお)は、(うれ)しそうやった。  何がって、たぶん大崎(おおさき)(しげる)泥酔(でいすい)してんのが(うれ)しいんやろ。  (じい)さん、意地(いじ)()りで頑固(がんこ)やし、素直(すなお)やないからな。べろんべろんに()うて、理性(りせい)ぶっとぶくらいでないと、ほんまのこと言われへんみたいよ。 「俺もう、ほんまにな、ほんまのこと言うと、(いや)やったんやで。命がけで戦ったかてな、勝てっこないやろ。負ける(いくさ)やったやないか。それをなんやねん。特攻(とっこう)やないか。そんなんに行ってもらいとうなかったわ。戦争なんかな、あほらし。俺は商人の子やさかい、心根(こころね)(いや)しいんかもしれへんけどな、死んでもどないもこないもならんもんやったのに、アキちゃん死んでもしゃあないやんか。生きといたらよかったのにな。そしたら絵描(えか)きになれたやろうに」  くよくよ言うて、大崎(おおさき)(しげる)()れた酔眼(すいがん)で、(うら)めしそうにアキちゃんを見た。 「お前のこともな、なんとか生きながらえさせる手だてはないもんかと、これでも手は()くしたんやで。しかし無理やった。これがお前の運命(うんめい)や。……堪忍(かんにん)してくれ。堪忍(かんにん)やで、(ぼん)。俺はほんまに、登与(とよ)(ひめ)に合わせる顔がない」  黒い(そで)で、(なみだ)()いてる(じい)さんに、アキちゃんはさっきまでとは別の意味で、なんて答えていいか、わからんようになったらしかった。  なんや、(じじい)も、アキちゃん助ける方法はないか、考えてくれてたんや。  でも、あかんかったんや。  別に(みんな)も、アキちゃん死ぬけど他人事(たにんごと)やし、まあええかって思ってた(わけ)やないんや。  そう思うてた(やつ)らも()るやろ。世間(せけん)はそこまで温かくはない。  俺にはそれは身に()みている。世間(せけん)てお寒いところやで。  せやけどアキちゃんにも味方(みかた)はいたんや。  この子が死ぬのを、ただ手をこまねいて待っていたわけではない人らは、この世の中にいた。  そのことが俺には、何でか知らん、大きな力に思えた。  ()くなと(いの)る声が、(おそ)るべき冥界(めいかい)の神の手を、力ずくでねじ()せる一瞬(いっしゅん)が、ないとは(かぎ)らん。  そこに起死回生(きしかいせい)(さく)が、ないとも(かぎ)らんのや。  今は針穴(はりあな)の先から()すような、一縷(いちる)の望みでも、俺にとっては熱い、希望の光やってん。  それはまだ漠然(ばくぜん)と、胸騒(むなさわ)ぎのように感じられるだけの、(あわ)い予感やったんやけどな。  アキちゃんを救う、手だてはあるんやないやろか。  少なくとも俺が、それを(あきら)めへん(かぎ)りは。  俺は()いた相手に、幸運を(さず)ける(へび)で、もとは淡水(たんすい)君臨(くんりん)した神やった。  水と大地と豊穣(ほうじょう)(つかさど)る、身の内に命の(みなもと)を持った神様で、歴史に残る名を(さず)けられていたこともある。  かつてはエアと。そして南米では、ケツァルコアトルと、あるいはククルカンという名で、深く信仰(しんこう)されていた。  俺はその、残り火のような欠片(かけら)。  せやけど、この身の内のどこかに、往事(おうじ)の力は残ってへんのやろうか。  ほんのひとかけらでもいい。アキちゃん救って、それきり力を使い果たし、ただの、もの言わん(へび)(もど)ってまうような、その程度(ていど)でもええねん。  それでアキちゃんが、助かるんやったらな。  だけど、そうなってもアキちゃんは、生き残った後の永遠(えいえん)の時を、俺とふたりで生きていってくれるやろか。  生きていってくれと願って、かまへんのやろか。  俺はそれが、心配やねん。 「先生、もう言うこと言えましたやろか。けっこう()うてはりますよ。あっちで休みはったらどうやろ。(おぼろ)ちゃんがな、歌うたうんやって言うてたし。先生の好きな歌、うとてもろたらどないですやろ。(なつ)かしいなあ。昔の祇園(ぎおん)の、夜みたいに」  よしよしって、小さい子でもあやすみたいに、(きつね)(しげる)()をなでて、もう行こうかって、(さそ)うていた。  大崎(おおさき)(しげる)は無念らしかった。  会えば(にく)いことしか言わん(じじい)やったけど、この人なりにアキちゃんは、可愛(かわい)かったんやろか。

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