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26-75 トオル

 青みがかった地味(じみ)(さつ)に、ものすごい(ひげ)()やしたサンタクロースみたいなオッチャンの絵が(えが)いてある百円札(ひゃくえんさつ)を取り出して、怜司(れいじ)兄さんはダーキニー様に()いた。 「おつり出ないけど、ええかしら?」 「おつりなんかとったことないでしょ、ダーキニー様!」  秋尾(あきお)、キレそうなってた。(はよ)うせえて思うんやろな。 「いやいや、たまにいてはんのよ、秋尾(あきお)ちゃん。おつり下さいっていう信者(しんじゃ)さんも」 「そんなんええから、(はよ)仙人(せんにん)にしてください!!」  すでにキレてた。怒鳴(どな)ってた。  ダーキニー様びびってた。いやぁんて、()(ごし)なってはった。 「はいはい、わかりました。そんな(こわ)い顔しいひんといて頂戴(ちょうだい)。いややわあ、もう……」  ぶちぶち言うて、ダーキニー様はくるくると、空中をかき()ぜるような仕草(しぐさ)をした。  その指には、ものすご()ってる付け(づめ)が、はりつけられていた。  藍色(あいいろ)地色(じいろ)に、狐火(きつねび)が点々と(とも)った、伏見稲荷(ふしみいなり)の千本鳥居(とりい)が、赤く立体的に(えが)かれている。  その(つめ)を着けた指で、ダーキニー様は、くるくるドーン、みたいな魔法(まほう)使ってるっぽい動作(どうさ)で、大崎(おおさき)(しげる)を指さした。  それによって、ものすごい(けむり)とか、ものすごい光とか、ものすご(じい)さん悶絶(もんぜつ)するとか、とにかく何かものすごい事が起きるもんやと、(みんな)身構(みがま)えて待っていたけども、しばらくシーンてなっただけで、なんにも起きへん。  大崎(おおさき)(しげる)も、ただ()()っているだけやった。  何事もない。  失敗したんか?  そんなふうに、(みんな)目線(めせん)が泳いで、お(たが)いの顔を(たし)かめ()(ころ)、ダーキニー様は付け(づめ)がとれてへんか、一応(いちおう)確認(かくにん)しますって感じで指先をさわさわして(たし)かめてから、にっこりとした。 「ほな、うち、もう行かなあかんわあ。睫毛(まつげ)エクステ半分しかしてへんしな、続きしてもろてくるわあ、秋尾(あきお)ちゃん」 「ちょっと待ってください!! 今のなんです? 今ので、終わりなんですか?」  秋尾(あきお)顔面(がんめん)蒼白(そうはく)やった。  大崎(おおさき)(しげる)本人よりも、よっぽどテンパっている。 「そうえ。仙人(せんにん)なってるやろ?」 「なってます!?」  秋尾(あきお)、気が(くる)いそうになっていた。  なってんのかなコレって、怜司(れいじ)兄さんとふたりで、(いや)そうな顔をしている大崎(おおさき)(しげる)顔面(がんめん)といわず体中を、じろじろ見ていた。 「じろじろ見るな、鬱陶(うっとう)しい……」 「でも先生、自覚(じかく)症状(しょうじょう)はあるんですか? なってます? 仙人(せんにん)ぽいですか?」 「わかるか、そんなん。仙人(せんにん)なんか初めてなるんや」 「えっ、でも、先生。そこんとこ大事なんやし、ちゃんと確認(かくにん)しとかんと……」 「もうちょっと、演出(えんしゅつ)効果(こうか)とか効果音(こうかおん)とかあってもよさそうなもんや……」  怜司(れいじ)兄さんも納得(なっとく)いかんかったみたいで、愚痴(ぐち)っていた。  もしかして(おれ)ら、テレビや映画(えいが)見過(みす)ぎかな。  実際(じっさい)奇跡(きせき)って、特に光とか音とかスモークとか、ないもんなんかな。  あれは、そのほうが、それっぽいわって、ハリウッドとかテレビの人らが考えた(うそ)で、実際(じっさい)にはなんもなしなモンなんかな?  地味(じみ)や……もっやもやする。  もっと派手(はで)なもんが見たかった。  大崎(おおさき)(しげる)紫色(むらさきいろ)に光ったりとかするのを見たかった。  いっぺん粉々(こなごな)になって、また合体(がったい)するとかさ、何かあるやん、そういうの。  せめて(かみ)()金色で、ドン! なってるとかさあ。  それやとスーパーサイヤ人やけどさ。パクりはあかんか。(おこ)ってきはるか。  それはまずいよなあ。天下の大崎(おおさき)(しげる)なんやもんなあ。 「もし、体の具合(ぐあい)おかしいとこあったら、留守電(るすでん)いれといてなぁ、(しげる)ちゃん。平気(へいき)と思うけど。若返(わかがえ)ったりとかは、多少あるかもしれへんのやけど、不老不死(ふろうふし)やし、これ以上()けはしいひんのやんか。せやし、トシの調節(ちょうせつ)とかは、自分でしといてなぁ」  にこやかにそう説明して、テキトーなオバチャマは、すっかり安心したように、お手々バイバイしながら、ドロンて白煙(はくえん)をあげてドロンしはった。  四条(しじょう)河原町(かわらまち)のどこかのエステで、あなたもダーキニー様に出会うかもしれません。  オバチャマそういうの大好きで、日焼けサロンできつね色なってみたりもしてるらしいで。  ちょっと()()の、インド顔の美人のオバチャマいたら気をつけろ。伏見稲荷(ふしみいなり)の神さんやで!  失礼のないようにせなあかんで。気の良い神さんのようでいて、稲荷神(いなりがみ)(たた)るんや。なめたらあかん。 「どないしてすんねん、トシの調節(ちょうせつ)なんて……」  (じい)さん、(きわ)めて(なや)んでいた。 「そ、そうですね。(ぼく)はどっちかいうたら、十代の終わり(ごろ)の先生とか、そうやなあ……三十代はじめくらいまでの先生が、良かったですけども」  どきどきしているらしい、糸目(いとめ)で笑って、しっぽ少年は(うれ)しそうに、()()ず言うてた。  ほっぺピンク色やった。  大崎(おおさき)(しげる)は、それを(おに)みたいにじろっと(にら)()けていた。 「(だれ)がお前に好みを()いてんのや、アホ!」 「今もステキです」

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