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26-71 トオル

 (だれ)あろう。それは伏見稲荷(ふしみいなり)大権現(だいごんげん)様らしい。  神様やで、ほんまもんのな。  ()()っかな千本鳥居(とりい)で有名な、伏見(ふしみ)稲荷(いなり)神社に(まつ)られている神さんやんか。 「ちょっと、ダーキニー様、やないわよ。なんやのん、うちの留守(るす)中に! 出先で留守電(るすでん)聞いて、びっくりしたやないの。(なまず)()(にえ)になるかもしれませんが、すみませんて、すみませんやないわよ。何がどないなってそうなるんか、ちゃんと説明しなさい」  オバチャンは、(つば)とんできそうな早口で、一気にそれをまくしたてた。 「いや……ダーキニー様の携帯(けいたい)留守電(るすでん)、録音時間が三分しかないから。要点(ようてん)だけ。ちゃんとお目通(めどお)りしてご挨拶(あいさつ)せなあかんとは思うたんですけども、どこの御旅所(おたびしょ)にもいてはらへんし、お(しの)びでどっか行ってはるていうから、(さが)したら失礼かなあと」 「失礼もくそもあらへんわよ! うち、びっくりしたわ! 虫の知らせで、変な留守電(るすでん)入ってるっていうから、聞いてみて(こし)ぬかして、睫毛(まつげ)エクステンション植えんの途中(とちゅう)でほったらかして、飛んできたわよ」  エステいってたんやって、ダーキニー様。お(しの)びで。  俺ら、どんなリアクションしてええか、わからへんかったもんで、ポカーンのまま静止(せいし)しとったわ。 「やめときなさい、秋尾(あきお)ちゃん! やめときなさい! いくらあんたでも、(なまず)に食われたら、死んでまうんえ? せっかくの不死(ふし)の身を、なんでそんな粗末(そまつ)にすんのん。(しげる)ちゃん死んでまうのが、あんたはそないに、つらいんか?」  真正面(ましょうめん)から直球(ちょっきゅう)()かれ、秋尾(あきお)一瞬(いっしゅん)、うぐって顔をした。  そういうことは、()かれたくないらしかった。  でも、ダーキニー様、つまり荼枳尼天(だきにてん)、もしくは、お稲荷(いなり)さんとして信仰(しんこう)されている神様の化身(けしん)らしい、この、ふわふわ白毛(しろげ)のオバチャマは、そんなこと気にせえへん性分(しょうぶん)らしかった。  細かいことは気にせえへん。ぶっちゃけ()いちゃう。  (おごそ)かさより、分かりやすさがウリやった。  さすがは庶民(しょみん)()の神さんや。 「つ……つらいです。だって、先生、(せん)にしてくれって、長年、(がん)かけてはるけど、ダーキニー様はずっと、まだまだ信心(しんじん)()らんて、()(しぶ)ってはるし。大願(たいがん)成就(じょうじゅ)する前に、先生、死んでしまわはるんやないかと」  秋尾(あきお)はもじもじ、うつむいて、そんなことを答えていた。 「そんな、あんた……あんたはうちの稲荷(いなり)眷属(けんぞく)やないの。そのあんたがそんな不信心(ふしんじん)で、どないすんの! うちの霊験(れいげん)を信じてへんのんか?」 「信じてますけど……でも、不老不死(ふろうふし)仙人(せんにん)になりたいやなんて、そんなどえらい願い事、いくらダーキニー様でも、ちょっとやそっとじゃ(かな)える(わけ)にはいかへんやろうと思って」 「そら、そうえ。ちょっとやそっとじゃ、(かな)えてやられしまへん。そやけど、(しげる)ちゃん、(あと)もうちょっとなんやから……もうちょっとの辛抱(しんぼう)やないの、秋尾(あきお)ちゃん」  ダーキニー様、オタオタしてはった。  オタオタする神さん、俺は初めて見たわ。  いやまあ、そらな、俺かてしょっちゅう、オタオタしてるけどもや。  神社持ってるような、そんなセレブな神さんでも、時にはオタオタすんのやな。 「もうちょっと、って……いつですのん、それ。(ぼく)もう、待ちくたびれてしまいましてん。先生もう、トシやしな……いつ何があるか。心配なんです」  秋尾(あきお)はしょんぼりしていた。  よかったな、しょんぼりするとき、しっぽ少年のほうで。  三十路(みそじ)スーツのほうやのうて。  だって、ちょっと可愛(かわい)いもん、今。  秋尾(あきお)ちゃん、耳も尻尾(しっぽ)も、ふにゃあ、ってなってた。  大崎(おおさき)先生、それに衝撃(しょうげき)受けたみたい。  ツボやったんやない?  やっぱり(じじい)、そういう趣味(しゅみ)やったんや。(じじい)趣味(しゅみ)やったんや!  アキちゃんな、そうやない(ちが)うって、いつも言いよるねん。  あれはきっと(たん)時代(じだい)考証(こうしょう)的なもんや、秋尾(あきお)さんは平安時代から生きてんのや、せやしあれが普通(ふつう)格好(かっこう)なんや、コスプレやない、しっぽあるのも(きつね)やからや、少年ぽいのも、それが真の姿(すがた)やから仕方(しかた)ないんやってな、アキちゃん、ものすご必死で否定(ひてい)すんねんけど、そんなこと、ありえる?  ぜったい(じじい)のツボなんやって。  関係ないか、それは今。なんやったっけ、今の話。  そうや、秋尾(あきお)や。秋尾(あきお)はものすごガックリ来ていた。  いつも、平気でにこにこしてるように見えていたけど、こいつ案外(あんがい)(こた)えてたらしいで。  ご主人様の大崎(おおさき)(しげる)が、世を去るのではないかという(けん)について、自分は普通(ふつう)には死なれへん霊威(れいい)を持ってるもんやから、(こま)っていた。  なんとかして死ななあかんと、どうやって後追い自殺するか、ずっと考えてたらしいで。  正気(しょうき)やないな! 頭おかしい。  怜司(れいじ)兄さんもやけど、秋尾(あきお)もおかしい。  さすがは古いお友達(ともだち)どうしや。  チーム頭おかしいを結成(けっせい)していたんや。  ご主人様が好きすぎて、頭おかしいねん。

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