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26-73 トオル

 それを、あぜんと見ていた怜司(れいじ)兄さんが、ぽつりと提案(ていあん)していた。 「()そか、25円?」 「えっ、現金(げんきん)持ってんのか、(おぼろ)ちゃん。ちょっと()しといて!」  しっぽ少年、涙目(なみだめ)(たの)んでた。  まるでお(つか)いの途中(とちゅう)に、小銭(こぜに)おとしてもうた小学生みたいやった。  今時、25円なくて泣いてる子って、小学生でもおらへんかもしれへんけども。  怜司(れいじ)兄さん、ごそごそとヒップポケットから長財布(ながさいふ)を取り出して、コインパースを開いてみていた。 「あー、小銭(こぜに)24円しかないわ」 「えっ、そんな! あと一円、(だれ)か持ってないですか!」  俺たぶん持ってると思うよ!  ……って、しもた! 平安コスなってたんやった。  俺の服どこやってん、秋尾(あきお)。あれのケツにお財布(さいふ)はいってたのに。  アキちゃんかて持ってへんで、今は。服ごと財布(さいふ)とられてる。  (きつね)財布(さいふ)パクられてる。  その(きつね)がテンパってもうてて、四次元(よじげん)ポケットのどこに道具あるかわからへんドラえもん状態(じょうたい)やねんから、どうしようもない。 「クレジットカードやとあかんのですか」  怜司(れいじ)兄さん、ダーキニー様に(たず)ねていたけど、オバチャマ残念(ざんねん)そうな顔をした。 「ごめんねえ、それまだ対応(たいおう)してへんの。しとかなあかんね、こんな時代なんやものねえ」 「そうですねえ。電子(でんし)マネーとかね、いろいろある時代やから」  そんなふうに、怜司(れいじ)兄さんが稲荷神(いなりがみ)世間話(せけんばなし)(つな)いでいる間に、俺はふと、そこらへんを通りすがる藤堂(とうどう)さんと、(よめ)(よう)ちゃんを見つけた。  (よう)ちゃん、またぷんぷん(おこ)ってた。  どうも藤堂(とうどう)さん、ジョージに挨拶(あいさつ)されすぎなのを、(よう)ちゃんに見つかっちゃったみたい。  挨拶(あいさつ)は一回だけにしとかんとな。  そんなところに声かけて、悪かったんやけど、とっさに(たの)める相手が(ほか)におらんような気がしちゃってさ。俺、(さけ)んじゃった。 「藤堂(とうどう)さん! 1円()してくれへんか!!」  思わず(たの)んじゃったけど、変やったやろか。  別にええやんな、俺がオッサンに金借りたって。  借りるっちゅうか、1円くらいくれよ。たとえもう、赤の他人でもさ。1円くらいええやん。  あかんか。そのへんはキッチリしとかなあかんか。  もうツレでも下僕(げぼく)でもない、(よう)ちゃんのモンやしあかんか。 「1円?」  わざわざ俺らのほうに来てくれて、ジト目の(よう)ちゃんを()れた藤堂(とうどう)さんは、助かったという顔をしていた。  たぶん、(よう)ちゃんと二人(ふたり)きりで、ぶつぶつ()められるのが、しんどかったんやろう。  オッサン俺らと行き会えて、(うれ)しいみたいな顔をしていた。 「なんで1円なんか()るんですか」  (だれ)()いてええか、わからんという泳いだ目で、藤堂(とうどう)さんは(だれ)にともなく()いた。  それに秋尾(あきお)がぺらぺらと、ややテンパったままの早口で、事の次第(しだい)を説明していた。  そんなしっぽ少年を、これ(だれ)、と、藤堂(とうどう)さんは、いかにも(こま)ったように見下ろしていたが、秋尾(あきお)があんまり熱心に(たの)んでいたので、あえて問いただす気も起きんかったようで、上着の内ポケットから、ぴかぴかつやつやの、趣味(しゅみ)のええコルドバン(がわ)の黒財布(さいふ)を取り出して、1円ないか(さが)してくれていた。 「ないなあ……」 「ないもんやねんなあ、1円玉って、案外(あんがい)な。()らんときにはじゃらじゃらあるのに。それにしても、いい財布(さいふ)ですね」  じっと物欲(ものほ)しそうに見て、怜司(れいじ)兄さんが、藤堂(とうどう)さんの財布(さいふ)()めてた。  目ざといなあ、兄さん。本能(ほんのう)か。 「ええ男っていうのは小物まで()かりない。イケてるな支配人(しはいにん)。こんどほんまに俺とどうですか」 「話しかけないでください」  まじめに勧誘(かんゆう)している怜司(れいじ)兄さんに、(よう)ちゃんピシャーンて言うてた。  勇気ある怜司(れいじ)兄さん、神父の防衛線(ぼうえいせん)をちょろまかそうなんて。  そんな気合(きあ)いが()くくらい、藤堂(とうどう)さん気に入ったんか。  やめといて。俺のやし。お前はおとん信者(しんじゃ)なんやろ。俺の男に手を出すな。 「1円玉やないとあかんのか?」  気安(きやす)いふうに、藤堂(とうどう)さんは俺に(たず)ね、また(よう)ちゃんに、じろりと見られてた。  (よう)ちゃん、全方向的(ぜんほういてき)警戒(けいかい)態勢(たいせい)に入ってる。  まるで地雷原(じらいげん)()い進む兵士の気分やねんな。  まあ、そうなるわな、神さんだらけの魅惑(みわく)のパーティーやねんしな。 「えっ。知らん。1円玉やないとあかんの?」 「ていうか、25円ちょうどやないとあかんの?」  俺が()くと、それに話を()ぐように、怜司(れいじ)兄さんが()いていた。(だれ)にともなく。  しかしやな、それに返事できるんは、一人(ひとり)だけやんか。  一人(ひとり)やないわ。一柱(ひとはしら)。ダーキニー様しかわからへんのやから。  そやのにオバチャン、ぼけっとしてはった。  どうなるのかなあって、自分の白い(かみ)()の先っちょを、()()みしつつ、にっこりと事態(じたい)静観(せいかん)してはった。 「あっ、そうか。ダーキニー様が25円なんて言わはるから。金額(きんがく)、多すぎるんは問題ないんですよね?」  秋尾(あきお)までボケていた。  びっくりしたように言う(きつね)に急に詰問(きつもん)され、ダーキニー様はアワワ。

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