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26-66 トオル

 タラシの本間(ほんま)本腰(ほんごし)あげたら、そらモテるやろ。  (こわ)い話や。やめといて。  ずうっとシラフでいて。()()不器用(ぶきよう)なアキちゃんのままでええねん。俺にはそれでも、モテてんのやから。  けど、もしかするとアキちゃんのおとんは、ずうっと本性(ほんしょう)出てたんかもな。そのほうが秋津(あきつ)(げき)としては、普通(ふつう)やったんかもしれへん。  神様ホイホイ作動中。そんな(こわ)吸引(きゅういん)ビームに、うっかり(つか)まってもうて、(いま)だに脱出(だっしゅつ)できてへん、そんな神さんもいてる。  怜司(れいじ)兄さんはアキちゃんを、ちらちら見てた。見たらあかんと思うけど、でも見てまうらしかった。  なんや、そわそわして見える怜司(れいじ)兄さんが、(うれ)しそうというより、悲しそうに見えて、俺は、あららと思うてた。  あかんのちゃう、ヘタレの(しげる)。作戦失敗とちがう?  ()てられちゃった可哀想(かわいそう)(おぼろ)様に、大サービスと思って、アキちゃんにおとんコスさせたものの、実は逆効果(ぎゃくこうか)やったんとちがう?  さっきまで、ご機嫌(きげん)よくにこにこしていた怜司(れいじ)兄さんの()みに、なんか無理があった。無理して笑ってるっぽかった。  ヤバいんちゃう? 大丈夫(だいじょうぶ)かこれ。  アキちゃん()がそか。今ならまだ、間に合うんとちがう? 「()いひんなあ、アキちゃん」  ノー・デリカシーの()っぱらい(じじい)、ヘタレの(しげる)が、そんなこと言うた。  アキちゃんの(となり)に、ちんまり(すわ)っていた俺は、それにビクッとしてた。  あのな。空気読めジジイ。  俺でさえ、怜司(れいじ)兄さんの顔色チェックしとんのに。  アキちゃんの(となり)にくっついて(すわ)るのも、なんか悪いかなぁ、とか思て、ちょっぴり(はな)れて(すわ)ってるくらいやのに。  ちょっぴりやけどな。それでも、この俺が、そんな気を(つこ)うてやってんのやで。  ほんま言うたらお(ひざ)(すわ)りたいくらいやのに! 「来てるやん、アキちゃん」  苦笑(くしょう)しながら、怜司(れいじ)兄さんは煙草(たばこ)に火をつけて、ヘタレの(しげる)に答えてやっていた。 「えっ。来てんのか? ()うたんか、お前」  めちゃめちゃびっくりしたように、ヘタレの(しげる)中腰(ちゅうごし)なってた。  それにも(おぼろ)様は、さらに苦笑(くしょう)して、小さく(かた)(ふる)わせていた。 「今はそれがアキちゃんや」  俺の(となり)(すわ)っている、おとんコスのアキちゃんを、煙草(たばこ)持った手で指さして、(おぼろ)様は大崎(おおさき)(しげる)をたしなめた。  それに(しげる)ちゃんは、なーんやという、がっかりしたような顔をして、どさりと席に(もど)った。 「(せがれ)のほうやない。おとんのほうや。なんでアキちゃんは顔出さへんのやろ。来てもええはずやないか。あいつが秋津(あきつ)当主(とうしゅ)なんやから」 「もう死んでんのやで?」  (すず)しい香木(こうぼく)(にお)いのする(けむり)(まと)()かせて、怜司(れいじ)兄さんはさらりと言うてた。アキちゃんを見ないようにして。 「死んだかしらんけど、(たましい)(とど)まってんのやろ。あいつは神になったのやろ。ほんなら(あらわ)れて、秋津(あきつ)のために働いたかて、(ばち)当たらんやろ。水臭(みずくさ)いわ。お(つた)ちゃんには会いに来たらしいけど、俺には挨拶(あいさつ)なしやで。どないなっとんのや、アホ!」  (だれ)に言うとんのか、大崎(おおさき)(しげる)は空中に向かって(ののし)っていた。  たぶん、アキちゃんのおとんに言うてんのやろけど、(かり)にも護国(ごこく)英霊(えいれい)に向かって、アホはないやろアホは。神様なんやしな、おとん大明神(だいみょうじん)。  でも、(しげる)ちゃんにとってアキちゃんのおとんは、幼馴染(おさななじ)みで喧嘩(けんか)友達(ともだち)。神様なっても、そっちの(おも)()のほうが強い。  死んだかしらんが関係あらへん。挨拶(あいさつ)なしかい、薄情者(はくじょうもの)って、そういう気がしたんやろな。 「なんや……それで(おこ)ってんのん? (しげる)ちゃん」  面白(おもしろ)そうに、くつくつ笑って、怜司(れいじ)兄さんは酒を飲んでいた。  たぶんスコッチかな。底の(あつ)い、クリスタルのグラスに、琥珀色(こはくいろ)の酒が(きら)めいていた。 「そうや。(おこ)って当然やろ。無礼(ぶれい)やねん、あいつは。俺が戦後、どんだけ秋津(あきつ)家に()くしてやったと思うとんのや。当主(とうしゅ)やったら出向いてきて、頭のひとつも下げてやな、えらいお世話(せわ)になりましたって、挨拶(あいさつ)ぐらいあってもええやろ!」 「会いたいなら会いたいて言うたらええやん?」  怜司(れいじ)兄さんに、さらっとツッコミ入れられて、(しげる)ちゃんは、ぐぐぐ、ってなってた。  ものすご歯を食いしばっていた。  血管切れんで、ジジイやねんから。  大丈夫(だいじょうぶ)(しげる)ちゃん。 「会いたないわ。なんで俺のほうから()うたらなあかんねん」 「先生、出征(しゅっせい)の見送りのときに、暁彦(あきひこ)様と大喧嘩(おおげんか)しはってな、気まずいんやわ」  しっぽ少年のままの秋尾(あきお)が、まるで(しげる)ちゃん本人はここに()らんみたいに、(おぼろ)様にチクっていた。  その姿(すがた)を見ても、怜司(れいじ)兄さんが(おどろ)いてへんところを見ると、秋尾(あきお)のこの格好(かっこう)を見るのは、初めてやなかったらしい。 「そんなん、いつものことやったやんか。何を今さら気にしてんの」

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