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26-76 トオル

 ぼかーって(なぐ)りつけるような(いきお)いで怒鳴(どな)られて、秋尾(あきお)はひいってなっていた。  首をすくめて、頭を(かば)っていた。くわばらくわばらのポーズや。  それぐらい、おっかないらしかった。  そうなんや、(わか)(ころ)(しげる)ちゃん、ステキやったんや。  秋尾(あきお)にとってはそのくらいが好物(こうぶつ)やったんや。  どんなんやったんや(しげる)ちゃん。  それって、アキちゃんのおとんに四条(しじょう)河原(がわら)全裸(マッパ)()かれてた(ころ)やろ?  まさか、ええ(せん)いっとったんか。気になってしゃあない。 「……なんです、今の?」  まだ一万円札持ったまま、(かす)かに呆然(ぼうぜん)(つか)れたふうな、新しい世界についていけてない藤堂(とうどう)さんが、ちょっぴり可哀想(かわいそう)やった。  ようこそ、アホアホ妖怪(ようかい)ワールドへ。  お前にとっては俺のことが、世界でひとりの(こわ)悪魔(サタン)やったかもしれへんけどな、実は世の中、妖怪(ようかい)だらけやってんて。  普通(ふつう)なんやで、(とおる)ちゃん。普通(ふつう)の部類やったんや。  少なくとも、今ここで、この妖怪(ようかい)だらけのパーティー会場ではな。 「伏見稲荷(ふしみいなり)の神さんや。もう帰らはった。(せわ)しない人やねん……手間(てま)とらせて、すまんかったな、藤堂(とうどう)(すぐる)」 「いえ。別にいいですけど」  別にええけど、この一万円札、どないせえ言うねんて、そんな(こま)り顔で、藤堂(とうどう)さんは()()っていた。  イラついてるらしい、美形の(よめ)を連れて。 「仕事終わったんか。付き()うて飲んでいけ。伏見酒(ふしみざけ)飲ましたる。(なだ)生一本(きいっぽん)がなんぼのもんやねん、味のわかってへん若造(わかぞう)め」 「はあ……」  よいしょってソファに(もど)っていく大崎(おおさき)(しげる)に、藤堂(とうどう)さんは付き合うたもんか、それとも(こわ)い顔して、もう行くでって(にら)んでる(よう)ちゃんの言うことをきくべきか、(まよ)ったようやった。  いっしょに飲んでったらええのに。  そう思って、俺は見るともなくチラチラ見ていたんやけどな、やっぱあかんか。  悪い(へび)とか、悪いラジオがおるとこでは、(よう)ちゃん(ゆる)してくれへんか。  しかし大崎(おおさき)(しげる)はそんな空気なんか読めへん。空気読めない(じい)さんやねんから。 「なにしとんねん、はよ(すわ)らんか」  (じじい)にキレ声で()かされて、藤堂(とうどう)さんは、はいはいって、万札を財布(さいふ)にしまいつつ、()()なソファに(こし)をおろしにきた。  それを待たずに、大崎(おおさき)(しげる)はまた、酒を飲んでいた。 「歌でも歌おうか、(しげる)ちゃん」  煙草(たばこ)をふかしつつ、怜司(れいじ)兄さんが()いていた。 「そうやなあ。祇園(ぎおん)小唄(こうた)うとてくれ、(おぼろ)。アキちゃんが、好きやったやろう。(なつ)かしいわ」  にやにや言うて、大崎(おおさき)(しげる)は白い歯列(しれつ)にある犬歯(けんし)を見せてた。  その顔が、いつもよりちょっと、(わか)いような気がして、俺はまじまじと、(じい)さんの顔を見た。  ダーキニー様の魔法(まほう)が、()いてきたんかな。くるくるドーン、が。  しかし、(もだ)え苦しむでもなく、大崎(おおさき)(しげる)はまた、自分が絵から取り出した、伏見(ふしみ)の酒をちびちび飲んでた。  その(した)が、異様(いよう)に赤いような気がして、俺はぞわっとしたけども、秋尾(あきお)はにこにこ、(うれ)しそうに、その先生の(しゃく)をとってやっていた。 「お前も、舞妓(まいこ)に化けて(おど)れ、秋尾(あきお)」 「ええ……(ぼく)もですか」  渋々(しぶしぶ)のように、秋尾(あきお)は言うてたけども、それでもご主人様の命令やった。秋尾(あきお)はそれに、(さか)らわれへん。 「(なつ)メロがメインや言うても、まさか歌い出しが祇園(ぎおん)小唄(こうた)とはねぇ……」  苦笑(くしょう)して、怜司(れいじ)兄さんは、革張(かわば)りチェアに深く(すわ)り、よいしょって、高めに足を組んでいた。  (なげ)え足やった。スタイルええなあ、怜司(れいじ)兄さん。  俺も見習って、ちょっとパクろうかな。  まさかアキちゃん、あの身体(ガタイ)が好きやったんやないか。くらっと来たんやないか。  俺が一番綺麗(きれい)やって言うとったけど、ほんまにそうかな。  怜司(れいじ)兄さん見てるとさ、自信なくすわ、(とおる)ちゃん。  この(せま)いニッポンで、目立ちすぎたらロクなことないと思て、常軌(じょうき)(いっ)するのもほどほどにしとかんとあかんなって、まだまだ常識(じょうしき)範囲(はんい)(とど)まれる美しさにセーブしとったんやけどさ、怜司(れいじ)兄さん明らかに常軌(じょうき)(いっ)してるわ。  一般人(いっぱんじん)()れに(まぎ)れても、たぶん一瞬(いっしゅん)で発見できるわ。目立つねん。  芸能界(ショウビズ)の神やから、それでもかまへんかったんかな。  俺みたいに、()(かく)れしているような日陰(ひかげ)(へび)さんやのうて、むしろ、綺麗(きれい)やなあ、まさに神やって(あが)めてもろて、それで生きてる神なんやから、怜司(れいじ)兄さんは。  俺も昔、大昔やけどさ、(えら)い神さんやった(ころ)には、見る者が(すご)いなあって度肝(どぎも)()かれるような、(うるわ)しい神さんやったやろか。  今でも綺麗(きれい)やって、アキちゃんは()めてくれるけども、なんか俺は、自信ない。  もっとフル・パワーでてる、ハイエンド(ばん)・プロユース仕様(しよう)水地(みずち)(とおる)(せま)りたい。  俺の最大出力でアキちゃんの度肝(どぎも)()きたい。  向こう千年くらい、浮気(うわき)する気も起きんくらいのベタ()れのターンに、アキちゃんを(たた)()んでやりたいねん。  何ならもう、水地(みずち)(とおる)が好きすぎるあまり廃人(はいじん)になっててもええから。  それくらいの骨抜(ほねぬ)き光線を俺も出したい。

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