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26-63 トオル

(おぼろ)可哀想(かわいそう)やなあ。アキちゃん(こい)しいやろうになあ。あいつもほんまに……可哀想(かわいそう)な神や」  しみじみと、(あわ)れむ声で言うて、大崎(おおさき)(しげる)(はな)をすすった。  ティッシュ無いか、(だれ)か。ティッシュ。  おじい、(はな)出てきてるし。  さすが(きつね)は用意がええわ。  めっちゃ平安コスな水干(すいかん)(ふところ)から、携帯(けいたい)用の鼻セレブ出してきたわ。  さすがや大崎(おおさき)(しげる)。ティッシュがセレブ用や。  (じい)さんそれで、(きつね)(はな)かんでもろてた。  幼児(ようじ)かあんたは……。(はな)ぐらい自分でかめよ。(なさ)けない。 「あのなあ、秋津(あきつ)(ぼん)。今度は(おぼろ)も連れていってやり。あいつは、お前のおとんに()てられた神や。お前じゃ代わりにならんけど、それでも顔はよう()てる。その服着てたら、まるでアキちゃんみたいや。そんなお前の死出(しで)露払(つゆはら)いやったら、あいつもいくらか、(なぐさ)められるやろ。一緒(いっしょ)に来て、お前も歌を()いてやれ。アキちゃんが昔、そうやったように」  ()れた(そで)で、大崎(おおさき)(しげる)はおいでおいでと、アキちゃんを()んだ。  なんや、これ、平安コスやなかったんや。  おとんコスや。  おとんの遺品(いひん)なんやもんな、この平安服(へいあんふく)。  厳密(げんみつ)に言えば、平安服(へいあんふく)(ちが)う。秋津(あきつ)家の(げき)の、正装(せいそう)なんやしな。  (おぼろ)も昔を思い出すやろ。  あいつの(いと)しい暁彦(あきひこ)様が、お屋敷(やしき)(えら)殿様(とのさま)で、本家の(わか)当主(とうしゅ)として、生きて頑張(がんば)っていた(ころ)のことを。  行くんか、アキちゃん。おとんの代打(だいだ)に。  せっかく俺とふたりきりやったのに、それでも行くか。  行かなしゃあないんかなあ。ヘタレの(しげる)、泣いてるし。  秋尾(あきお)も、すんませんけど、よろしく(たの)むという、(こま)り顔して笑ってる。  ここに残って、すげえ深刻(しんこく)な顔になってる小夜子(さよこ)さんと、また話すんも(いや)やし。怜司(れいじ)兄さんとこ行こか。  俺はあの人、(きら)いやないよ。なんや気も合いそうやしさ。  ええよ別に、アキちゃんが、行ってやろかなと思えるんやったら。  ちらっと、あの人にも、このアホみたいな平安コスプレ、見せてやったら。  兄さん、バカ受けかもしれへんで。げらげら笑って、大喜びしはるかも。  それとも裏目(うらめ)に出てまうやろか。  もしそうなったらヤバいけど、俺らのせいやない。  (すべ)(しげる)がやったことです。  ヘタレの(しげる)が悪いんや。ヤバそうやったら、俺と二人(ふたり)で、とんずらこいたらええやんか。  兄さん、後で顔見せろって(たの)んでたやん。(さび)しいんやって。  あれは信太(しんた)()られた(はら)いせの、あてつけをしてやるために、アキちゃんに()びてみせただけなんやろけど、あれが案外(あんがい)、あの人の、本音(ほんね)とちゃうか。  怜司(れいじ)兄さん、(うれ)しそうやもん。  アキちゃんが、(あま)えたの餓鬼(がき)みたく、べったり(たよ)った声色(こわいろ)で話すと、可愛(かわい)いなあ先生って、こそばゆいみたいな顔してる。  秋津(あきつ)(ぼん)は、おとんにそっくり。可愛(かわい)可愛(かわい)い。  ツンツン冷たいふりをしてもな、どうせそれが、本音(ほんね)やねん。 「なんやねん、せっかく、アキちゃんとふたりっきりで(めし)食おうと思うてたのにぃ」  俺は歩き出しつつ、秋尾(あきお)にブチブチ言うてやった。  (きつね)は、あっさり和風ダシ風味(ふうみ)の美少年顔で、すんませんと恐縮(きょうしゅく)()みやった。 「まあまあ、(とおる)ちゃん。後でちゃんと、()()わせするさかい」  レトロ眼鏡(めがね)のリーマン男の時と、何ら変わらん口調で言うて、秋尾(あきお)大股(おおまた)で、大崎(おおさき)(しげる)においてかれへんように、ぴょんぴょん元気よく小走りで()(したが)っていた。  ふわふわ()れてる狐色(きつねいろ)のしっぽが、どうにも気持ちよさそうで、見てると無性(ぶしょう)に、ぎゅうって(にぎ)りたくなる。  でもたぶん、そんなんしたらあかんのやろな。尻尾(しっぽ)(つか)んだらあかん。  失礼や。でも(つか)みたい。  そんな葛藤(かっとう)と戦いつつ、俺はどさくさにまぎれてアキちゃんと腕組(うでぐみ)んで、()っぱらいのヘタレの(しげる)先導(せんどう)されて、大宴会場(だいえんかいじょう)へと(もど)っていった。  気付くとそこには、(あわ)夕暮(ゆうぐ)れの気配(けはい)がした。  気の早い篝火(かがりび)()かれ、その火に幻惑(げんわく)されたような、でかい(ちょう)()のようなもんが、ひらひら()()んでいた。  ようく見れば、それがただの虫やのうて、めっちゃ小さい人の形をしたもんが、羽(はね)を()やして飛んでんのやった。  ここは異界(いかい)や。文句(もんく)なしに。  あの(ちょう)()も、(だれ)かの(したが)える式(しき)なんやろう。  (だれ)もその異様(いよう)に、目を向けてへんかった。  少なくとも、霊振会(れいしんかい)に名を(つら)ねる、巫覡(ふげき)の連中はな。  一般人(いっぱんじん)は、そうはいかへん。  (みな)、一様に度肝(どぎも)()かれ、これは(ゆめ)やという、忘我(ぼうが)の顔つきやった。  運のいい連中(れんちゅう)や。  ほんまやったら今夜も、普通(ふつう)神戸(こうべ)の街にいて、普通(ふつう)の一日を終え、自分の家で(ねむ)りにつくはずやった人間どもや。  そして明日(あした)(なまず)様が目覚め、この街の大地を(はげ)しく()るがすのに遭遇(そうぐう)した。  このうちの何人かは、その大災害(だいさいがい)で、死ぬことになっていたかもしれへん。  しかしこの、霊振会(れいしんかい)総力(そうりょく)をあげて()った結界(けっかい)の中にいれば、安全や。

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