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26-79 トオル

 その、うるさい(わけ)はない隣室(りんしつ)が、うるそうて(かな)わんというキレ客に、藤堂(とうどう)さんは頭を下げて、(ちょう)ハイシーズンやよって、別室(べっしつ)をご用意できませんと、()びなあかんかった。  それが納得(なっとく)いかへんのや、オッサンはな。イライラしていた。  それは、いわゆる、騒ぐ霊(ポルターガイスト)やと、俺はオッサンに教えてやったけども、藤堂(とうどう)さん、とことん(しぶ)い顔やった。信じる気が起きんかったんやって。  変やな。悪魔(サタン)をスイートに(かこ)っておきながら、そんな不思議(ふしぎ)納得(なっとく)いかへんというのは。  でも、とにかく、藤堂(とうどう)さんは一般人(パンピー)やねん。その点においては、ずっと。  ホテル経営(けいえい)なんていう、微妙(びみょう)な商売をする上で、それは藤堂(とうどう)さんのハンディやったやろけど、でももう、心配いらへんな。  霊振会(れいしんかい)にコネもできたし、それに、何よりツレの(よう)ちゃんが、その(すじ)専門家(せんもんか)なんや。悪魔祓い(エクソシスト)やで。  その仕事はもう、寿(ことぶき)退職(たいしょく)するらしいけども、それで神楽(かぐら)(よう)霊能力(れいのうりょく)が消えるわけやない。  こいつには、もし部屋(へや)悪霊(あくりょう)がいたら、それがちゃんと見えるはずや。  そいつとどうやって、()()いつけるかも、(くわ)しいんやで。専門家(せんもんか)なんやしな。 「別にいいじゃないですか。部屋数(へやかず)()えているのは、霊振会(れいしんかい)(みな)さんが滞在(たいざい)している、明日(あした)までのことです。そのために、ホテルのスタッフを臨時(りんじ)増員(ぞういん)するわけにいかないでしょう」  自分も憮然(ぶぜん)としているが、(よう)ちゃんは、まあまあみたいに、藤堂(とうどう)さんを(なだ)めていた。 「あれ何やねん。お前にもあれが見えとうのか。何で俺に、あんなもんが見えんのやろう」  (とおる)ちゃんラブラブなって、ふんふん言うてるハート目の黒ダスキンを、唖然(あぜん)と見つめて、藤堂(とうどう)さんは助ける気ゼロみたいに、ぼんやりしていた。  アキちゃんですら、もう俺を助ける気がないっぽかった。  黒ダスキンは、ただ(なつ)いているだけで、俺に悪さする(わけ)やなかったからや。ただラブラブなだけ。 「あれは、(よこしま)(れい)ですよ。少なくとも、聖霊(せいれい)ではないです。いわゆる妖怪(ようかい)です」 「妖怪(ようかい)ってそんな。幽霊(ゆうれい)が出るのと、どう(ちが)うんや、それは」  ますます唖然(あぜん)としてきたみたいに、藤堂(とうどう)さんは(まい)っていた。 「(ちが)いますよ。悪霊(あくりょう)なわけでは。人に悪さはしないでしょうから、()ても(がい)にはならないんですよ。そういうのまで、いちいち(はら)っていたら、きりがないですし。神もお(ゆる)しになります」  そんなこと、神父(しんぷ)でもないお前が、勝手に決めてええんか。  ヴァチカンの悪魔(あくま)(ばら)いマニュアルに、そう書いてあるんか。  たとえそう書いてあったとしてもや、白黒(しろくろ)つけたい性分(しょうぶん)やったお前が、そんなこと言うなんて。 「というかですね、(すぐる)さん。貴方(あなた)が今はここの、(よこしま)(れい)親玉(おやだま)みたいなもんじゃないですか。妖怪(ようかい)ホテルの妖怪(ようかい)オーナーでしょう。いちいち気にしてたら、身が(たも)たないですよ」  苦虫(にがむし)()みつぶしてる(よう)ちゃんに、(いや)みっぽくそう言われて、藤堂(とうどう)さん、軽くあんぐりしていた。  (よう)ちゃんが、そんなこと言うなんて、思ってもみなかったらしいわ。  俺も、思ってもみなかったよ。(よう)ちゃん、どうしたん。急にサトリをひらいたんか。 「ほんなら、今、掃除(そうじ)要員(よういん)で回してるやつ、ここに置いていってもええか。うちもなあ、()えて()えて(こま)ってんのや」  伏見酒(ふしみざけ)をちびちびやりつつ、大崎(おおさき)(しげる)上機嫌(じょうきげん)に言うていた。  えっ、て藤堂(とうどう)さんはびっくりしていたけど、(よう)ちゃんは平気(へいき)なもんやった。 「ただでくれるんやったら、もらっておきます」 「ただでかまへん。あんな、しょうもないモンをくれてやるくらいのことで、いちいち金とるかいな、神父さん(ファーザー)。こっちが金(はら)って、引き取ってもらいたいくらいやわ」  しょうもないんや、黒ダスキン。どんだけ無価値(むかち)な生き物やねん。  可哀想(かわいそう)一生懸命(いっしょうけんめい)掃除(そうじ)してんのにな。  可哀想(かわいそう)やないんか。まるで普段(ふだん)(とおる)ちゃんみたい。  俺もいつもアキちゃんちを掃除(そうじ)してやってんのに、最近その(けん)について、()(がた)いと思われてないような気がするわ。  (とおる)は家にいて、掃除(そうじ)とか洗濯(せんたく)とか(めし)とか、やっててくれて当然や、なんでクリーニング屋にスーツとりにいっといてくれてへんのや(なま)(もの)みたいな、そんな視線(しせん)を感じる瞬間(しゅんかん)あるで。  アキちゃんにとって普段(ふだん)の俺って、この黒ダスキン程度(ていど)価値(かち)しかないんやないか?  俺、なんや、悲しなってきた。  ようし、黒ダス、俺が()うてやる。  お前の頑張(がんば)りは、俺ががっつり受け止めてやるからな!  そう思って、がしっと()きしめてやると、黒ダスキンは、(うれ)しそうにキュウキュウ鳴いた。  どっから出してんねん、その音。  まあええか。ポチと名付けよう!  可愛(かわい)がってやるからな、ポチ。  ()っこしたらゴワゴワしてるな、正直、気持ちよくはない。  もっとフワフワしとかんかいな。可愛(かわい)さや、人当たりの良さが武器(ぶき)になる時代なんや、今は。ゆるキャラで行け。

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