640 / 928
26-66 トオル
タラシの本間 が本腰 あげたら、そらモテるやろ。
怖 い話や。やめといて。
ずうっとシラフでいて。照 れ屋 で不器用 なアキちゃんのままでええねん。俺にはそれでも、モテてんのやから。
けど、もしかするとアキちゃんのおとんは、ずうっと本性 出てたんかもな。そのほうが秋津 の覡 としては、普通 やったんかもしれへん。
神様ホイホイ作動中。そんな怖 い吸引 ビームに、うっかり捕 まってもうて、未 だに脱出 できてへん、そんな神さんもいてる。
怜司 兄さんはアキちゃんを、ちらちら見てた。見たらあかんと思うけど、でも見てまうらしかった。
なんや、そわそわして見える怜司 兄さんが、嬉 しそうというより、悲しそうに見えて、俺は、あららと思うてた。
あかんのちゃう、ヘタレの茂 。作戦失敗とちがう?
捨 てられちゃった可哀想 な朧 様に、大サービスと思って、アキちゃんにおとんコスさせたものの、実は逆効果 やったんとちがう?
さっきまで、ご機嫌 よくにこにこしていた怜司 兄さんの笑 みに、なんか無理があった。無理して笑ってるっぽかった。
ヤバいんちゃう? 大丈夫 かこれ。
アキちゃん脱 がそか。今ならまだ、間に合うんとちがう?
「来 いひんなあ、アキちゃん」
ノー・デリカシーの酔 っぱらい爺 、ヘタレの茂 が、そんなこと言うた。
アキちゃんの隣 に、ちんまり座 っていた俺は、それにビクッとしてた。
あのな。空気読めジジイ。
俺でさえ、怜司 兄さんの顔色チェックしとんのに。
アキちゃんの隣 にくっついて座 るのも、なんか悪いかなぁ、とか思て、ちょっぴり離 れて座 ってるくらいやのに。
ちょっぴりやけどな。それでも、この俺が、そんな気を遣 うてやってんのやで。
ほんま言うたらお膝 に座 りたいくらいやのに!
「来てるやん、アキちゃん」
苦笑 しながら、怜司 兄さんは煙草 に火をつけて、ヘタレの茂 に答えてやっていた。
「えっ。来てんのか? 会 うたんか、お前」
めちゃめちゃびっくりしたように、ヘタレの茂 は中腰 なってた。
それにも朧 様は、さらに苦笑 して、小さく肩 震 わせていた。
「今はそれがアキちゃんや」
俺の隣 に座 っている、おとんコスのアキちゃんを、煙草 持った手で指さして、朧 様は大崎 茂 をたしなめた。
それに茂 ちゃんは、なーんやという、がっかりしたような顔をして、どさりと席に戻 った。
「倅 のほうやない。おとんのほうや。なんでアキちゃんは顔出さへんのやろ。来てもええはずやないか。あいつが秋津 の当主 なんやから」
「もう死んでんのやで?」
涼 しい香木 の匂 いのする煙 を纏 い付 かせて、怜司 兄さんはさらりと言うてた。アキちゃんを見ないようにして。
「死んだかしらんけど、魂 は留 まってんのやろ。あいつは神になったのやろ。ほんなら現 れて、秋津 のために働いたかて、罰 当たらんやろ。水臭 いわ。お蔦 ちゃんには会いに来たらしいけど、俺には挨拶 なしやで。どないなっとんのや、アホ!」
誰 に言うとんのか、大崎 茂 は空中に向かって罵 っていた。
たぶん、アキちゃんのおとんに言うてんのやろけど、仮 にも護国 の英霊 に向かって、アホはないやろアホは。神様なんやしな、おとん大明神 。
でも、茂 ちゃんにとってアキちゃんのおとんは、幼馴染 みで喧嘩 友達 。神様なっても、そっちの想 い出 のほうが強い。
死んだかしらんが関係あらへん。挨拶 なしかい、薄情者 って、そういう気がしたんやろな。
「なんや……それで怒 ってんのん? 茂 ちゃん」
面白 そうに、くつくつ笑って、怜司 兄さんは酒を飲んでいた。
たぶんスコッチかな。底の厚 い、クリスタルのグラスに、琥珀色 の酒が煌 めいていた。
「そうや。怒 って当然やろ。無礼 やねん、あいつは。俺が戦後、どんだけ秋津 家に尽 くしてやったと思うとんのや。当主 やったら出向いてきて、頭のひとつも下げてやな、えらいお世話 になりましたって、挨拶 ぐらいあってもええやろ!」
「会いたいなら会いたいて言うたらええやん?」
怜司 兄さんに、さらっとツッコミ入れられて、茂 ちゃんは、ぐぐぐ、ってなってた。
ものすご歯を食いしばっていた。
血管切れんで、ジジイやねんから。
大丈夫 か茂 ちゃん。
「会いたないわ。なんで俺のほうから会 うたらなあかんねん」
「先生、出征 の見送りのときに、暁彦 様と大喧嘩 しはってな、気まずいんやわ」
しっぽ少年のままの秋尾 が、まるで茂 ちゃん本人はここに居 らんみたいに、朧 様にチクっていた。
その姿 を見ても、怜司 兄さんが驚 いてへんところを見ると、秋尾 のこの格好 を見るのは、初めてやなかったらしい。
「そんなん、いつものことやったやんか。何を今さら気にしてんの」
ともだちにシェアしよう!