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26-74 トオル

「えっ、なに? ウチに言うてんの? そうえ。多すぎて(こま)ることなんかないやろ?」  オバチャン、こんな大事なシーンやねんから、ちゃんと集中して話に入っといてもらわな(こま)るよ。  大崎(おおさき)(しげる)永遠(えいえん)に生きるか、それとも老衰(ろうすい)で死ぬかの瀬戸(せと)(ぎわ)なんやで。  あんた神さんやから、そんなのチッポケなことに思えるんかもしれへんけど、大崎(おおさき)(しげる)(きつね)にとっては、一大事(いちだいじ)なんやで。 「なんや、もう! そんなん(はよ)う言うてください。現金(げんきん)やったら何でもええんですよね?」  自分がボケ気味(ぎみ)なのを(たな)に上げて、秋尾(あきお)は少々キレていた。  自分の主神(しゅしん)に対してそれはどうか。  それでもダーキニー様、素直(すなお)にゴメンネ言うてはった。  ごめんね秋尾(あきお)ちゃん、堪忍(かんにん)え、って、素直(すなお)(あやま)ってはった。  ちょっと天然(てんねん)やな、このオバチャマ。 「何円でもええからお金かして、(おぼろ)ちゃん」 「ごめん俺いま現金(げんきん)は24円しかない。あとはカードしかない」  ほらな、やっぱりそうやろ。怜司(れいじ)兄さん、現金(げんきん)は持ってない人やで。  (いそが)しくて、銀行とかATMに、現金(げんきん)おろしにいく(ひま)なかったんやって。  怜司(れいじ)兄さんでもATMとか行くんや。行くんやなあ。俺かて行くもん。  時々、人感(じんかん)センサー反応(はんのう)しなくて、ピッて()してるつもりが無反応(むはんのう)とか、そんな(せつ)ない瞬間(しゅんかん)あるねんけど、怜司(れいじ)兄さん平気やの?  ピッピッて、できんの?  どうでもええか、そんなこと。こんど()いてみとくわ。 「そうなんか。どないしよ……」  秋尾(あきお)はまた青い顔して、ちょっぴり涙目(なみだめ)やった。  お前がそんな弱い子やったなんて、今まで知らんかった。  可哀想(かわいそう)に、人知れず(おも)()めてたのね、秋尾(あきお)ちゃん。  もっと素直(すなお)になればいいのに。いっしょにテンパろうよ、いつも。  オタオタしようよ、俺らみたいに。 「一万円札しかないですけど、それでよければ」  やったー。(たよ)れる俺の男、藤堂(とうどう)(すぐる)福沢(ふくざわ)さんを持っていた。  それを、はいどうぞ、って差し出されて、大崎(おおさき)先生は、むっとしていた。 「お前の(なさ)けなんか受けへん」  どないしたんや、おじい。(おぼろ)の金なら()りられても、藤堂(とうどう)(すぐる)(いや)なんか。  (だれ)の金でも金は金やろ。贅沢(ぜいたく)言うたらあかんのやで。 「えっ、先生! 今さらそんな。()りて寄進(きしん)したらええやないですか!」 「なんで天下(てんか)大崎(おおさき)(しげる)が、たったの25円ぽっちがなくて、他人に(めぐ)んでもらわなあかんのや。そんなん、しとうないわ」 「そんな殺生(せっしょう)な……わがまま言わんといてください! しゃあないなあもう……言い出したら聞かへんのやもん先生は。わかりました、(ぼく)ちょっとお財布(さいふ)(さが)しますから、ちょっと待って……」  秋尾(あきお)血相(けっそう)変えて、ぼかんぼかん白煙(はくえん)を上げ、いろんなもんを異界(いかい)から取り出しはじめた。  茶釜(ちゃがま)とか、長刀(なぎなた)とか、金魚の(えさ)とか、(わけ)のわからんもんが次々出てきた。  (きつね)、ほんまにテンパってるらしかった。  ()てはオート三輪(さんりん)の小型トラックとか、薬屋さんの前に立ってるオレンジ色の象、サトちゃんの人形まで出てきた。  何がどんだけ入っとんねん(きつね)。 「どうしよう、見つからへん。どうしよう」  サトちゃんには、さすがに(まい)ったんか、(きつね)はオレンジ色の象にとりすがって、また泣きそうなってた。ものすごい光景(こうけい)やった。 「落ち着いて(さが)せ、秋尾(あきお)ちゃん。どっかにあるはずや。いつもやったら()ててもできんのやろ?」 「そうやけど……」  ぼやく(きつね)鼻声(はなごえ)やった。マジで泣きそうなっていた。  怜司(れいじ)兄さん、それに(あき)れたみたいで、(すわ)っていた椅子(いす)から立ち上がり、すたすたと秋尾(あきお)んとこに来た。 「しゃあないなあ、俺が(さが)してやろう」  そう言うて、怜司(れいじ)兄さんは(きつね)(はら)のあたりに、よいしょと(うで)()()んでいた。  その手が体ん中を貫通(かんつう)している。  いや、貫通(かんつう)はしてへんか。背中(せなか)から出てきてるわけやないから。  四次元(よじげん)ポケットを(さぐ)ってる状態(じょうたい)や。  ほんまに(はら)にあるんや、あのポッケ。  ごそごそ(さが)して、ぽいっと何か取り出したけど、それが古い(にしき)巾着(きんちゃく)で、どう見ても現代物(げんだいもの)やなかった。 「あかん、寛永(かんえい)通宝(つうほう)や。いつの時代の(ぜに)やねん、秋尾(あきお)ちゃん。こんなんとっといても使えへんのやで。時代時代で新通貨(しんつうか)両替(りょうがえ)していかんと……あっ、これちゃうか?」  これや、って怜司(れいじ)兄さんが取り出した(かわ)財布(さいふ)には、聖徳太子(しょうとくたいし)の一万円札が入っていた。  知ってるか、旧札(きゅうさつ)やで。  今のお金よか、ちょっとデカくてな、黒っぽいねん。  せやけどまだまだ現役(げんえき)紙幣(しへい)やで。  聖徳太子(しょうとくたいし)かて、まだまだ通用(つうよう)すんのや。 「これ、いけます?」  聖徳太子(しょうとくたいし)万札(まんさつ)を、ひらひらさせて、怜司(れいじ)兄さんはダーキニー様に(たず)ねていた。 「あら、(なつ)かしい。最近めったに見いへんようになったわあ」 「でもまだ使えるはずやで。なんやねんこれ。百円札(ひゃくえんさつ)まである。(なつ)かし! 板垣(いたがき)退助(たいすけ)やないか。これかて、まだ使えるはずやで。これでええんやない? 百円あったら足りますよね」

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